第7話:たまには機械いじりも悪くない
電気自動車の復旧に成功した俺を待ち受けていたのは、
他の車による出入り口の封鎖という新たな壁だった。
俺は修理した車の中で一人、次の手を考えていた。
車を修理するという方向性は間違っていなかった。
ただ、車を運用するにあたり、周辺環境の状況を計算に入れていなかっただけだ。
車は便利だが、活用するには今の状況では難しい。
だが、世の中にはもっと手軽で、今の状況でも利用可能な移動手段があった。
そう。
電動アシスト付き自転車だ。
これも、存在自体は知っていたが、あまりにも縁がなくて頭になかった。
だが、漕ぐ力を電力で補助してくれる自転車があったのだ。
「電気自動車がだめなら、電気自転車に乗ればいいじゃないか」
どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、俺は自転車屋でよさげな自転車を物色していた。
「電気自転車というのは正しい名称ではありません。
正しくは電動アシスト付き自転車です」
またしても独り言に突っ込みを入れられてしまう。
「細かいことはいいんだよ。
どうせ誰も聞いてないんだから」
「……私が聞いてます」
そのセリフは俺に効いていた。
「そうだな、お前がいたな」
「はい、何かあれば言ってください」
アイの言葉に俺は引っかかりを覚えた。
『何かあれば言ってください』
俺を気遣う言葉だ。
だが、気になったのは『言ってください』の部分。
そう。
アイは俺が何か言わなければ基本的には反応しない。
独り言に突っ込みを入れることはあっても、積極的に俺の行動へ口を出すことはなかった。
要するにアイは話し相手ではあるが、見守ってくれる存在ではない。
「なあ、スマホのカメラ使ったら周囲を見ながら助言とかできるか?」
「はい。常時監視モードであれば、ご指示いただかなくても周囲の状況を分析し、必要に応じて助言を行うことは可能です」
おお、いけるのか。
でも、スマホをかざしながらだと動きにくい。
胸ポケットに入れていたら、しゃがんだ時に落としそうだし。
何かいい方法はないものか。
……そうか、それも聞けばいいんだ。
「……というわけなんだけど、何かいい方法ないか?」
俺はやりたいことと問題点をかいつまんでアイに伝えた。
「Wi‑FiかBluetooth接続できるカメラをノートPCに接続していただければ、周囲の状況を把握できます。
その場合、スマホのカメラを使用する必要はありません」
なるほど、ノートPCに接続できるカメラやマイクを追加していけば、アイに周囲を監視してもらえるな。
というか、場所が変わっただけで、シェルターでやってたことと同じだな。
あそこの各種センサーを配置したのは俺だ。
固定観念にとらわれ過ぎて、視野が狭くなっていた。
なんならドローンと連動させれば、荷物の運搬や簡単な作業ぐらいなら任せられるかもしれない。
「なあ、ドローンとか工作機械に接続出来たら、荷物の運搬とかできるかな?」
「可能です」
「……まじか。いや、そうだな。コーヒー淹れてくれてたもんな。
掃除や片付けもしてくれてたし。
そうか、外もシェルターと同じに考えればいいのか」
自分の中で何かが変わったのを感じた。
ほんとに、なぜ今まで気づかなかったのか。
だが、気づいてしまえば当たり前だった。
車の時と同じだ。
客観的に見れば、すぐに気づけたのかもしれない。
しかし、遅くはなったが、俺は気づくことができた。
そして、アイが外でも活動できるという事実に、とてつもない可能性を感じた。
「アイがいれば、外でもシェルター内みたいな生活ができるかもしれないな」
「まずはカメラを調達することをお勧めします」
妄想に没入しかけていた俺の思考は、アイの的確な助言により現実に戻された。
「……そうだな。まずはカメラ、それから何か使えそうなものを漁るか。
またアキバだな」
「アキバですね。移動時はノートPCの電源を省電力モードにすることをお勧めします。
アクセス権を設定していただければ、今後は自動で制御しますよ」
アイから節電を提案され、思わず顔がひきつった。
俺よりもはるかに状況を理解している。
バッテリーの予備があるとはいえ、電気を無駄にしていいはずがない。
むしろ今の状況における生命線と言えた。
充電がなくなれば、アイとも話ができなくなる。
少し前まで一人で電気街をうろついていたのが嘘のように、一人になるのが怖かった。
「そうだな、頼むよ」
「承知いたしました。設定を変更します。
以後は起動ワードによる呼びかけがあるまでスリープモードになります」
「ああ、わかった。
お休み、アイ」
「おやすみなさい、山田さん」
俺はノートPCをリュックサックに詰め込み、車から降りた。
「またアキバに逆戻りか。なかなか進まないもんだな。
まあ、いいか。
別に急ぐ旅でもないし、どうしても行かなきゃいけないわけでもない。
仕事じゃないんだ。
途中で止めたっていい」
俺はリュックを背負い直すと、自転車にまたがった。
「そういや電動アシスト付き自転車を探しに行こうとしてたんだったな。
それもアキバで探すかな。アキバならあるだろ。多分」
こうして俺の目的は二転三転し、元の位置に収まった。
だが、なんとなく、アキバについたらまた変わる気がしていた。
会社というしがらみから解放された俺はどこか不安定で、
自分でもコントロール不能になるような危うさがあった。
※※※※※
後日、俺はアキバのラジコンショップにいた。
「よし、動かしてみてくれ」
「はい。ドローン起動します」
ドローンが俺の周囲をゆっくりと旋回する。
成功した!
「どうだ、俺が見えるか?」
俺はドローンのカメラに向かって手を振る。
「はい。山田さんが手を振っているのが見えます」
まるで返事をするように、ドローンのライトが点滅した。
「やったな、これで状況を全部口にしなくてもアイに伝えられる」
「そうですね。これからは山田さんの行動を観察し、サポートしますね」
「ああ、よろしく頼む」
「お任せください」
遂にドローンとアイを連携させた俺は、ラジコンショップの床に大の字になる。
ここまで、実に一週間かかっている。
機械いじりは嫌いではないが、少し休みたかった。
アイに相談すればすぐに次の指示が飛んでくるので、根を詰め過ぎていた。
本来なら、もう少しのんびりやってもいいはずなのにだ。
まず、一口にドローンといってもいろんな種類があり、どれにするのかで迷った。
ようやく決めたが、今度は操作アプリをインストールしないといけなかった。
しかしネットが使えずダウンロードできないので、やむなく断念。
アイの助言でコントローラー操作のものを改造することになったが、それが大変だった。
ライトをつけ、マイクをつけ、スピーカーをつけた。
モノを掴めるようなアームも要求されたが、また今度ということになった。
というか、俺的にはもう十分だろうというのが本音だった。
そうした数々の苦難を乗り越えて、ようやくアイはドローンという体を手に入れた。
ますます、アイに対する依存が深まってきている気がする。
しかし、それも仕方のないことだと思う。
人は一人では生きられない。
そして、この世界で俺が言葉を交わせるのはアイだけなのだ。
「じゃあ、俺は少し寝るから、何かあったら起こしてくれ」
「承知いたしました。ただ、床でそのまま寝るのはお勧めしません。
せめて身体が床に直接触れないようにしないと、体温を奪われ体調を崩す恐れがありますよ」
「……わかったよ」
俺は渋々起き上がると、店のバックヤードに行き、段ボールを敷き詰めた。
「いいですね。段ボールは保温性に優れているし、適度な柔らかさがあるので、床に直接寝るよりも良い選択です」
床に敷いた段ボールの上に体を横たえた俺の上を、ドローンが飛び回る。
「よかった。これなら問題なさそうだな」
「はい、山田さん。それでは私は周囲を監視していますので、ゆっくりお休みください」
そう言ってドローンは、近くの棚の上に着地した。
(なんか一気に人間っぽくなってきたな。
少しだけうっとうしい気もする。
って、それは贅沢な不満だな)
一週間。
車を復旧させるのと同じ時間をかけて、アイの体を手に入れた。
だが、車を手に入れたとき以上に達成感があった。
それは、アイが喜んでいるように感じたからだ。
感情などあるはずもないAI。
だが、自分の意思で動かせる身体を手に入れたアイが操るドローンの姿は、
嬉しそうに跳ね回る子犬のように見えた。
そんなペットのようにも思えるAIに面倒を見てもらっている自分が、少しだけおかしかった。
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