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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第二章 移動拠点編

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第6話:車は動くが走れない

 社長の計画倒産の衝撃から立ち直った俺はシェルターに籠っていた。


 といっても廃人のような生活を送っているわけではない。


 むしろ真逆といってもいい勤勉な生活を送っていた。


「アイ、シェルター内の棚卸をしたからチェックしてくれ。

 今までと同じペースで消費したとしてあとどれぐらい持つ?」


「確認します。


   ……。


 確認しました。これまでのペースでいくと約二年でほとんどの在庫がなくなります」


「あと二年か……」


 閉じ込められていた時は、あえて目を逸らしていた現実に目を向けた。

 二年分の物資といえばあまり余裕がないように思えるかもしれない。


 だが、地上には人類の遺産とも言うべき物資が、山のように残されていた。

 それを思えばシェルターの備蓄については気にしなくてもいい気はする。


 しかし、地上よりもはるかに快適なこのシェルターから離れるのは忍びなかった。


 なにより、現状、まがりなりにもコミュニケーションがとれる相手はアイしかいない。

 その事実が俺のシェルターへの依存を強めていた。


「アイ、お前をノートPCにコピーしたいんだけど容量足りるかな?」


「確認します。


 ……。

 …………。

 確認しました。私のコアデータは約820GBです。

 不要ファイルを削除し1TBの空き容量を確保していただければ可能です」


「不要なファイルか……」


 ノートPCには会社の業務データやメールが残っている。

 もう読み返すことはない。

 あんな思いをするのは一度で十分だ。

 それでも、消すとなると少しだけためらいがあった。


 なんとなく適当な業務報告書を開いてみる。

 自分の知らない案件の進捗について書かれていた。


「こんなのもあったのか……」


 気が付くと次、また次と読みこんでいた。

 止める者は誰もいない。

 このままでは先に進めそうになかった。


「……業務データとメールを全部削除してくれ。  

 その代わり、お前が外に出られるようにしてくれ」


 自分では踏ん切りが尽きそうになかったのでアイに任せた。

 AIに感情はないだろうが、外に出られるようになるのなら、ためらいなどしないと思えた。


「バックアップは必要ありませんか?」


「………………。」


 本当に気の利くAIだ。


 そもそも、家電量販店にでも行って新品の端末を拾ってくれば済む話だ。

 迷う理由なんて、本当はどこにもない。


 ただ、その気遣いが今は少しだけおせっかいに思えた。


「いや、いい。やってくれ」


「承知しました。移行処理を開始します。

 処理の完了には、少し時間がかかります。

 その間、応答できなくなりますがご了承ください。

 ………………」


 ノートPCの冷却ファンが音を立てて回りだす。


 画面の中央には砂時計のアイコンが表示され、処理中であることを示していた。


 俺はノートPCをテーブルに置き、床に寝そべる。


(これからどうするかな……)


 物資もインフラも徐々に劣化していく。

 今はよくても五年、十年経てば、歩くこともままならないかもしれない。


 かといって一人ですべてを整備することなどできるはずもない。


 ではどこかに小さな畑でも作って自給自足生活でもするか?


 ごめんだな。


 そんなスローライフはすぐに飽きてしまうのが目に見えている。


 自殺する気はないが、ただただ長生きするためだけに費やす人生は、魅力的とは思えない。


「マチュピチュ……行ってみるか」


 ほとんど妄想みたいな目標だったが、今はそれも悪くないと思える。


 ガッ、ガッ


 お掃除ロボットが俺の足にぶつかってきた。


「そうだな、ここで寝られたら邪魔だよな」


 立ち上がりノートPCに目をやると、いつの間にか処理は完了していた。


 さっぱりときれいになったデスクトップには、アイのアプリだけがあった。


 俺は深く息を吐き、PCの電源ケーブルを抜いた。


「よし、行くか。

 アイ、マチュピチュまでの旅行計画を立ててくれ」


「現在、主要な交通インフラは利用できません。

 北海道からロシアを経由し、海路を最小限にできるルートを推奨します。


 推定所要期間は約三年です。

 まずは、日本を北上し北海道を目指しましょう」


 なんかすごいな、いきなり現実味が増してきたぞ。


 しかし、北海道か。


 飛行機も船もないのにどうやって行けばいいのやら。


 まあいい、それもアイに聞くとしよう。


 最悪、自転車で行ってもいい。


 時間はいくらでもある。


 物資も、まあ、当面は大丈夫、なはずだ。


 そんなことよりも何よりも。


 今は生きる気力がなくなるのが怖かった。


 ※※※※※


 三日後、俺は秋葉原のラジ館でパーツを漁っていた。


 なぜ秋葉原?と思うだろうが、理由は簡単だ。


 電気街といえば秋葉原だからだ。


 かつてほどではないにしろ、時代に取り残されたような店が今も存在していた。


 北海道に行く前にノートPCの予備バッテリーやソーラー発電機などを調達したかったのだ。


 現地調達も視野には入れていたが土地勘のない場所で足止めされるのは嫌だった。


「なあ、アイ。これどうかな?こっちのがいいか?」


 俺は似たような性能の発電機を手に延々悩んでいた。


「……両方持っていけばいいのでは?

 持てなくなったら、どこかに保管するなり破棄すればいいと思います」


「そうか、そうだな。このぐらいならまだいけるけど、結構重くなってきたな」


 リュックサックの中には食料類や工具類も詰め込んである。


 俺は背中に背負ったリュックサックの重さを確かめるように体を揺らした。


 紐が肩に食い込んでくるが歩けないほどではない。


 移動は自転車なのでこの程度なら問題ない。


「車が使えれば楽なんだけどな。

 燃料が手に入らないんじゃどうしようもないか……って、待てよ。

 行けるかも?」


 俺は今の今まで忘れていた存在を思い出した。


 そう。


 電気自動車だ。


 存在自体は知っていたが、あまりにも縁がなくて頭になかった。

 だが、化石燃料に頼らなくても動く車は存在したのだ。


 ただし、充電設備は使えない。


 しかし、今の俺にはここ秋葉原で手に入れた充電器がある。


 規格さえ何とかすれば何とかなるかもしれない。


「そうだ。電気自動車なら動かせるはず――」


 ああいうお高い車ならきっと厳重に保管されているはずなので状態も期待できる。

 バッテリーやら何やらを交換するぐらいなら何とかなるだろう。

 わからなければアイに聞けばいい。


 俺はその日のうちに近くのディーラーへ向かった。


 屋内展示場には何台もの電気自動車が並んでいた。


 少し埃をかぶっているが、ぱっと見は新品同然だった。


 アキバで調達した器具でバッテリーの状態を確認する。


 結果はどれも過放電状態だった。


「三年も放置されてりゃ、そうなるよな。

 バッテリーを換えれば動くかな?」


「可能性はあります。

 ただし、ホームセンターなどのバッテリーも同様の状態になっていると思われます」


「車を動かす前にバッテリーを直さないといけないのかよ。

 すぐできるものなのか?」


「まずは破損していないかを確認し、端子が腐食している場合は清掃が必要です。

 そのあと低電流でゆっくりと充電します。

 放電の程度にもよりますが、状況から考え、一日から三日は見ておいた方がいいでしょう。

 その後、電圧が戻ったことを確認し、車に接続してテストを行ってください」


 なんかめっちゃ早口で説明された。

 アイはたまにものすごく機械っぽい。


「運が良ければ一日で動くようになるかもってことか、俺は運がいいのか?いいよな、きっと」


 俺は自分を納得させるように、運がいいと口に出した。

 運が悪ければ今でも閉じ込められてたか、他の人たちと一緒に消えていたはずだ。


「あなたの運が悪いかどうかは私にはわかりません。

 でも、あなたのサポートをすることは出来ますよ」


 俺の独り言にアイが反応する。

 また機械的な口調だった。

 それでも、少しやる気が出た。


 ※※※※※


 一週間後。


 俺の電気自動車復旧プロジェクトは成功した。


 いくつものバッテリーを復旧させ、交換し、ようやく動く車を手に入れたのだ。


 が、またしても俺の浅はかさが露呈した結果になった。


 無事、車が動くようになったまではよかった。


 だが、俺はどこにも行けなかった。


 そう、展示場から出られなかったのだ。


 周囲の車に邪魔されて身動きが取れない。


 あらためて見渡せば、車はどう動かそうと出口までたどり着けない位置にあった。


 出たければ周囲の車を片っ端からどかすしかない。


 まるで巨大なパズルゲームのようだ。


 ああいうのはスマホで指先一つで動かせるから楽しいのだ。


 間違っても現実の車でやるもんじゃない。


 俺は車のシートを限界まで倒し、天井を仰ぐ。


 いくつもの車とバッテリーを駄目にし、ようやく成功したと思った矢先の凡ミス。


 なぜ自分はいつもこうなのだろうかという思いがこみ上げてきた。


 すべてがうまくいかないわけではない。


 だが、肝心なところでつまらない失敗をしてしまう。


 端から見ていれば間抜けに見えるだろうが、俺はいたってまじめだった。


 誰かが見ていれば、途中で止めてくれたかもしれないが、生憎一人だった。


 そう一人だ。


 アイは話し相手にはなるが俺を見守っているわけではない。


 そう思うと少し寂しかった。


 意味もなく車内灯をつけたり消したりする。


 一週間の成果を無駄に浪費する愚かな行為。


 だが、少しだけ気が晴れた。


「まあ、車いじりをして遊んだと思うか。

 次は出入り口を確認してからやればいいだけの話だ」


 口ではそういいながらも、ため息が漏れた。


「でも、まあ、しばらく車はいいかな。

 次は何にするか……」


 起きたら何かいい案を思いついているかもしれない。


 俺はそのまま目を瞑った。


 今日の俺はここまでだ。


 明日のことは、明日の俺に任せることにした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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