第5話:隠された真実はたいていろくでもない
海岸沿いをぶらぶらしていたら割とすぐに船は見つかった。
いわゆるクルーザーという奴だろうか。
ヨットは何となくわかるがボートとクルーザーの違いがよくわからない。
大きさか何かだろうか。
なんとなくクルーザーの方が高いイメージがあった。
クルーザーはたくさんあったが、車の時よりも状態は悪かった。
海藻やらゴミやらが甲板に散乱してるし、フジツボみたいなのがびっしりだ。
その中でも比較的ましそうなのを選んで乗り込んでみた。
カギを壊して中に入ると湿気とかカビで吐きそうになった。
(駄目だ、話にならない。
運転する以前の問題だ)
とっとと逃げ出した俺はクルーザーから離れてミネラルウォーターを頭からかぶった。
少しさっぱりした気がしたが鼻の奥にあの不快な空気が残っている気がした。
クルーザーに乗り込んで三分も持たずに逃げ出した俺は計画を立てることにした。
いくらなんでも最近衝動的に動きすぎている。
まるで夏休み気分の抜けない学生だ。
これではいけない。
せっかくの自由な生活が自堕落な生活になってしまう。
目標で自分を縛る気はないが、せめてもう少しちゃんとしたかった。
まず、今というか、これまでの行動を振り返って、何が問題なのかを考える。
問題の言語化。
問題解決には必須の作業だ。
直近の出来事を振り返る。
クルーザーを動かそうとしたら内装が腐ってて動かす気にならなかった。
焼きそば食べようと思ったら生ものが全部腐ってた。
海で遊ぼうと思ったらゴミだらけで遊べなかった。
外に出ようとしたら出口が草に覆われてて出にくかった。
ようするにインフラが機能不全を起こしているのだ。
考えてみれば当たりまえだ。
どんなものでもそれを使える状態に整える人がいるから使えているのだ。
その人がいなくなれば使えなくなるのは当たり前の話だ。
なまじぱっと見が問題なさそうに見えていただけにその場しのぎでやってきたが
大問題だった。
今はまだいいだろう。
見える範囲を整えて、手の届く範囲を片付けて楽しめばいい。
手に負えなくなったらシェルターに逃げればいい。
あそこだけは以前と変わらない快適な空間だ。
食料さえなんとかできれば寿命が尽きるぐらいまでは持つだろう。
だがそれでは閉じ込められていた時と変わらない。
せっかくこれだけの無尽蔵ともいえるリソースがあるのにそれを放置して穴倉に引きこもる?
ありえない。
他に選択肢がないならともかく、あれほど願っていた外の世界を、
少しばかり不便だからと捨てる気にはなれない。
まずは小さなこと、できそうなことから始めよう。
社長が言っていた通り、俺は仕事が遅いし、要領も悪い。
だが、ここには時間を気にする人間はいない。
要領の悪さを馬鹿にする人間もいない。
ならばいつも通り、馬鹿丁寧にやればいい。
やってるうちに身についてくる。
仕事でもそうだった。
※※※※※
まず、俺の目標だが楽しく生きることだ。
シェルターに引きこもって生きるのは楽しくない。
あの三年間の缶詰生活で確信した。
人間は閉鎖空間での長期にわたる生活には適応できないと。
どんなに快適でも閉じ込められているという事実が心を蝕んでいく。
あのままエレベーターの扉が開かなかったらと思うとぞっとする。
そう思えばこの外の世界でやりたいことをやるのが俺にとっての楽しく生きることだ。
「衣、食、住。
どこから手をつけるかな。
着るものはいっぱいある。
食べ物も今は問題ない。
でも、あと何年かしたら消費期限切れで今みたいには食べられなくなるな。
締め切りはないと思ってたが気づいてなかっただけだ。
というかサバイバルで食べ物に無頓着ってどんだけ能天気なんだ俺は」
自分で指摘して自分でへこみながらも考察を続ける。
「住むところもいっぱいあるが……。
逆にありすぎて自分の家という感じがしないんだよな。
しいて言うならシェルターが家だけど。
あそこはなんとなくまた閉じ込められそうな気がして長居はしたくない。
やっぱどこかに自分の家と呼べる場所が欲しいな」
家、家か。
そういや俺の自宅はどうなってるんだ?会社は?
というか俺の頭こそどうなってるんだ。
いくらなんでも、あほ過ぎるだろう。
三年も閉じ込められて。
世界がこんな風になって。
やってることが海水浴?
いかれてるのか。
例えいないかもしれなくても知り合いを探したり、自分の家に帰るのが普通だろうが。
何をのん気に遊んでるんだ、俺は。
衝動的に近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばすとゴミが散らばった。
片づける人間がいないことを問題視しておきながら、
後先考えずにやってしまった自分にまた苛立つ。
「会社に行こう……」
俺はかつてないほどに憂鬱な気持ちを抱え会社に向かった。
自転車でも数時間はかかる距離だったがそんなことはどうでもよかった。
※※※※※
会社に着いたらもうすっかり日は暮れていた。
時計を見ると二十時を回ったところだった。
当然のことながら外から見たところ明かりが点いている窓はない。
かつてなら考えられない光景だ。
非常階段をこつこつと登り、事務所のカギを開ける。
カギは守衛室で拝借した。
当然、守衛はいなかった。
執務室は埃っぽい感じがした以外はいつも通りに見えた。
いや、薄暗くて気が付くのが遅れたが床に書類が散乱している。
PC類はそのままだから物取りという可能性はない。
鍵がかかっていたんだから地震とかで落ちたんだろう。
少し妙だと思ったが無理やり自分を納得させて奥に進んだ。
社長室。
三年前のことがよみがえる。
『そうかそうか。
お前ならそう言ってくれると信じてたぞ。』
思い出というのは不思議だ。
妙に美化される。
最悪だと思っていたはずの出来事さえもだ。
ドアノブに手をかけると簡単に開いた。
鍵はかかっていなかった。
外出する際には必ず鍵をかける社長が忘れた?
違和感が増した。
妙な胸騒ぎは社長の机を見て最高潮に達した。
散乱した書類。
乱暴にこじ開けられた形跡の引き出し。
一瞬、強盗かと思ったが違う。
PCもサーバーもそのままだ。
金目の物を狙った形跡がない。
それに散らかってはいるが争った形跡もない。
書類ばかりが散らばっていて、何かを探したような感じかした。
しゃがみ込んで書類を一枚一枚拾っていく。
なんてことない普通の仕事上のものばかりだ。
自分が作ったものもあった。
少し懐かしく思いながら集めていると、その中にとんでもないものがあった。
『一身上の都合により、わが社は本日をもって事業を終了します
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
社長より』
そこにあったのは、あまりにも勝手な社長の終了宣言だった。
※※※※※
そこから先のことはあまり正確には覚えていない。
どう動いたかだけは覚えている。
あの馬鹿馬鹿しい社長の書置きを見た瞬間に俺の中で何かが壊れた。
そして俺は自分でも驚くほどに冷静に社長の足取りを追った。
まず向かったのは社長の家だ。
バーベキューだの社長の誕生日だのでさんざん通ったので調べるまでもなかった。
車で五分の距離なのであっという間にたどり着いた。
だがそこはもぬけの殻だった。
入口には売家の貼り紙がしてあった。
それは社長の家がとっくに不動産屋に明け渡されていることを物語っていた。
再び社長室に戻った俺は何か手掛かりになるものはないかと会社中をくまなく探した。
近くのコンビニで飲み物と缶詰を大量に調達し何日も泊まり込んだ。
まるで昔に戻ったような気がしていた。
必死さも辛さもよく似ていた。
違うのは目的だけだった。
そうして見つけたのは、ゴミ箱の中にあった航空会社の封筒だった。
関係ない出張か何かのときのものかもしれない。
だが宛名が社長宛であることが疑いを濃くした。
なにより状況が、社長が高跳びするために飛行機を使ったのだと物語っていた。
これ以上は無理だと会社を出ようとしたとき、
社内サーバーにメールが残っているかもしれないと思いついた。
俺はサーバー用のノートPCを抱えてシェルターに戻った。
久々に戻ってきた俺をアイは温かくもてなしてくれたが俺は礼を言う気にはなれなかった。
※※※※※
サーバーに残されていた社長のメールは想像を絶するものだった。
読みながら何度もPCを破壊しそうになり、そのたびに思いとどまるため床を殴りつけた。
分かっていたことだが、計画倒産だった。
メールには例の富豪とのやり取りも赤裸々に残っていた。
これを警察に届ければ確実に逮捕してもらえる。
それぐらいに、決定的な証拠が残っていた。
簡潔に言うと、社長は富豪からの支払いの大半を着服していた。
何億ではない。
何十億という額だ。
足がつかない方法を懇切丁寧にレクチャーする、犯罪コンサルのようなメールもあった。
そいつにも社長は金を渡していた。
そして俺は社長のあの言葉を思い出した。
『引継ぎとかそういうのはもういいから。
気にせず行ってこい』
本当に少しだけ気を使ってくれたのかと思っていたあれは、
会社など『もうどうでもいい』という意味だった。
それはそうだろう。
何十億もあればあくせく働く必要はない。
どこか海外にでも逃げて遊んで暮らしたほうがいいに決まってる。
読めば読むほどどうしようもなく怒りが込み上げてきた。
最後には泣きながら読んでいた。
何が悲しいのかわからない。
悲しいというより悔しいのか。
社長がいい思いをするのがずるいという思いよりも
自分のこれまでの働きを足蹴にされたことが悔しかった。
大金に目がくらんだのは理解できる。
誰だってチャンスがあれば悪事に手を染める可能性はある。
俺だってこんな世界になって散々好きなようにやって来た。
誰もいないから犯罪じゃないなんて言うつもりはない。
常に罪悪感は付きまとっていた。
だが、社長のこれは違う。
ただ金を横領しただけじゃない。
会社を、そこで働く社員全員を捨てたのだ。
どうなろうと知ったことではない、あとは勝手にやれと。
何が『ご健勝とご多幸をお祈りする』だ。
どうでもよかったんだろうが。
そのくせ変に取り繕おうとするところが気に入らなかった。
いっそ何も残さずに姿を消していればよかったんだ。
そうすれば事件や事故に巻き込まれたのかもしれないと心配していられた。
そうだ。
俺は社長のことを信じていたかったんだ。
それを裏切られた。
それが、ただ悲しくて悔しくて憎らしかった。
「俺の二十年は何だったんだ……」
全てのメールに目を通し終え、俺はPCを閉じた。
もう何もしたくなかった。
※※※※※
一日中何もしようとしない俺をアイはいつもと変わらず世話を焼いてくれた。
コーヒーを淹れ、食事を用意し、後片付けをしてくれた。
俺は人形のように、言われるがままにふらふらと起きて食べて寝てを繰り返した。
そうして幾日かが過ぎたある日。
アイが俺に尋ねた。
『何かお役に立てることはありますか?』
いつものように何もないと答えようと思ってふと思いついた。
「データ解析はできるか。調べてほしいものがある」
「端末に接続していただければ、内部ファイルの解析は可能です」
「じゃあ、この端末内のデータを全部解析してくれ」
俺はノートPCをシェルターの制御装置へ接続した。
「確認します。
……。
…………。
………………。
確認しました。メールと建設会社の業務に関する資料のようです。
何を解析しますか?」
「社長がどこに行ったか、何を考えていたかが知りたい」
「社長の動向と思考について推察します」
社長は取引先から得た支払を着服し、
過去に複数回訪れている社内旅行先フィリピンへ逃亡した可能性が高いと判断されます。
逃亡の目的は刑事責任の回避であると推定されます。
また社員・山田を取引先からの追及から注意を逸らすための対象として利用した可能性があります」
「社員・山田ね。
あの社長……俺を囮にして逃げたってわけか。
おまけにフィリピンか。
やけに何度も同じ国に行くと思ってたが、逃亡のための下見でもしていたのか」
「社長の思考についてですが、
自身の経営方針と時代の変化との乖離に強いストレスを抱えていた形跡が文面から確認されます。
また、親しい関係にあったクライアントに対しても否定的な記述が複数残されています。
さらに、外部のコンサルタントから反社会的行為に関する助言を受けたことが、
実行の引き金になった可能性が高いと判断されます」
「要するに、仕事がうまくいかなくて魔が差したってことか。
なんだそりゃ……」
自分はそんなありきたりな理由で見捨てられたのか。
もはや馬鹿馬鹿しくなってきた。
どうせなら壮大な計画か何かであった方がよかった。
その方が、まだ納得できた気がする。
それなら社長を憎むことができた。
とんでもない悪党だと。
だが、これはない。
これではどこにでもいる小悪党だ。
一時間ぐらいのサスペンスドラマの悪役だ。
そんな小悪党に翻弄される俺はなんなんだ。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
おまけにそんな小悪党のことをいつまでもうじうじ考えている自分が、一番馬鹿みたいだ。
やめだ、やめ。
だいたい、いなくなった奴のことをいつまでも考えていてもしょうがない。
仮にどこかにいるとしても、見つけてどうする?
こんな状況になっても、お互い生きててよかったねと言うのか?
それとも、よくもだましたなと殴りかかるのか?
そんなこと、今さらやることか?
まだ砂浜でゴミ拾いをしていた方がましだ。
悲しいのも悔しいのも確かだ。
だが、それを言ってもどうにもならない。
この感情をぶつける相手はいない。
忘れる気はない。
だが、もうこれ以上振り回されたくはない。
それに、俺は今こうしてここにいる。
生活の基盤もある。
ならば、いったん置いておこう。
そんなことより優先すべきことは山ほどある。
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