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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第十章 関西編

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第67話:空になった養鶏場

 近くの養鶏場を探してみたが鶏は見つからなかった。


 鶏舎の扉を開けた瞬間に独特の生き物の匂いが広がった。


 熱風が吹いたかと思うほど中は蒸し暑かった。


 端が見えないほど広い鶏舎だったが、生き物の気配はどこにもない。


 足元には茶色く汚れた白い羽が散乱していた。


 その奥には骨。


 また骨。


 そして骨。


 餌箱はとっくに空になり、給水設備も止まったままだった。


 人類が消えてから五年。


 閉じ込められた鶏たちは誰にも世話をされることなく死んでいったのだろう。

 鶏舎には鶏の成れの果てが残っていただけだった。


 昼間でよかった。


 夜だったら悲鳴を上げていたかもしれない。


「駄目ですね。

 ここなら何羽か生き残ってるかと思ったんですが」


「そうだな……」


 アイはいつもと変わらぬ口調だった。

 だが俺の足は少し震えていた。


 ふらつく足で扉に手をつきながら外へ出る。

 アイがいてくれて助かった。

 一人だったら、その場から動けなかったかもしれない。


 嫌になるほど空が青かった。

 さっきまでいた鶏舎とは別の世界のようだった。


 深く息を吸い込み、吐き出す。

 それでも胸の奥の重さは消えなかった。


「そうがっかりしないでください。

 まだ一件目です。

 養鶏場ならまだたくさんありますから」


「……鶏はもういいかな」


「らしくありませんね?

 こんなにすぐ諦めるなんて。

 あんなに食べたがってたじゃないですか、オムライス」


「それはそうなんだけど……ちょっとな」


 足元に転がる骨を見た。


 どれだけの鶏がここで死んだのだろう。


 ここだけではない。


 日本中、世界中で同じことが起きたはずだ。


 そう思うとオムライスが食べたいという気持ちはすっかり冷えてしまった。


 人が消えた世界を旅してきたが、こんな光景を見るのは初めてだった。


 もしかしたら無意識に避けていたのかもしれない。


 人がいなくなっただけ。


 どこかでそんなふうに考えていた。


 だが違う。


 人の手で生かされていた生き物たちは、人と一緒に消えていなかった。


 人の手から解き放たれた先にあったのは、こういう結末だ。


 そんな当たり前のことを、俺はいまさら思い知らされた。


「……ここの鶏たちは残念でしたが、諦めるのはまだ早いと思いますよ」


「でも、五年も経ってるんだぞ?

 ……水も食料もなしで持つわけないだろ」


「外で放し飼いにされているようなところなら可能性はあります」


 正直、気乗りしなかった。


 またの地獄のような光景を見ることになるのではないかという恐れがあった。


 ただ怖いのとは少し違う。


 嫌悪感とも違う。


 鶏たちが閉じ込められ、苦しみながら死んでいった。

 そう考えるだけで胸が締め付けられる。


 他人事とは思えなかった。


 自分もあのままシェルターに閉じ込められていたら、同じ末路をたどっていただろう。


 保存食が減っていく。

 発電機が止まる。

 水が止まる。

 空調も止まる。

 エレベーターは動かない。


 誰にも助けてもらえず、地下深くで一人朽ちていく。

 あの頃はそんな想像ばかりしていた。


 今はこうして自由になれたが、運がよかったにすぎない。


 鶏たちにもそんな運のいい奴はいるだろうか。


「……生き残ってるやついるかな?」


「わかりませんが、可能性はあると思います。

 生き物は案外しぶといですからね」


「そうかもな」


 俺だって生き残ったんだ。


 鶏たちの中にも、運のいいやつがいてもおかしくない。


「では、次の場所に向かいましょう。

 次はきっと生き残りが見つかりますよ」


「……だといいな」


 キャンピングカーに戻り、俺たちは次の養鶏場へ向かって移動を始めた。


 しばらくの間、車内にはエンジン音だけが響いていた。


 無言の時間が続いた。


 なんとなく話をする気になれなかった。


 するとアイが珍しく音楽をかけてくれた。


 いつもは雑音だとか集中できないとかいうのにだ。


 珍しいこともあるものだ。


 音楽を聴きながら、窓の外を眺めた。


 いつもと変わらない景色が流れていく。


 少しずつ、沈んでいた気持ちが浮かび上がってくるような気がした。


 ぐー。


 腹の音が鳴った。


「……腹、減ったな」


「今日は天気もいいですし、近くの公園に寄って食べますか。

 キッチンカーを回しておきます」


「それいいな、頼むよ」


 落ち込んでいても腹は減る。


 自分が憂鬱だろうが空は晴れる。


 ピクニックをするには今日は最高の天気だった。


 ※※※※※


 次の場所に向かう前に昼飯を食べることにした。


 腹が減っていると人間ろくなことを考えない。


 空腹を満たせばこの鬱々とした気持ちもどこかへ行ってくれる気がした。


「さて、それじゃ昼飯にするか、今日は何を食わせてくれるんだ?」


「真鯛がいっぱい余ってますからね。

 今日も真鯛料理です」


「まあ、そうだよな」


 俺が大量に釣り上げた真鯛はまだ半分以上残っていた。


 十匹も釣ったのだから当然だ。


 一日一匹食べたって、十日もかかる。


 食べきれないのが目に見えていたので半分は冷凍してもらったが、

 しばらくは鯛尽くしになることが宣告されている。


 久しぶりの新鮮な魚料理ということで今のところ飽きは来ていないが、

 何日も続けば怪しいかもしれない。


 やっぱり五匹ぐらいでやめておけばよかったと後悔している。


 だが、さっきの鶏たちを見た後では、食べ物を捨てる気にはなれなかった。


「今日は山田さんの好きな揚げ物ですよ」


 いつものキッチンカーでにゃんタンクが調理してくれたのは、

 真鯛のフライをパンで挟んだサンドイッチだった。


「フィッシュサンドか。うまそうだ。

 どれどれ。

 うん、うまい!」


「普通はもっと安い魚を使うところを真鯛を使ってますからね。

 ほんとは養鶏場で卵を手に入れてタルタルソースを添えたかったのですが……」


「……それはまた次の機会にとっておこう。

 ソースなしでも十分うまいよ」


 お世辞ではない。


 ただ、タルタルソースがあればもっと美味いだろうなとは思う。


 それでも、これなら何個でも入りそうだ。


「ほどほどにしてくださいね。

 また食べ過ぎで気持ち悪くなっても知りませんよ」


「わかってるよ。

 とりあえずもう一個お代わり!」


 そう言ってフィッシュサンドに手を伸ばしたところ、足元に影が差した。


「うわっ」


「大丈夫ですか、山田さん!?」


「平気だ。ケガは……ない。

 ……でも、フィッシュサンドを取られた」


 びっくりして俺は体勢を崩した。


 なんとか踏みとどまったものの、その隙にフィッシュサンドを持っていかれてしまった。


 手元に残ったのはレタスの切れ端だけだった。


 にゃんタンクが俺にフィッシュサンドを差し出したところを狙ってくるとは、

 明らかな確信犯だった。


 空を見上げると、トンビが「ぴーひょろろ」と鳴きながら飛び去っていった。


 俺は呆然と空を見上げた。


 フィッシュサンドを奪われた悔しさよりも、妙な感慨の方が大きかった。


「……俺以外にも生きてるやつがいるんだな」


「それはそうですよ。

 人間は山田さんだけかもしれませんが、他にも生き物はたくさんいますからね」


「そうだな」


 死んでるのもいるが、生きてるのもいる。


 トンビはそんなこと、微塵も考えていないだろうけど。


 それでも、少しだけ気持ちが軽くなった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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