第63話:最近、新兵器多くない?
アイプロデュースのナイトパレードを満喫した翌日。
俺は道頓堀に来ていた。
今更言うまでもないが、かつての一大観光地は静まり返っていた。
賑やかな装飾が残っている分、余計に寂しく見える。
写真を撮ればモノクロに写るんじゃないかと思うほどだった。
風雨にさらされ続け、掃除されることもなかった看板は薄汚れていた。
シャッター商店街のような空気すら感じる。
「もっと早く来ておけばよかったな……」
働いていたころはそんな余裕などなかったのだから仕方ない。
そんな言い訳で余暇を日ごろの睡眠負債の支払いに充てていた俺は今頃になって少し後悔していた。
金がなかったわけじゃない。
泊まりは無理でも日帰りの旅行ぐらいならこれたはずだ。
朝早く起きるのが面倒。
帰宅が遅くなる。
翌日の仕事がある。
……疲れる。
そんなことばかり考えてしまい、足を延ばす気になれなかった。
金も時間も心配することがなくなった今になってようやくやってきたわけだが、
正直、遅すぎたとしか言いようがない。
「……あまりきれいな場所ではないですね。
まあ繁華街ならどこもこんなものなのでしょうか」
「そうだな」
寺や神社は風化しても味になる。
だが繁華街はそうはいかないらしい。
でかい蟹のオブジェは足が取れているし、
飲食店の前に今も立ち続けるピエロみたいな人形は砂と埃にまみれてしまっている。
人形の目元に残った水滴の痕が、汚れちまった悲しみの涙に見える。
かつて皆がこぞってSNSに投稿していたグ〇コの看板も、
白だったランニングシャツがグレーになってしまっている。
誰もこんな衣替えは望んでいなかっただろう。
まるで廃墟ツアーでもしている気分だった。
「有名な観光地とはいえ、お店が営業していないのでは意味がありませんね。
あまり見て回る場所はなさそうです」
「そうだな」
そもそもここは食い倒れの町と呼ばれるほど、食を売りにしていた街だ。
お好み焼きに焼きそば、たこ焼き、串カツ、鉄板焼き。
お祭りの屋台のような店がそこかしこに存在している。
粉物だけじゃなくて流行の韓国グルメやSNS映えするスイーツの店も充実していて食い倒れの看板に偽りなしといった風格だ。
だがせっかくの料理も作る人も食べる人もいなくなった今となっては食品サンプルの店と同じだ。
食べたくなるようなビジュアルに食欲をそそられても食べることはできない。
思わずポケットに入れていた飴を口に放り込んだが、余計にたこ焼きが食べたくなるだけだった。
「山田さん、さっきから浮かない顔してますけど、具合でも悪いんですか?
それに『そうだな』しか言ってませんよ」
「そう……だな。
いや、ちょっと考え事してただけだ。
それに、腹が減ってぼーっとしてた」
こんなところで感傷に浸っていたと思われるのも気恥ずかしいので空腹のせいにしておこう。
それに腹が減っているのは本当なので嘘ではない。
……ああ、たこ焼き食べたい。
「お腹が減ったんですか?
それではちょっと早いですが、お昼にしますか。
とっておきの秘密兵器をお見せしましょう」
「秘密兵器?またなんか変なロボット作ったのか?」
「変なロボットとは失礼な!!
そういうことを言うといつもの保存食を食べさせますよ!」
「すまん!俺が悪かった。
つい口が滑っただけだ。
本音じゃないんだ!」
「……どうでしょうね。
本音が漏れたってことじゃないですか?
内心、変なロボットだと思ってるってことじゃないですか。
あんなに、ウルフェンに乗ってはしゃいでたのに……」
アイはいじけたように地面にまるを書き始めてしまった。
……これはまずい。
これではせっかく観光地に来ているのに、いつもの缶詰を食べる羽目になる!
「悪かったって、機嫌直してくれよ。
俺の感性は少し普通とずれてるからさ。
それで変だって言っちゃったんだ。
俺から見て変だってことは逆にいいってことだよ。な?」
俺は臆面もなく両手を拝むようにすり合わせてアイの機嫌を取る。
大の大人が座り込んで謝罪する姿は情けないことこの上ないだろう。
だが、誰も見ていないので関係ない。
俺にとってはちっぽけなプライドよりも美味しいご当地グルメの方が大事なんだ。
「……なるほど、確かに言われてみればその通りです。
変人である山田さんから見て変ということは、むしろまともということですものね。
私としたことが文面通りに解釈して勘違いしてしまいました」
アイはアームを収納し、ふわりと浮かび上がると、俺の周囲をゆらゆらと漂い始めた。
どうやら機嫌は直ったようだ。
よかった、よかった。
それにしても変人か。
……なんだろう。
上手くいって嬉しいはずなのに複雑な気分だ。
「それでは私は準備がありますのでちょっと行ってきます。
さっきのグ〇コの看板のところで待っていてください。
とっておきのB級グルメを食べさせてあげますよ」
そう言うとアイはふらりと飛んで行ってしまった。
どうやら秘密兵器とやらで料理を作ってくれるらしい。
「早く戻って来いよー!」
※※※※※
グ〇コの看板を眺めながら待っていると、車の音が聞こえてきた。
こんなところまでキャンピングカーで乗り入れるつもりなのかと思い、音のした方を見ると、
角から現れたのは、銀色の円盤、UFOのようなオブジェを乗せたキッチンカーだった。
「……なんだあれ?」
キッチンカーの屋根には、なぜか本物の宇宙船を思わせる巨大なオブジェが鎮座している。
あっけに取られて眺めていると運転席の窓が開き、アイが出てきた。
「お待たせしました。
これが移動式調理専用車、アイキッチンです」
「アイキッチン……」
確かにUFOの横っ腹にI'S KITCHENと書かれている。
「いつの間にこんなの作ってたんだよ」
「ふふふ、私を甘く見てもらっては困りますね。
大阪観光をすれば山田さんがご当地グルメを食べたいと騒ぎだすことは明白です。
私の銀色の集積回路にかかれば、山田さんの考えなどお見通しですよ」
「そ、そうか。
さすがアイだな」
なんでUFOを乗っけているのか。
いつものキャンピングカーでいいんじゃないのか。
そんな疑問が浮かんだが聞くのはやめた。
聞くだけ野暮ってもんだ。
「さて、それじゃさっそく始めますか。
アイキッチン、開店です!」
アイが指揮者のようにアームを振るとキッチンカーの側面が開いた。
中にはねじり鉢巻きをしたにゃんタンクが乗っている。
いつもと違いサングラスまでかけている。
よくわからないが、えらいこだわりようだ。
『お好みは?』
「えっ!?」
いつもの可愛らしい声ではなく野太いおっさんの声だった。
それに、『お好み』?
「山田さん、注文ですよ。
そこにメニューが張ってあるでしょ」
俺が戸惑っているとアイが助け舟を出してくれた。
妙な格好に気を取られて気が付かなかったがにゃんタンクの背後にメニューが張ってある。
値段はどれも無料と書かれている。
書く意味あるのかこれ?
内心で突っ込みを入れながらメニューを見ていく。
お好み焼きに焼きそば、たこ焼き……。
食べたいと思っていたものは一通りあるがまずはたこ焼きだ。
ソース、しょうゆ、マヨネーズ、塩だれ、特製味噌だれ、ポン酢……。
無駄にバリエーションが豊富過ぎる……。
「特製味噌だれがおすすめですよ。
一番人気です」
「じゃあ、それにするか。
特製味噌だれ一つ」
『あいよ!特製味噌だれ一丁!』
愛嬌のある見た目に似つかわしくない野太い声が戎橋に響く。
……なんてシュールな光景だ。
そんな俺の内心も知らずに、にゃんタンクは鉄板に火を入れ調理を始めた。
じゅう、と鉄板が低い音を立て、白い煙がふわりと立ち上る。
乳白色の生地が、熱せられた黒い穴へと一気に流し込まれると、
ジュワワッと弾けるような音が響いた。
あたりは食欲をそそる香ばしい匂いに包まれる。
「おお、すげえいい匂い!うまそう!早く食いてえ!」
そこからはもう電光石火の勢いだった。
大ぶりのタコ、鮮やかな紅生姜、そしてたっぷりの天かす。
二股に分かれた尻尾アームで千枚通しを器用に操り、生地をくるくると回転させていく。
ひっくり返った側は、見事なきつね色に焼き上がっていた。
転がすうちに、みるみる綺麗な球体へと仕上がっていく。
「……凄すぎだろ。
その技術どこで覚えたんだよ……」
焼きあがったたこ焼きを白い器に盛ると味噌だれをかけて渡してきた。
「ありがとう。
いや、本当に美味そうだな、これ」
「さあ、食べてみてください」
爪楊枝でひとつ、持ち上げる。
ずっしりとした重みがあり、表面には濃厚な味噌だれが絡みつき艶やかに光っている。
絶対熱いとわかっていたが、我慢できず一口で頬張った。
「――っ!」
口に入れた瞬間、容赦ない熱量が弾けた。
「ひゃ、ハフっ、ふーっ!」
口をすぼめて冷たい空気を吸い込み、舌の上で転がす。
薄い皮が破れた瞬間、マグマのようなとろとろの生地が溢れ出し、
出汁の旨味と味噌だれの力強い風味が口いっぱいに広がる。
「そんな風に食べては口の中をやけどしますよ。山田さん」
そう言ってアイが渡してきたのはキンキンに冷えたドクペだった。
「いつの間にこんなものを……」
「ダムを復旧して電力に余力ができましたからね。
これはその余力で動かせるようになった施設の成果の一部ですよ」
「そうか、頑張った甲斐があったな。
じゃあ、遠慮なく……」
結露した缶のプルタブを弾くと、プシュッ、と小気味よい音が響く。
勢いよく喉に流し込んだ炭酸は、まるで消火活動のように口中の熱を奪い去っていった。
熱さと美味さの波に溺れ、冷たい炭酸を喉に流し込む瞬間は、まさに至福だった。
「ぷはーっ!……さ、最高過ぎる!」
「気に入っていただけたようで何よりです。
いっぱいありますから、どんどん食べてください」
「マジか!?よし、じゃあ今日は倒れるまで食うぞ!
塩だれとポン酢を追加だ!」
『あいよ!』
あたりには鉄板の上で生地が焼ける香ばしい匂いが漂い、にゃんタンクの威勢のいい声が響いていた。
俺はまた一つこの終末世界で新たな楽しみを見つけたのだった。
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