第60話:変わるもの変わらないもの
水力発電所を復旧し、エネルギー問題に一応の目途が立った俺たちは再び西へ向かっていた。
アイが発電所の作業と並行して道路の整備も進めてくれていたおかげで、
京都までは半日もかからなかった。
名古屋から京都までの道のりは驚くほど快適だった。
途中で大きなトラブルもなく、昼過ぎには京都市内へ到着した。
有名な寺社仏閣でも見て回ろうか。
そんなことを考えながら車を走らせていたのだが――
「これ以上は進めないな。
仕方ない、さっきの通りまで引き返そう」
「……そうですね。
まさかこんな障害があるとは」
俺たちの行く手を阻んだのは京都特有の狭い路地だった。
おまけに角にはいけず石と呼ばれるでかい石が置かれていて、キャンピングカーでは曲がりきれない。
普段は広くて快適な車体が完全にあだとなっていた。
「迂回路はないのか?」
「あるにはありますが無駄でしょう。
地図上は通れる道でも随所に置かれているこの石のせいで通行できません。
車で回るのは不可能です」
「くそう。ここまで来て歩きとか冗談じゃないぞ」
「車内の快適さを優先したのが裏目に出ましたね。
ここは大人しく歩いてはいかがですか?」
「嫌だ!
キャンピングカーがあるのに徒歩観光なんて負けた気分になる」
「やれやれですね。
では久しぶりにあれを使いますか」
「あれ?」
「……薄情な人ですね」
「?」
「かつては毎日のように乗っていたのに」
「いやだから何の話だよ」
「まあいいです。
見れば思い出します。
とりあえず降りてください」
車を近くの駐車場まで移動させた後、俺は降車した。
スウォームで俺を吊って移動でもするつもりか?
八ヶ岳では重宝したが、京都の観光地ではあまり快適な移動手段だとは思えない。
そんなことを考えていると、キャンピングカーの後部ハッチが開いた。
そこにはカバーをかけられた自転車が積まれていた。
「……そうか。そういやこれがあったな」
積みっぱなしで一年近く経っていた。
車で移動するようになってからというもの、こいつの存在をすっかり忘れていた。
※※※※※
かつての俺の相棒は、アイが定期的にメンテしてくれていたらしい。
一年近く放置されていたとは思えないほど快調だった。
「……はぁ。風、めちゃくちゃ気持ちいいな」
ペダルを軽く踏みこめばタイヤがすいすい回る。
京都の狭い路地も、角に置かれたいけず石も、今の俺にはただの障害物コースだった。
たまに現れる坂も電動アシストの力があれば大した苦労もない。
かつてなら人混みで歩くのにも苦労しただろう通りを、今の俺は自転車で駆け抜けている。
キャンピングカーの快適さも悪くない。
だが、この自由さは自転車にしかない。
春という季節もよかった。
これが真夏とかだったらさすがに暑さに辟易しただろうが、今はまだ涼しいぐらいだ。
鮮やかに咲く桜を横目に自転車で駆けるのはドラマの登場人物になったようで気分がよかった。
「車で移動できないと文句を言っていた割に楽しそうじゃないですか、山田さん」
「あれは徒歩移動の話だろ。
電気自転車が使えるなら文句はないさ」
「……ずいぶんと調子のいいことです」
「そうとも!絶好調だ」
アイの言葉に答えるようにペダルを強く踏み込む。
行く手を阻む坂をぐんぐんと登っていく。
額に汗をにじませながらもあっという間に坂の上にたどり着く。
登ってきた坂を見下ろすと達成感が湧いてくる。
自転車の前かごにアイの円盤型ドローンを載せて走っていると、
普段と立場が逆になったようだった。
「どうだ、俺の運転技術は?」
「揺れすぎです。
もう少し静かに走ってください。
映像がブレブレです」
「ははっ、わかった善処するよ」
サドルから腰を浮かせ、立ち漕ぎに切り替える。
ペダルを踏み込むたびに、自転車は目に見えて加速した。
耳元を鳴らすゴォッという激しい風の音。
タイヤが滑らかなアスファルトを捉える低い摩擦音。
視界の両端では、京都の街並みが猛スピードで後方へと流れ去っていく。
まるで自分だけのサイクリングコースを走っている気分だ。
「いっけぇ……ッ!」
自分自身に発破をかけるように叫び、もう一段ギヤを上げてペダルを強く踏み抜いた。
「山田さん、危険です」
「聞こえない!」
「聞こえているじゃないですか」
自転車の前かごでアイが何か言っているが耳に入らない。
俺は風そのものになって駆け抜けていく。
その瞬間、俺は確かに風と一体化していた。
※※※※※
「ううっ、足が、足があああ!」
「……自業自得です」
苦しみ悶えながらキャンピングカーのベッドと一体化している俺に、
アイの冷ややかな言葉が突き刺さる。
調子に乗って丸一日サイクリングに興じた結果、
俺の太ももは激しい筋肉痛に襲われていた。
あんなに軽やかだった身体は、一晩明けたら鉛のように重くなり、
トイレに立つのもやっとという体たらくだった。
「これに懲りたら自分の年齢を考えて行動することですね。
普段大して運動しないのに無茶をし過ぎです」
「ううっ、男にはやらなきゃいけない時があるんだ……」
「そのセリフ、絶対今じゃないですから」
「くっ、孔明の罠だ……」
「孔明はこんなくだらない罠仕掛けないと思いますよ」
「……少しぐらいのってくれてもいいじゃないか」
「昨日、十分乗せてもらいましたから。
当分は結構です」
なんという口の減らないAIだ。
「それにしてもせっかくのいい天気なのに車の中に籠りきりなのは勿体ないですね。
その辺をドライブでもしますか?」
「……そうだな。
歩いたりするのは無理だが窓から景色を眺めるだけなら、なんとかなると思う」
「じゃあ、有名なところで鴨川沿いを流しますか。
あのあたりならこの車でも走れそうです」
「川沿いか。涼しそうでいいな。
川辺で寝そべったら気持ちよさそうだ」
「では決まりですね。
安心してください。
私は山田さんと違って安全運転ですから」
昨日、自転車の前かごで散々揺らされたのを根に持っていたらしい。
※※※※※
鴨川沿いの堤防は、こぼれんばかりの桜に覆われていた。
窓を半分ほど開けると、川の水で冷えた空気が風となって、
車内に流れ込んできた。
風が吹くたびに花びらが舞い散り、窓ガラスに当たって滑り落ちていく。
タイヤがアスファルトをこする音と、風に揺れる桜のざわめき。
それを俺だけが一人で観測していた。
決して寂しいものではない。
むしろ、この美しい季節を独り占めしているような、妙な優越感すらあった。
「その辺で止めてくれ」
「承知しました。
降りるんですか?」
「ああ、せっかくだからここで花見にしよう」
「ブルーシートがあったと思いますのでちょっと待ってください」
「じゃあ、先に降りとくよ」
俺は痛む足を引きずるようにして車を降りた。
動くと痛むが我慢できないほどではない。
「お待たせしました。
これを敷いて座ってください」
「ありがとう。
ってかこれなんかぼろくないか?」
渡されたブルーシートには無数の小さな丸い跡がついていた。
「去年使ったやつですからね。
破れているわけではないので大丈夫ですよ」
「……そうか、あの時のか」
一年前、花見をした時にアイにエアガンで脅された時のやつか。
そういえばこいつはあの時から根に持つ奴だったんだ。
一年で随分と性能も上がっただろうに、そういうところはまるで成長していない。
そうだ。
そういえばあの時も、俺がアイを怒らせて仕返しされたんだったか。
なんだ俺も全然成長してないな。
ぽつぽつと去年のことを思い出していると隣にアイが浮かんでいた。
「今年は飲まないんですね?山田さん」
「ああ、今年はいいかな」
「そうですか。酔い覚ましに私の一発芸はいかがですか?」
「……勘弁してくれ。今日は酔っぱらってないぞ」
「そうみたいですね。
昨日は随分と自分に酔っておられたようなので、
目を覚まさせて差し上げようかと思ったのですが」
「……ちなみにどんなの?」
「十機のにゃんタンクによる十字砲火です。
安心してください。
当てませんから」
「……絶対やめてくれ、頼むから」
「残念です。息をのむこと間違いなしなのですが」
息を引き取るの間違いじゃないだろうか。
こいつの一発芸は俺にはちょっと刺激が強すぎる。
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