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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第九章 再出発編

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第59話:独りでは終わらない作業

「水力発電所を復旧しよう」


「水力発電所ですか……」


 アイにエネルギーに余裕がないと言われた時から、考えていたことだった。


 正直、少し悔しかった。

 今までアイが何でもやってくれることに甘えていた自分に気づいたからだ。


 それに、さすがにこの先もメガソーラーだけでやっていくのは厳しいだろうという判断もあった。


 幸い、岐阜からそれほど遠くない場所には佐久間発電所がある。


 設備関係の仕事をしていたとはいえ、発電所を担当した経験があるわけではない。

 具体的な数字までは知らない。

 それでも、佐久間発電所が国内有数の水力発電所だったことくらいは覚えている。


 うまく復旧できれば状況はかなり変わるんじゃないだろうか。


「……確かに復旧できればこれまで以上に電力を得られますが、かなり大変ですよ?

 時間もコストもかかります」


「俺も作業を手伝うよ。

 人がやったほうが早い作業もあるだろ?」


「それはそうですが……いいんですか?Mプロジェクトを進めなくても。

 観光もしたいのではないですか?」


「いいんだ。Mプロジェクトは少しずつ進めていければ。

 それにお前にだけ働かせてたら気になって楽しめないからな」


 これから先も、進むたびにエネルギーが問題で足止めされるくらいなら、

 先に時間をかけて態勢を整えたほうがいい。


 今までアイに任せきりだった分、少しくらいは俺が役に立つところを見せたかった。


 そうでなければあまりにも格好はつかない。


 ※※※※※


 人類が消えてから五年間、誰にも点検されなかった設備は少しずつ異常を抱えていた。


 もっとも、堆積した埃の清掃や主要部への注油、部品の運搬といった大部分は、

 アイが操るドローンの群れや「にゃんタンク」が力業で片付けてくれている。

 もしこれらを全て人間の手だけでやっていたら、俺一人では何年あっても足りなかっただろう。


 俺の役目は、アイの指示で復旧した配電盤や系統を回り、、

 自分の目で配線の弛みがないかを確認し、テスト用の計測器を当てて最終確認をする。


 アイの作業に手戻りがないのは分かっているが、これをやらないとエンジニアとしての面目が立たない。


 アイは俺の確認方法や判断基準も記録していた。

 俺がどこを見て、何を問題なしと判断するのか。

 それもまた、アイにとっては学習すべきデータなのだろう。


 最初の頃は広い施設内を歩き回るだけでへとへとだった。

 それでも、少しずつ体は慣れていった。


 ※※※※※


 制御室は静かだった。


 誰も座らなくなった操作卓の前で、無数のモニターだけが光を放っている。

 もっとも、その光もアイが運び込んだ仮設電源によるものだ。


「最終確認を開始します」


 スピーカーから聞こえる声に、俺は思わず背筋を伸ばした。


 誰もいない制御室。


 だが、ここには確かにアイがいた。


 モニターの中に。

 送電線の先に。

 谷を埋めるドローンの群れの中に。


 そして発電所そのものの中に。


「取水口異常なし」


「水圧鉄管異常なし」


「主軸受温度正常」


「変圧器待機状態」


 淡々と読み上げられる項目。


 詳しい仕組みはわからない。


 だが、遂にこの巨大な施設が動き出すのだと思うと胸が高鳴った。


 思えばここまで来るのにかなりの時間を費やした。

 作業を始めたのは12月の半ばだったが、季節はもうすっかり春だ。


 その間、各地の変電所を直し、山中に放置されていた工作機械を修理し、

 壊れた配電盤を交換し、錆びついた端子を磨いた。


 ドローンでは届かない狭い場所で、泥まみれになりながら工具を握った。

 どれも一見すると地味な作業だ。


 だが、その一つひとつがなければ今日の日は来なかった。


「ようやくだな、なんか緊張してきたかも」


「心配しなくても大丈夫ですよ。

 さっきから言ってる通りすべて順調です」


「それはそうかもしれないけど、

 なんかこういうのって緊張するんだよ。俺は」


「確かに心拍数が上昇していますね。

 ですが体調には問題ありません。許容範囲です」


「さすがに具合が悪くなるほど緊張してないって」


 思わず笑う。


 いつもなら必要な情報だけを淡々と読み上げるアイが、

 今日は妙に確認事項が多い気がした。


 しばらくの沈黙。そして——。


「起動シーケンス開始」


 アイの声が響いた。


 遠くで重い機械音が鳴る。


 低く、ゆっくりと。眠り続けていた巨人が身じろぎするような音だった。


「……水流流入開始」


 轟音。


 次の瞬間、建物全体がズシンと揺れた。


 巨大な水の塊が水圧鉄管を駆け下り、タービンへ流れ込む。


 回転数が跳ね上がっていく。


 モニター上の数字が猛スピードで変化した。


 回転数。

 振動値。

 発電機出力。


 まだ不安定だった数字が、徐々に安定した値へと収束していく。


「定格回転数到達」


 俺にはただ数字が並んでいるだけにしか見えない。


 だが、その瞬間。

 アイの声がわずかに震えた気がした。


「発電開始!」


 その言葉と同時に。


 モニターのグラフが跳ね上がった。


 数千。一万。十万。二十万。三十万——。


 桁違いの電力が送電線へ一気に流れ込んでいく。


 今まで各地のメガソーラーから少しずつ集めてやりくりしていた電力とは比べものにならない。


 細い沢が、一瞬にして奔流の大河へ変わったかのようだった。


「成功です!」


 アイの言葉に俺はガッツポーズをした。


 アイに体があればハイタッチをしたかった。

 その代わりに、俺は拳を握りしめた。


 アイの声はいつも通り平坦だった。


 だが長い付き合いだ。


 少しだけ誇らしげに聞こえる。


「おめでとう」


 返事はすぐには返ってこなかった。


 数秒。

 いや、アイにとってはもっとかもしれない。


 いつものように即答しなかったことが妙に印象に残った。


「ありがとうございます」


 珍しく素直な返事だった。


 窓の外を見る。


 巨大なダム湖は変わらず静かだった。


 だがその静けさの下では、膨大な水が流れ続けている。


 人類がいなくなっても。


 誰にも見られなくても。


 ずっと。


「これで余裕はできたのか?」


「多少は」


「多少かよ」


「多少です。ただ、今回の復旧で水力発電所を再稼働させるための手順は確立できました。

 他の発電所も同様に進めれば、これまでより電力事情は大きく改善するはずです」


「そうか、それならよかった。

 俺も久しぶりに役に立った気がするよ」


 今が大河なら、やがては海に至るのだろう。

 そんな未来が、本当に来るのかもしれない。


「今回は助かりました。

 スウォームやにゃんタンクでは作業しにくいところもありましたからね。

 山田さんのおかげでだいぶ捗りました」


「よせよ、そんなに褒められると照れるだろ」


「いつもこれくらい協力していただけると、私も助かるのですが」


「……ははっ、善処します」


 静まり返っていた制御室に、俺の笑い声が軽やかに響いた。


「ずいぶん時間がかかってしまいましたが、これで先に進めますね。

 道路の整備も進めていたので、広島あたりまでは問題なく移動できると思います」


「広島か……その前に岡山のシェルターにも寄りたいな。

 それにせっかくだから、京都や奈良、大阪にも行きたい」


 関西を素通りするなんて勿体ない。


 それに季節は春、今はちょうど桜の見ごろのはずだ。


「そうだ、京都行こう」


 次の目的地が決まった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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