第56話:役に立たないお宝
俺の眼下には名古屋駅周辺の超高層ビル群が広がっていた。
冬の冷たく澄んだ空気のおかげで、遠くまでよく見渡せる。
「絶景かな、絶景かな。
なんか殿様にでもなった気分だな」
岐阜シェルターを出た俺はせっかくだから観光もしたいと思い、
名古屋城に来ていた。
静まりかえった城内は少し不気味だったが、
人がいないおかげで、普段なら立ち入れない場所にも入れる。
そう考えれば悪くない。
「あまり身を乗り出すと危ないですよ。山田さん」
「大丈夫だって、子供じゃないんだから」
「いや、さっき城に入る前に石垣を登ろうとしてましたよね。
普通の大人はあんなことしません」
「う……だから途中でやめただろ」
「それは私が止めたからですよね。
石垣は城の防衛機構です。
登れないように作られていると説明したから諦めたんじゃないですか」
「まあ、いいじゃないか。
過ぎたことは。
そんなことより見て見ろよ。
絶景だぞ」
「そんなに大騒ぎするほどですか?
スカイツリーの方がはるかに遠くまで見渡せたと思いますが。
もっとも、高すぎて街並みは見づらかったかもしれませんね」
確かにそうかもしれないが、そういうことじゃないんだよな。
同じ高所からの景色でも、城から見る景色と電波塔から見る景色じゃ、
雰囲気が違うんだ。
見えてるものは同じはずなんだが、
こういうところはわかりあえないのがもどかしい。
「なんだろうな。
景色だけ見ても駄目なんだよ。
寒いとか、高いとか、風が吹いてるとか。
そういうの込みで城から見てる感じになるんだ」
「景色を見るのに視覚以外が必要なんですか?
理解不能です。
味覚とか絶対使ってませんよね。山田さん」
「だから例えだよ。例え。
言葉では説明できないけど、
なんかそういう感じかなって思っただけだ」
「ますます理解不能です」
わかりあえないのは寂しいが、こうして感想を言い合えるだけでも十分だった。
以前なら、こんな景色を見てもただ綺麗だと思うだけだったかもしれない。
だが今は、隣に誰かがいて、その誰かと感想を言い合えることの方が大事な気がした。
一人で絶景だ何だと喚いたところで空々しいだけだ。
そう考えると、こうして付き合ってくれる相手がいるのはありがたい。
本人はまるで興味がなさそうだが。
まあ、感想は人それぞれだ。
喜ぶと思って連れてきた子供が興味を示さなかった時の親御さんも、こんな気持ちなのだろうか。
こんなところで、子供を連れた親のような気分を味わうことになるとは思わなかった。
※※※※※
城を出た俺たちは金シャチ横丁というところを見物することにした。
時代劇風の建物が並んだ通りだ。
当然のことながら誰もいないので閑散としている。
真昼間だが閉店後か営業時間前のようだった。
「なんというか、誰もいない観光地ってちょっと不気味だな」
シャッター商店街といい勝負かもしれない。
「食べ物屋ばかりで見て回るところもなさそうだし、どうしようか?」
本来なら食べ歩きを楽しむ場所なのだろうが、店どころか屋外の冷水器も稼働していない。
これでは食品サンプルを眺めているようなものだ。
「せっかくですからお土産物でも見てはいかがですか?
観光地ではそういうものを買うのが定番なのでしょう?」
「おお、そうだな。
せっかくだし、見ていくか」
そう言われて、初めて気づいた。
これまでさんざん観光地を回ってきたのに、土産物屋に入ったことが一度もなかった。
自分でも不思議だ。
旅をしているつもりだったが、どちらかといえば放浪に近かったのかもしれない。
あちこち見て回っていたようで、その実、探していたのは居場所だった気がする。
誰もいない世界で居場所を探すとか、なんだか壮大な話のように思えるが、
実際は誰もいないせいで自分の立ち位置を決められないでいるだけのような気がする。
だが最近は、それも少しずつ定まってきたような気がする。
以前の俺なら、旅行先で買った土産物なんて邪魔になるだけだと思っていた。
家に帰れば仕事があり、休日が終われば日常に戻る。
だから旅の記憶なんて、写真に残しておけば十分だと思っていた。
少なくとも、前ほど焦ってはいない。
土産物を見て回る気になったのも、そのせいだろう。
「山田さん、見てください!
金のしゃちほこですよ!
あんなに大きい!
お宝発見です!」
「おいおい、落ち着けよ。
子供じゃあるまいし」
土産物屋の中には天守閣に乗っていそうな巨大なしゃちほこが鎮座していた。
これが本物の金でできていたらすごいと思うが、当然そんなはずはない。
そんな俺の冷めた視線とは裏腹に、アイはすごい勢いで突撃していった。
そして、次の瞬間には信じられないほどテンションが下がっていた。
「……なんですか、この詐欺まがいの展示物は。
金メッキではありませんか。
ぬか喜びもいいところです」
妙なところで純粋な奴だ。
土産物屋に純金のしゃちほこなんて置いてあるわけがないのに。
「まあまあ、金が好きならこれはどうだ?」
棚の上に飾られていた「150万円」という札のついた金のしゃちほこを手に取った。
「……五十gですか。少なすぎです。
栃木シェルターの金塊に比べれば石ころ同然ですね。
でもせっかくだから回収していきましょう。
バックヤードも調べれば在庫があるかもしれません。
ここは要チェックですね」
なんだか宝探しに来た盗賊団の親玉みたいなことを言いだした。
人がいないのをいいことに散々好き放題してきた俺が言うのもなんだが、
あまりにも露骨すぎた。
「失礼ですね。私は必要な資源を有効活用しようとしているだけです」
「言ってることは間違ってないけど、言葉選びが完全に悪党なんだよ」
「図書館でも言いましたが、放っておいてもここで朽ちてゆくだけですよ。
……金なので朽ちたりしませんけど、今のは比喩表現です」
「そんなの俺だってわかってるよ。
理屈ではそうかもしれないが、気分の問題なんだ」
「……気分の問題と言われてしまうと反論できませんね。
ならば有難く利用させてもらうと言えば少しは気分もよくなりますか?」
「……そうだな。
それなら幾分かましだ」
少なくとも、宝物庫を荒らす盗賊団の親玉みたいなイメージは霧散した。
「山田さんも何か探したらどうです?
私はちょっとバックヤードを見てきます」
「お、おお。ほどほどにな」
「わかってますよ。
感謝の心を持って有難く拝見させてもらうだけです」
そう言い残すとアイは行ってしまった。
何とも現金な奴だ。
仕方がないので一人で何かないかとみて回るがこれというものはなかった。
なんというかほとんどが食べ物でどれもはるか昔に賞味期限が切れている物ばかりだったのだ。
調味料はギリいけるかもしれないが、お菓子は無理だろう。
キーホルダーやお守りは持って行っても置き場所に困りそうだった。
そもそも定住する家と呼べる場所はキャンピングカーかシェルターなのだ。
どちらも寝泊まりする場所ではある。
だが、自分の生活の場所という感覚はなかった。
アイに言わせれば何をいまさらという話だろうが、俺にだって内と外という感覚はある。
お土産のようなプライベートな物をその辺に置きたくはなかった。
どうしたものかと散々店内を歩き回った挙句、
レジの近くで傘のように陳列されたものを見つけた。
手に取った瞬間、不思議と手になじんだ。
滑らかで引っ掛かりのないつややかなボディ。
薄暗い店内でもわずかな光を反射し、輝いているように見えた。
「これは……いいものだ」
横にしたり、縦にしたりと持ち方を変えてみる。
なぜだかわからないが、妙に心が躍った。
気づけば俺は、それを天高く掲げていた。
そこへアイが戻ってきた。
「はあ……まさか在庫がないとは、とんだ無駄骨でした。
……山田さん、そんなものを振り上げて何をしてるんですか?」
「……もう戻って来たのか。
どうだ?この木刀!いいだろう。
なんというかそこはかとなく良い感じだ!」
「は、はあ。そうですか。
よくわかりませんが、気に入ったんですね」
「おうよ!旅の相棒にふさわしいマイフェイバリットウェポンだ!」
「そんなもので何と戦おうというのか……。
まあ元気そうで何よりです」
なんかアイがまた的外れなことを言っているが、俺は気にしない。
アイが金を見れば湧き立つように、俺も木刀を持てばはしゃいでしまう。
それだけのことだ。
こんなものよりも杖の方がまだ役立つだろうことはわかっているが、
俺は木刀を持っていくことにした。
かつての修学旅行では邪魔になるだけだと切り捨てた思い出の品。
昔は役に立たないものに金を払う余裕なんてなかった。
旅行の荷物になるだけの木刀を買う意味なんてないと思っていた。
でも今は違う。
俺は今更ながらにそれを手に入れた。
「ちなみにそれ、キャンピングカーのどこに置くつもりですか?」
「……傘立てにでも差しとくか」
「いいものだと言っていた割に、扱いが雑すぎません?」
「いいんだよ。マンガでも木刀は傘立てで保管してたんだ。
それが木刀の流儀って奴だ」
「……理解不能です」
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