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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第九章 再出発編

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第55話:読めないお宝

 結論から言うと、シェルターに燃料はあった。


 だが、燃料なんてどうでもよくなるほどすごいものが地下にはあった。


 いや、燃料はどうでもよくないのだが、それぐらいすごいものということだ。


 目の前の光景が理解できなかった。


 棚だ。


 棚、棚、棚。


 そして、その無数の本棚を収める空間自体も異様だった。


 神殿に迷い込んだかと思うような豪奢な装飾が施されている。


 図書室どころではない。


 これは図書館だ。


 それも、俺の知る図書館とは規模が違う。


 本棚は遥か奥まで続き、どこまで行っても終わりが見えない。


 俺も八ヶ岳の客間を一つマンガ部屋にしたことがあるが、そんなレベルではない。


 これではシェルターの方がおまけと言っていいレベルだ。


 普通なら居住空間を優先するはずだ。


 なのに、このシェルターは本を保管する空間の方が主役になっている。


 食料や水、発電設備より先に、本を残そうとした人間がいた。


 発想が斜め上を突き抜けている。


 いったい、どんな発想をしたら地下シェルターの中にこんなものを作ろうと思うんだ。


 エンジニアの自分にはたどり着けない境地かもしれない。


 どこまで行っても俺は合理性や理屈が先行してしまう。


 主従が逆転するような設計思想を見せられては、完敗というほかなかった。


「……すごい量の本だな。

 ファンタジー作品に出てくる図書館みたいだ。

 あんな高いところの本、どうやって取るんだよ」


「倉庫に移動式の踏み台がありましたよ。

 高所の本を確認したいのであれば、持ってきてもらえると助かります。

 その間に私はここの管理システムを確認しておきます」


「……いいよ。別に。ちょっと気になっただけだから」


「……そうですか。

 せっかくなので面白そうな本がないか見て回ったらどうですか?

 山田さんの好きな漫画もありそうですよ」


「そうだな。

 ちょっと見てみるか。


 そう言われるとなんかちょっとネカフェに見えてきた。

 ここならレアな漫画もそろってそうだな。

 探してみるか」


「……ごゆっくりどうぞ」


 アイは図書館のPCが気になるみたいで、有線接続して何やら調べている。


 アイがここのシステムで本の場所を把握してくれたら、俺のマンガ探しも捗るな。


 とはいえ、本棚の間を練り歩いて面白そうな本を探すのも悪くない。


 予期せぬ発見というのはいいものだ。


 真っすぐ奥に向かって歩くが、なかなか壁が近づかない。


 本棚で作られた迷路を進んでいるような錯覚に陥ってくる。


 右を向いても左を向いても本棚だ。


 本の種類は違うはずなのに、景色はどこも同じだった。


 だんだん自分がどこにいるのかわからなくなってくる。


 来た方向はわかっているので戻ることは出来るが、これでは目当ての本を見つけても後で取りに行くことは難しそうだ。


 面白そうな本は山ほどある。

 これだけの本があれば、何日でも時間を潰せそうだった。

 だが、これでは目当ての本を探す前に、俺の方が遭難しそうだ。


 散々歩き回った後でそう思いなおした俺は、アイのところに戻った。


「……おや、手ぶらですか?

 めぼしい本はありませんでしたか?」


「いや、なんか広すぎて迷子になりそうでさ。

 PCで探したほうが早いかなと思って」


「……そうですか。


 では山田さんが好きそうな本の場所まで案内しましょう。

 こちらの確認も終わりましたので」


「おお、さすが仕事が早いな。

 頼むよ」


 そう言ってアイは、先程俺が目をつけていたあたりにすぐ案内してくれた。


 やはりアイに任せておけば問題ない。


 そういえば何か用事があった気がする。


 ……まあいいか。


 大事なことなら、そのうち思い出すだろう。


 今は読書タイムだ。


 ※※※※※


「図書館というより文明の保管庫だな……」


 迷路のような棚の通路を歩き回り、俺はとんでもないお宝を見つけた。


「まさか、ここでこんな激レアアイテムに出会えるとは……」


 そう、俺が見つけたのは週刊少年漫画が収められた棚だった。


 図書館の一角が、すべて週刊少年漫画で埋まっていた。


 全部で何千冊もあるだろう。


 自分が生まれるより前に発行されたものまである。


 どれも折り目がついておらず、開かれた形跡もない。


 すべてがオークションに出したらいくらになるか想像もつかない超美品だ。


「山田さん、読まないんですか?」


「馬鹿野郎! そんな軽々に手にできるか!

 これは文化遺産といってもいい代物だぞ!

 ネカフェに置いてある表紙がよれよれになったやつと一緒にするな!」


「過去に発行された雑誌なら、単行本が出てるんじゃないですか?

 読みたければ、そっちを読めばいいのでは?」


「馬鹿野郎!雑誌と単行本じゃ読み味が違うんだよ!


 見ろ!印刷されてる紙だって真っ白じゃなくて少し色がついてるだろ。


 これがまた当時の記憶をよみがえらせるスパイスになるんだ!」


「……読みたいのか、読みたくないのかどっちなんですか」


「……読みたいけど開きたくない。


 くそう、なんで保管用と読む用がないんだ。


 コレクターならそれぐらい用意しとけよ!」


「……趣味で集めたわけじゃないと思いますけどね」


「ああ、俺がここの責任者だったら、読む用と保管用と陳列用で三冊ずつは揃えたのに……」


「そんなに言うなら、山田さんはご自宅に保管してたんですか?」


「するわけないだろ!毎月廃品回収に出してたさ。


 毎週発売されるのに、コレクションするスペースなんてあるわけないだろ!」


「答え出てるじゃないですか」


「うっ……」


「目録によれば十万冊はあります。


 三冊ずつ保存したら三十万冊ですよ。


 いくらなんでも、それは無理というものです」


 ぐうの音も出なかった。


「希少な本を汚したくない気持ちはわかりますが、読まれない本に意味はないと思いますよ。

 傷つけたくないなら、開きすぎないように気を付けて読んではいかがですか?」


 アイの言うとおりだ。


 俺が読まなければ、この本たちを読む者はいない。


 この先も誰にも読まれず、棚の中で朽ちてゆくだけだ。


 俺は棚に飾られたマンガを一冊手に取った。


 背表紙に折り目がつかないよう、慎重に開く。


 読んだことのあるマンガだった。


 長期連載作品の初期の頃の号だ。


 最新巻とはキャラの絵が随分と違う。


 当時はここまで続くとは思っていなかった。


 自分が大人になる前に終わると思っていた。


 大人になってずいぶん経つが、今でも終わっていないのだから、想定外にもほどがある。


 そして、もう完結することもない。


 作者も読者もいなくなってしまったのだから。


 そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。


「気になるなら、スキャンしてデータ化しておきましょうか?


 それなら気兼ねなく読めるのではないですか?」


「いや、いいよ。

 そういうんじゃないんだ。


 マンガ自体が読みたいわけじゃなくてさ。

 なんというか……記憶とか、思い出とか、そういうものを呼び起こすきっかけなんだよ、これは。


 だから、読みたくなったら、ここに来て読むよ。

 次はいつになるかわからないけどな」


「……そういうものですか。

 難しいですね」


 俺は持っていたマンガを棚に戻した。


 あらためて周囲の棚を見渡す。


 おそらく、ここにあるすべての本を読むことはできない。


 どれだけ時間があったとしても無理だ。


 ましてや、俺はここで一生を過ごすつもりなんてない。


 もしかしたら、もう二度とここに来ることもないかもしれない。


 そう思うとなかなか離れられなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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