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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第九章 再出発編

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第57話:行き当たりばったりにもほどがある

「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」


 木刀を振り上げては下ろす。


 土産物屋で木刀を手に入れてからというもの、

 俺は朝活として素振りをするようになった。


 剣道なんて習ったこともないので、適当に振ってるだけだが、

 十分も振っていれば汗がにじんでくる。


 冬の冷たい空気の中、体を動かすのは単純に気持ちよかった。

 汗をかいても寒さですぐ乾くのも都合がいい。

 車移動が続いてなまっていた身体が、少しは引き締まってきた気がする。


「ふー、いい汗かいた」


 手が痛くなってきたところで素振りをやめてキャンピングカーに戻るとアイが声をかけてきた。


「ちゃんと汗をふかないと風邪をひきますよ。山田さん」


「いいよ、歩いてるうちに乾くから。

 ちょっと散歩してくる」


 いつものアイの小言に返事を返しながら外に出る。

 円盤型ドローンは別行動中なので、今日はアイは同行していない。


 外に出た俺は名古屋城の堀を眺めながら周囲を散歩する。

 これが最近の俺の朝のルーチンになっている。


 そう、俺はここのところ名古屋城周辺を拠点として生活しているのだ。


 最初に見て回った時はあまり見るものがないなという印象だったのだが、

 気が付けばもう一週間も居付いてしまっている。


 アイはアイで俺が長居しそうだとわかると核融合施設の復旧に注力しだした。


 最近ようやく核融合施設の復旧が終わったらしい。


 おかげで電力にも余裕ができたとかで、アイは大喜びだった。


 昨日は三十分ぐらい延々と発電効率の話を聞かされた。


 正直、一割も理解できなかった。


 それから、なんとかいう凄いスパコンに接続できたらしく、

「演算能力が数十倍になりました!」

 と興奮気味に語っていたが、正直よくわからない。


 核融合に超電導、おまけにスパコン。

 どんどん存在がSFじみてくる。

 そのうち自分のことを新世界の神だとか言い出さないか心配になってくる。


 まあ、それならそれで俺は構わない。

 今後もそのSFパワーで俺の旅を快適にしてほしいものである。


 実際、これから先はアイの力を借りる場面が増えるだろう。


 この先も西に進むにつれ電気が使えない場所だったり、

 燃料の補給が難しい場面も増えてくることだろう。


 そんな時に頼りになるのは結局アイなのだ。


 俺もポリタンクで燃料を運ぶくらいのことはするが、

 それ以上は難しい。


 なにより、まだ大阪にも至っていない。


 九州なんてずっと先だ。


 国内ですらこれなのだから、国外に出れば補給はさらに難しくなるだろう。


 安直に最短経路だからという理由だけで北海道を目指していたころの俺は何を考えていたのか。


 いや、何も考えていなかったからああなったのだろう。


 ルート変更は大英断だったかもしれない。


 新米にこだわっていなければ、今頃は気温がマイナスの世界で凍えていたかもしれない。


 自分の食い意地に感謝だ。


 アイなら危なくなる前に手を打っただろうが、

 痛い目を見ることになった可能性も否めない。


「なんか腹減って来たな……」


 名古屋城の周辺には観光地らしく食べ歩きできる店がたくさんあった。


 だが、当然営業しているはずもない。


 そのくせ看板やポスターだけは元気いっぱいだ。


 味噌カツ。


 手羽先。


 エビフライ。


 どいつもこいつも今すぐ食えと言わんばかりにこちらを誘惑してくる。


 実物はどこにもないのだから質が悪い。


「待てよ……味噌なら食べられる奴が残ってるんじゃないか?」


 肉や魚介は無理でも調味料、特に味噌のような発酵食品なら、

 駄目になっていない可能性がある。


 詳しくはないが、この辺は味噌で有名だったような気がする。

 味の方も期待できるに違いない。


 そう思い立った俺は足早にキャンピングカーに戻り、

 アイに近くの味噌工場まで連れていくよう頼んだ。


「そういうわけだから、ちょっと近くの味噌工場まで頼むわ」


「山田さん、私はタクシーの運転手じゃないんですが……」


「固いこと言うなって。

 食料の補給も大事だろ?

 いつも同じ保存食ばかりじゃ飽きちまう」


「どうせまた何かを見て思いついただけでしょ?

 今まで味噌なんて気にもしていなかったのに」


「まあ、そういわずに頼むよ。

 お前だってまだ核融合研究所の方を調べたいんだろ?」


「それはそうですけど……。

 その辺のスーパーとかじゃダメなんですか?

 わざわざ工場まで行く意味が分かりません」


「馬鹿野郎!せっかく味噌の本場、名古屋にいるんだぞ。

 その辺のスーパーを漁ってどうする。

 俺はなんかすごい味噌が食べたいんだよ!」


 スーパーにあるようなのは日本中どこでも手に入るような見慣れたやつだろう。

 それでは面白くない。


 どうせなら名古屋まで来たんだ。

 普段食べないような、なんかすごい味噌が食べたい。


 それに工場なら、出荷前の未開封品が大量に残っている可能性もある。


「仕方ない人ですね。ほんとに。

 がっかりしても知りませんよ。

 味噌なんてどれも同じでしょうに……」


 こうして俺はアイを説得し、味噌工場に向かった。


 正直、味噌の良し悪しなどわからないのだが、関係ない。


 せっかく観光地に来たのだから、なんかご当地グルメっぽいものが食べたいだけなのだ。


 ※※※※※


 車に揺られて一時間ほどで目的地に着いた。


「思ったより遠かったな、どこだここ?」


「岡崎市ですよ。

 愛知の八丁味噌といえば岡崎ですから」


 味噌工場に行きたいと言ったら、円盤型ドローンもついてきた。

 遠出になるなら同行すると言われた時は少し意外だったが、来てみれば納得だ。


 まさか味噌を探しに来ただけで、岡崎まで来ることになるとは思わなかった。


「……名古屋市じゃないのか」


「名古屋にもなくはないですが、

 こちらの方が有名です。

 勉強になりましたね。山田さん」


「……そうだな。

 まあ、どこでもいい。

 早速見て回ろう」


 工場の敷地に足を踏み入れる。


 駐車場には何台か車が止まっていたが、やはり人の気配はない。

 錆が浮いた車体が時間の経過を物語っていた。


 そのまま案内板に従って味噌蔵へ向かう。

 古びた木造の建物は遠目にも存在感があった。


 蔵の扉を開けた瞬間、濃厚な発酵食品の香りが鼻を突いた。


「……かなり匂いが強いな。

 でも嫌な匂いじゃない。

 腹が減ってくる匂いだ」


 味噌だとは思うのだが、普段嗅ぎなれているものよりずっと強い。


 蔵には巨大な杉の木桶がずらりと並んでおり、圧倒的な存在感を放っていた。

 桶の上には石が小山のように積まれている。

 不思議なほど静かだった。

 まるで昨日まで人が働いていたかのようだった。


「でかい桶だな。

 これ一つあれば俺の一生分の味噌汁を作れそうだ。

 それがこんなにたくさん……」


「資料によると約六トンの味噌が入っているそうです。

 山田さんの人生十回分の味噌汁を作っても余りますね」


「……そんなに飲めねえよ。

 高血圧で死にそうだ」


 これだけあれば一生分の味噌には困らない。


 とはいえ、味噌だって永遠に保存できるわけじゃない。

 さすがに俺一人では食べ切る前に駄目になるだろう。


 味噌に限った話ではないが、なんとももったいない話だ。


 本当にいまさらだが、こうして食べきれない量の食品を目の前にすると、不思議な感覚になる。


 足りないわけじゃない。

 むしろ余っている。


 なのに、それを使う人間がいない。


「なあ、この味噌どうにか保存できないかな。

 当分は大丈夫だろうけど、このままだと駄目になっちまうだろ??」


「そうですね、極低温の冷凍倉庫があれば数十年単位で保存できます」


「おお、じゃあ、頼むよ。

 どっかの冷凍倉庫を復旧させればいいんだろ?」


「簡単ではありません。設備だけではなく、維持する電力、人員の代わりになる機械も必要です。

 今は九州までの道路整備や電力供給網の復旧に手を取られているんです。

 そちらにリソースを回すとなると、旅程がだいぶ後ろにずれ込んでくると思いますけど、

 それでもやりますか?

 なくなりそうになってから新しく作ったほうがコストは低いと思いますよ?」


「……まあ、そうなんだけどな。

 でも、目の前にあるのに捨てるっていうのが気持ち悪いんだ」


 気づかなければよかったとも思うが、気づいてしまったのだから仕方がない。

 俺にできるのは、たまたま見つけたものを「もったいない」と思って拾い上げることぐらいだ。

 その対応だってアイ任せなのだから情けない話である。


 ここから少し離れたところには別の蔵がある。


 そこにも同じように味噌が眠っているのだろう。


 愛知県だけでも、まだいくつもあるはずだ。


 味噌以外はどうだ?


 米、缶詰、薬、工場の部品……。


 考え始めればきりがない。


 合理的に考えるなら、ある程度の量を確保したら残りは諦める。

 必要になったら新しく作る。

 それが一番効率的なのだろう。


 それぐらいは俺にも分かる。


「山田さんがそうおっしゃるなら私は構いませんよ。

 ただ優先順位はつけていただきたいです。

 スウォームもにゃんタンクも生産してはいますが、手が足りません。

 全てを並行で進めるのは無理があります」


「……。」


 耳が痛い言葉だ。


 無茶振りばかりしてくる社長に対して、自分が口にしたようなセリフをアイから聞くことになるとは。


「……そうだな。

 言われてみればその通りだ。

 ちょっと作業を振り過ぎたな。

 少し計画を練り直そう」


「承知しました。

 私も研究所の調査にかかりきりで、全体の状況共有が不足していました。

 ここで一度整理しましょう」


 大事なことは、会社員時代と変わらない。


 情報共有をして、作業の優先順位を決める。

 必要なものに人手や時間を割り振る。


 ただ一つ違うのは、今は自分で決めているということだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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