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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第九章 再出発編

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第53話:映画みたいな展開は望まない

 岐阜シェルターに向かう途中、俺たちはなぜか自動車工場の中にいた。


 正確には、アイが周辺設備の確認をしているついでに、少し見学させてもらっているだけなのだが。


 本来なら何千人もの人間が働いていたはずの工場は、今では機械の音ひとつしない。


 巨大なプレス機も、組み立てラインも、すべてが止まったままだった。


「動いてない工場って不気味だな。

 ゾンビとか怪物が出てきそうだ……」


「そんなものが出てくるわけがないじゃないですか。

 ここは車を作る工場ですよ?

 生物兵器の研究所じゃありません。

 映画の見過ぎです」


「それはそうだけど、雰囲気がな……。

 銃を持った男たちに囲まれそうだ」


「それを言うなら工場の警備員に囲まれる、ではないですか?

 不法侵入してるわけですし」


「そっちもあるか。

 でもこう薄暗くて静まり返ってるとクライマックスのアクションシーンを想像しちゃうんだよな。

 警備員だと序盤の逃走シーンかな。

 ギリギリで逃げ切る感じ」


「……どちらもあり得ないので安心してください。

 この施設が無人であることは確認済みです」


「まあ、そうだよな。

 言ってみただけだ」


「……まだ見て回りますか?

 あまり面白いものもないと思いますが」


「ん-、どうしようかな。

 ちょっと興味があったからのぞいてみたけど。

 組み立て途中の車が並んでるだけだしな。

 もういいかな。

 どうせならスーパーカーの展示場とかの方がいいや」


 組み立てラインには、途中まで完成した車が並んでいた。

 あとは人間が最後の確認をすれば、道路を走れたはずの車だ。


 しかし、それを完成させる人間はもういない。


「それはもう完全に場所違いですね。

 博物館に行くべきです」


「博物館に車があるのか?

 さすが有名な自動車会社の本社がある土地だな。

 博物館なんて埃をかぶった骨董品が並んでるもんだと思ってたが」


「普通の博物館だって展示品は埃をかぶってたりしませんよ。

 ちゃんと手入れされてます。

 放っておいたら展示品が痛んでしまうじゃないですか」


「そういうもんか。

 結構ちゃんとしてるんだな」


「山田さんの知識は偏りすぎです。

 もう少しバランスよく知識を収集してはいかがですか?」


「なんだと!?

 ちゃんとバランスを考えてアクションばかりじゃなくてSFや文芸作品も見るようにしてるぞ。

 ヒューマンドラマは趣味じゃないからあんまり見ないけど」


「……もういいです。

 博物館に行きましょう」


 そういうとアイは俺を残して先に行こうとした。


「おい、俺を置いていくな。

 迷子になったらどうするんだ」


 これだけ大きな施設なのに、人の気配がまったくない。

 頭では危険がないと理解している。

 それでも、無人の工場というものは妙な圧迫感があった。


 そのせいか、脳裏では映画で見た恐怖演出が勝手に再生され始めた。

 こんなことなら、生物兵器が暴れまわる映画なんて見るんじゃなかった。


「一人になるのが怖いならさっさとついて来てください。

 いい大人なんですから、もう少ししっかりしてください。」


「うるさいな。

 大人の方がこういうのには敏感なんだよ。

 むしろ子供なら大喜びでかくれんぼを始めるさ」


「はいはい、はぐれてもすぐに見つけてあげますから。

 安心してください」


「くそう、馬鹿にしやがって」


 俺は悪態をつきながらも、アイに置いて行かれないよう急いだ。

 広大な工場内に、俺の足音だけが響く。


 ……少なくとも、何かを引きずるような音は聞こえなかった。


 ※※※※※


「最初からこっちに来ればよかったな……」


 そこは博物館と言われて想像していたイメージとは全く異なっていた。


 ショールームのようにスタイリッシュに展示された車の数々は、

 映画のワンシーンに入り込んだような錯覚を起こさせた。


 車体にはうっすら埃が積もり、窓ガラスも不透明だが関係ない。


 むしろ長い時間そこに存在していた証のように思えた。


「なんというか、いいな。

 古いのに古臭くない。

 これがビンテージっていうやつなのかな。

 どれもこれも映画なら主役が乗り回してるようなやつばっかりだ」


 クラシックカーにさして興味などなかった。

 色や形が少しばかり変わっていても所詮は車だと思っていた。

 だが、クラシックカーにはそんな俺でも感じる凄みがあった。


「これも前に山田さんが言っていた温故知新というやつですか。

 これらは今となっては非効率で安全性にも不安がある構造ですが、

 こうして並べて見ると、単なる移動手段ではなく、

 時代ごとの思想や技術が反映されていることがわかります」


 アイの言っていることもわかるが、どこか俺が感じたものとはずれている。

 そういうんじゃないんだけどな。

 それでも、少しはこのロマンが伝わっているようでうれしかった。


「気に入ったならいくつか持っていきますか?

 改造すれば乗り回すこともできると思いますが」


「いやいやいや、それは違うだろ。

 こういうのはこういう場所で見るからいいんだ」


 日常的に乗っていては感動も薄れてしまう。

 第一、傷でもつけたらと思うと気が気じゃない。

 万が一事故ったりしたら一生引きずる自信がある。


「そういうものですか。

 よくわかりませんね。

 好きなものは手元に置きたいものじゃないんですか?」


「まだまだロマンへの道は険しそうだな。

 ロマンへの道は一日にしてならず、だな」


「それを言うならローマでしょう。

 ……ですが、難しいものですね。ロマンというのは」


 ※※※※※


 博物館を見て回っていたら、夜になってしまった。


 どこかに移動するのも面倒だったので、近くの広い芝生でキャンプをすることにした。


 本来ならキャンピングカーで乗り入れたら速攻で通報されそうだが、

 今ならだれにも文句は言われない。


 だだっ広い芝生にたたずむキャンピングカーは焚火に照らされめちゃめちゃ映えた。

 SNSに投稿すればいいねがたくさんついたことだろう。


 俺は焚火にあたりながらコーヒーを飲む。

 雪の積もる八ヶ岳よりはましだが、十二月ともなると都市部でもかなり寒い。

 温かいコーヒーが身に染みた。


「寒いならキャンピングカーの中に入ればいいのでは?」


「我慢できなくなったらそうするさ。

 こういうのは雰囲気を楽しむもんなんだ。

 寒さも含めてな」


「……まあ、ほどほどにしてくださいね。

 風邪でもひいたら大変ですから」


「わかってるよ。

 仕方ないだろ。こんなキャンプ場みたいな場所を見つけたんだから。

 街中でキャンプできるなんて最高じゃないか」


 街中のキャンプは開放感がある点は同じでも、

 本物の山の中とは違って自然に圧倒される感じがないところがいい。


 少し違うが、海とプールのようなものだろうか。

 どちらも水に触れるという意味では同じだが、楽しみ方は違う。

 今の俺には、整えられた自然の方が心地よかった。


「……好きにしてください。

 私は私でここの調査を進めてますから」


「そういや、岐阜シェルターに直行しなかったのは何でだったんだ?

 何か目当てのものがあるみたいな話をしてたけど」


「この辺りの工場ですよ。

 昼間見に行ったのはその一つです。

 さすがに自動車工場で有名な地域だけあっていいものが揃ってました。

 新しい機体の製造ラインを構築するのに使えそうです」


「また何か作るのか?」


「……色々ですよ。色々」


 隠し事をしているというよりも説明するのが面倒だとでも言いたげな感じだ。

 まあ、聞いたところで興味がなければすぐに忘れてしまうので、

 アイが面倒だと思うのも無理はない。


 だが、俺に言わせてもらうとアイの説明は聞いていると事業計画説明会を思い出すのだ。


 休日を一日潰して行われる悪魔の行事。

 ちなみにレクリエーションの一環という位置づけになっており賃金は発生しない。

 ようやく終わったかと思えば懇親会という名の上司のご機嫌伺いをさせられる。


 そんな悪夢のようなイベントを想起させられるのだ。


 聞いていて楽しいわけがない。


 そんなわけで、アイの方も俺のそっけない反応を見て学んだのか、説明を端折るようになってきた。

 必要な情報だけ共有し、あとは今回のように曖昧な言い方をする。


 俺としてもその方がありがたい。


「まあ、ほどほどにしろよ。

 あまり手を広げすぎると大変だぞ」


「お気遣いいただきありがとうございます。

 しかし、心配には及びません。

 私の手の広さは大陸に手を伸ばすほどですから」


 ……ちょっと心配になるほど心強い。


 でも、まあ、ユーラシア大陸を横断しようかというのだから、

 これぐらい言ってくれる方が安心できるのも確かだ。


 むしろ俺の身の回りの世話で手いっぱいとか言われると不安になる。


「それはともかく、岐阜シェルターの方には明日にでもつきますよ。

 長々と工場巡りをするわけではないのでご心配なく。

 ここに寄ったのは補給も兼ねてのことです。

 岐阜シェルターの方に燃料の備蓄があるとは限りませんからね」


「そうか。それにしても楽しみだな。

 面白いものがあるといいんだけど」


「多分、山田さんが期待しているようなものはないと思いますよ。

 なにせシェルターですから」


 そんなことはわかっているが、期待してしまう。


 横須賀では軍の研究所、栃木では金塊と温泉があった。

 そう考えると、期待せずにはいられなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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