第52話:二度目の冬は引きこもらない
十二月の八ヶ岳は、うっすらと雪に覆われ、冬の訪れを感じさせる景色になっていた。
ようやく体形が春先の頃に戻った俺は徒歩移動を免除され、
キャンピングカーで移動できるようになったのだった。
車で移動できるようになれば早いもので、
栃木シェルターを出てから二日ほどで八ヶ岳に着いた。
これまでの苦労は何だったんだと言いたくなる早さだった。
とはいえ、八ヶ岳のシェルターは車が入れるような場所にはないので、
車を降りてから優に一時間は歩くことになる。
こんな世の中になってもラストマイル問題は解決していないのかと、
愚痴りたくもなるが、ここまでは楽をさせてもらったのだから最後ぐらい歩くべきだろう。
アイに頼めばスウォームで運んでくれるかもしれないが、
あまり頼りすぎるのもよくない。
仙台からの帰り道で、行きとは見違えるように走りやすくなった道路を見てきた。
本当に俺の知らないところで復旧作業を続けていたのだと思うと、
さすがに自分も何かしなければという気になる。
張り合うつもりはないし、勝てる気もしないが、
何もしないでいるのは少々すわりが悪い。
バーベキューで一人だけ役割がなくて、グリルの火を眺め続けるようなものだ。
そんなことを考えながら歩き続け、ようやくたどり着いた八ヶ岳シェルターだが、
思いのほか感動しなかった。
「んー、なんかやっと帰って来たって感じがしないな。
ぜんぜん、懐かしくないというか。
連休明けに出社した時みたいな感じというか……なんでだろう」
八ヶ岳を出発して実に半年が経過している。
にも関わらず、俺の心には古巣に帰って来たという安堵はなかった。
むしろ、またシェルター生活かぁ、という若干うんざりした思いが漂っていた。
「見た目は栃木シェルターと同じですからね。
無理もないと思いますよ。
栃木を出てから二日しか経ってないですし」
「そういわれて見ればそうか。
内装が一緒だもんな。
むしろ温泉がない分、不便だな。
車も入ってこれない山の上だし」
「設備面で負けていることは否めませんね。
でも我々の旅の始まりの地ではあるのですから、
ロマンがあるのではないですか?」
「お、お前も言うようになったな。
そうだな、ロマンはあるかもな。
でも今はロマンより温泉かな。
ここまで登ってくるだけで身体が冷え切っちまった」
「……ロマンがあってもダメなんですね。
人の心というのは難しいです」
アイも少しはわかるようになってきたようだが、まだまだだな。
ロマンを理解するには時間がかかりそうだ。
まあ、今回の場合は単純に俺のわがままなんだが。
それは言わぬが花だ。
※※※※※
「それで、これからどうします?
また春まで冬ごもりしますか?」
風呂に入り人心地着いたところ、アイが今後の方針について尋ねてきた。
まあ、聞かれるだろうなとは思っていた。
大崎からは、とりあえず八ヶ岳に戻ることだけを考えて進んできたわけだが、
たどり着いた以上は、次の目的地を決めなくてはならない。
もしくは、当面の目標を。
「それなんだが、九州から韓国に渡るとして、船がいるだろ?
だからお前が船を手配してくれてる間に、
まだ行ってないシェルターをまわろうと思ってる」
岐阜と岡山。
都合のいいことに九州までの道中にある。
「ようやく戻ってきてなんなんだけど、
またここに何ヶ月も逗留するのはしんどすぎる。
正直、あまり長居したくない」
薄情かもしれないが、偽らざる本心だった。
一日や二日ならともかく、何日も引きこもりたい場所ではない。
かつて三年もここで過ごしたのが信じられないぐらいだ。
その後、外に出られるようになっても、
外が寒いという理由で一冬ほとんど引きこもっていた。
とんでもない引きこもりだ。
どう考えても常軌を逸している。
今思えば、あまり健全な精神状態ではなかった気がする。
それがこの半年の旅を経て快癒に向かったことで、
今度はシェルター生活に対し拒否反応のようなものが出ている気がする。
五月病か六月病みたいなものだろうか。
ただなんとなく、自分の居場所はここじゃない。
そんな気がしていた。
「承知しました。
では明日にでも出発しますか。
雪が積もると大変です」
「そうだな。
どうせ岐阜と岡山も同じような見た目だろうから、
ゴロゴロするならあっちでしても同じだしな。
それに、もしかしたら向こうにはなんかすごい設備があるかもしれないし。
温水プールとかあるかな?」
「ないと思います。
どう考えても水の無駄遣いです。
シェルターは緊急避難施設ですよ? 娯楽施設ではありません」
「いや、まあ、そりゃ、そうなんだけど……。
期待したっていいじゃないか」
ちょっと言ってみただけなのに冷たい。
少しはロマンがわかるようになってきたかと思ったのに、
冗談も通じないとは。
シェルターに温水プールをつけるのがロマンかどうかについては、
異論がある人もいるだろうが、俺にはない。
その方が楽しいからだ。
「ところで船の方はどうにかなるのか?
頼んでおいてなんだけど、あてはあるのか?」
「福岡の造船所に残っている船体を利用します。
使えそうな船を探して、私が操縦できるように改造します。
係留されてた船は放置され過ぎて使える状態じゃないですからね。
よかったですね。新品の船で航海できますよ」
「おお、それは嬉しいな。
かび臭い船で寝泊まりするのは御免だからな。
ホテルみたいに豪華に仕上げてくれ」
「承知しました。
今使ってるキャンピングカーを参考に内部を整えます。
ユーラシア大陸を横断するなら、あまり活躍の機会はないかもしれませんが」
「そうか。……いや、待てよ。
よく考えたら船を使えるなら、太平洋を横断すればよくないか?
その方がずっと早いだろ。
南米まで一直線だ」
なんとなく飛行機は安全面が不安なので却下していたが、船は別だ。
ただ使える船がないという理由と航続距離の問題で、陸路を選んだだけだ。
今のアイなら昔のいかだもどきの移動拠点ではなく、
豪華客船みたいなのを用意できるんじゃないだろうか?
この半年の旅でアイの能力は飛躍的に向上している。
情報処理能力もだが、手足として動く多様なロボットを手に入れたのが大きい。
八ヶ岳に戻る道中でちらっと覗いた横須賀の工場では、
尻尾がいくつにも分かれたにゃんタンクが、
同じタイプのにゃんタンクを組み上げていた。
自己増殖を続けるロボット軍団に、少し恐怖を覚えてしまった。
そんなアイの技術力を使えば、
太平洋を渡れる船を用意することだって不可能ではない気がした。
「長期の航海が可能な船舶となると、飛行機と大差ないレベルの開発期間が必要ですね。
それに海上には避難できる場所がありません。
嵐が来て船が故障したら終わりですよ?
私なら機体を失ったで済みますけど、山田さんにはバックアップありませんよね?」
「俺の命をデータ扱いするな!
……でも、そうか。
あまり船に乗ったことがないからぴんと来ないけど、
船旅って大変なんだな」
「そりゃあ、そうですよ。
昔は外海に出るのは命がけでしたからね。
一説によると保険の起源も船を使った貿易らしいですよ」
「なるほど、それだけリスクの高い行為だったわけか。
老後の楽しみに世界一周豪華客船の旅、とか宣伝してるから優雅なものだと思ってたけどな」
「かつてならともかく、今はとても優雅な旅とはいきませんね。
命を懸けたギャンブルです。
まあ、数年もかければ比較的安全に航行できる体制を構築できると思いますが、
今すぐはさすがに無理ですね。
時間が足りません」
アイがここまで言うなら、本当にそれだけ危険なのだろう。
俺には想像することしかできないが、
アイの中ではリスクが数値化されているのだろう。
まあ、早く行けるかもしれないと思っただけで、
別に船旅そのものがしたいわけではない。
アイが無理だと言うなら、素直に従っておくべきだろう。
よく考えれば、船の上でやることもなく海を眺め続けるのは、
船に閉じ込められるようなものだ。
数週間も海しか見えない生活なんて耐えられる気がしない。
テーマパークぐらい設置してくれないと、時間を持て余してしまいそうだ。
「太平洋横断は当分お預けだな。
老後の楽しみに取っておくとしよう。
じゃあ韓国行きの船はいつ頃できるんだ?」
「岐阜と岡山を見て回って、九州に着く頃には完成していると思いますよ。
山田さんが寄り道しなければですが」
「それなら大丈夫だな。
せっかく関西を通るのに大阪を素通りするなんてありえない。
京都も見たいしな」
「……訂正します。
それなら確実に間に合います」
なんだか修学旅行のようでワクワクしてきた。
決して社員旅行ではない。
あれはそんないいものではないからだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。




