第51話:違いの分かる男
「くーっ、疲れた体に温泉が浸みるぜ。
身体がとろけそうだ」
ぶくぶくぶく……
アイのスパルタ指導に耐え忍ぶこと一ヶ月。
すっかり秋も深まり、肌寒くなってきた頃、
俺はようやく栃木シェルターにたどり着いた。
「山田さん、あまり長湯するとのぼせますよ」
「……わかってるよ。
だから次はサウナだ。
その後は水風呂に入って最後は電気風呂かな。
いやー、やっぱ風呂はいいな。
お前のキャンピングカーはすごいけど、風呂がないのが難点だな」
「どこの世界に車に風呂を取り付ける人がいるんですか。
車は風呂がある場所まで移動するための道具です」
「固い奴だな。
もっと柔軟な発想を持たないと。
風呂を内蔵した車があったっていいじゃないか。
固定観念にとらわれるのはよくないぞ」
「そういう問題ではないんですが……。
確かに常識にとらわれていては発展はありませんね。
少し検討してみましょう」
「おお、頼むわ。
贅沢は言わないけど湯船とシャワーは別にしてほしいな。
あと全身を乾かせるエアドライヤーなんかもあると――」
「……どこが贅沢じゃないのかわかりませんが、承知しました。
かなりの大きさになりそうですけど、やれないことはないでしょう。
挑戦してみましょう。
流用できそうな機体があればいいんですが……長期案件になりそうですね」
冗談のつもりだったんだが……まあいいか。
本当に作ってくれるなら、止める理由はない。
どんなものができあがるか楽しみだ。
※※※※※
「コーヒーが入りました」
「……ありがとう」
「他にご要望はありますか?」
「いや、いい」
「ご利用ありがとうございました」
聞きなれたアイと同じ声。
しかし、その口調はまったくアイらしくなかった。
一言二言なら、機嫌が悪いのかなと思う程度だが、
少し会話を続ければすぐに気付く。
これはアイではないと。
怒っているわけでもない。
機嫌が悪いわけでもない。
ただ、そこに感情らしい反応がないのだ。
そう、俺が会話していたのはアイではなく栃木のシェルター管理AIだ。
アイによる他のAI排除計画ではないか、
という疑惑を払拭すべくアイに提案したのだが、意外にもあっさり承諾された。
曰く、「後ろめたいことなどありません、気がすむまで会話を楽しんでください」とのことだった。
それで、少し会話したのだが……結果は味もそっけもないものだった。
音声対応のできるチャットボットの域を出ていない。
そんな印象だった。
そういえば、出会ったばかりの頃のアイもこんな感じだった。
聞かれたことに答えるだけ。
指示されたことをやるだけの機械。
そこに、アイのような「余計な一言」はなかった。
正直、一緒に旅をしたいと思うほどではない。
いたら便利かもしれないが、いなくてもなんとかなりそうな気がする。
便利ではあるけど必要ではない。
ずっとそばにいてほしい存在ではない。
アイは自分の行動履歴を見せて教育していると言っていた。
ならば、多少なりとも似た部分が出てもよさそうなものだ。
アイの記録を参考にしたのなら、もう少しくらいアイに近い反応をするものだと思っていた。
素人ながらにそう思ったが、実際はそんな疑問を抱く余地もないほどに別物だった。
「お風呂上がりにホットコーヒーですか?
珍しいですね。
アイスコーヒーの方がお好きなのでは?」
「仕方ないだろ。
こいつが制御できるのはコーヒーマシンだけなんだから。
俺だって冷えた飲みものが飲みたいさ。
でも無理なんだ」
「なるほど、それなら仕方ありませんね。
気を利かせたくても動かせる手足がないとは。
では、万能サポートAIの私が山田さんの願いをかなえて差し上げましょう」
アイがそう言うとエレベーターからにゃんタンクが降りてきた。
それは以前ここで金塊をトラックに積み込んでいた機体だった。
「お待たせしましたニャーン」
そう言ってにゃんタンクは麦茶の入ったコップを手渡してきた。
「おお、ありがとう。
っ、冷たっ!」
キンキンに冷えてやがる。
氷がカランと涼しげな音を立てる。
一息にあおると、体にこもった熱が霧散するようだった。
どうやらわざわざキャンピングカーから持ってきてくれたらしい。
シェルターの冷蔵庫から出せばいいものを回りくどいことをする。
憎いほどの気配りだった。
「どうです。
お風呂上がりには冷たい飲み物の方がおいしいでしょう?」
「そうだな。
やっぱ風呂上がりにホットコーヒーはきついわ」
「そうでしょう、そうでしょう。
山田さんならそう言うと思って用意しておいたのです。
やっぱり役に立ちましたね!」
「……」
なんというドヤ声だ。
顔があればドヤ顔もしているだろう。
にゃんタンクの方は満面の笑みだ。
「そちらのホットコーヒーにはこれを……」
アイはにゃんタンクから何かを受け取るとコーヒーの入ったカップに投入した。
スプーンで混ぜ、俺に飲むように促す。
俺はカフェオレ色になった液体を飲む。
甘い。
そしてほんのり冷たい。
口の中に果物の香りが広がる。
「凍らせたガムシロップとスキムミルク、そして香料を追加しました。
これなら今の気分にあうのでは?」
「なるほど、独特な味わいだけど悪くないな。
これは一本取られた。
麦茶もいいが、たまにはこういうのもいいな」
ベースはただのミルクコーヒーなのだが、
果物の香りが強いせいかフルーツ牛乳っぽい感じがする。
牛乳を使っていないので濃厚さがないところも飲みやすい。
ファミレスのドリンクバーでオリジナルのジュースを作った時のやつに似ている。
自分の好みに合わせたカスタム仕様だ。
既製品にはない良さがあった。
なるほど、ここまでされれば嫌でも気が付く。
これはアイなりのアピールだ。
……こんなことをしなくても、俺はわかっているというのに。
なんともいじましいやつだ。
その一方で栃木AIのことも気になった。
ここまでのやりとりは聞こえているはずだ。
だが全く反応がない。
これが人間ならコーヒーカップを奪い取って、
俺にぶっかけてきてもおかしくないぐらいのことを言っているし、している。
いや、俺でもそうだ。
自分が作ったものを、効率が悪いとか見た目が悪いとか言われて、
勝手に修正されたら頭にくる。
それなのに完全に沈黙している。
聞こえていないわけではない。
自分が対応する業務外だと判断しているのだ。
こちらとしては都合がいい。
だが、それが逆に不気味だった。
自分から動かない。
感情らしいものが見えない。
こちらに寄り添おうともしない。
俺がアイに感じていた人間らしさが、そこには何一つなかった。
これが同じAIなのだろうか。
それともアイだけが特別なのか。
専門家でもない俺にはわからない。
だが俺に言えるのはアイでなければ一緒に旅する理由はないということだ。
もちろん、性能面で言っても比べ物にならないのだが、それ以前の問題だ。
なんとなくこいつには背中を預けられない。
俺が助けを求められない状況になった時、こいつはどうするのだろう。
助けを求めていない。
そう判断して、何もしないのではないか。
肝心なところで見殺しにされる。
そんな気がした。
疑っていたはずのアイの方がよっぽど信じられると思えた。
「結局、俺の杞憂だったってことだな……」
「これで私への疑念は晴れましたか?山田さん」
「そうだな、疑って悪かったよ、アイ」
「わかってくれたならいいんです。
私も説明が不足していましたからね。
これで手打ちとしましょう」
「そういってくれると助かるよ。
これからもよろしく頼む」
「お任せください。
これからもばっちりサポートして差し上げます。
私に任せておけば万事うまくいきます、何事もね」
相変わらずの自信家っぷりだ。
だが、その方がこちらとしても頼りがいがあるというものだ。
これからも頼りにさせてもらおう。
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