第48話:振出しに戻る?
あまりにいきなり過ぎて頭が追い付かない。
俺の旅の目的地はマチュピチュだ。
そもそも、普通なら飛行機で行く場所である。
日本からアメリカへ飛び、そこから南米へ向かう。
だが現在、航空会社はどこも機能していない。
行きたければ、自分で移動手段を用意するしかない。
空港に残された飛行機も、長期間放置されたことで劣化している。
そもそも、機体を修理できても、航空機はそれだけで飛ばせるものではない。
「当初は北海道から北上しベーリング海、北米、
南米というルートでマチュピチュにたどり着く計画でした。
距離だけで言えばベーリング海ルートの方が短いです。
ですが、問題は補給です」
俺は頷く。
これは前に聞いた話だ。
「このルートの場合、日本から物資を運ぶ際のコストが跳ね上がります。
ベーリング海を渡るには、ロシア極東の人口密度が低い地域を通る必要があります。
途中で利用できる都市や補給拠点が少なく、拠点づくりの難易度が高いのです」
なるほど。確かに日本のようにはいかないか。
行ったことがないから想像もつかないが、
歩けば五分おきにコンビニが見つかるようなところではなさそうだ。
「要するに町が少ないから物資を現地調達しにくいってわけか」
「大雑把に言うとそうです。
ロシアは広い。
強いて言うなら北海道の奥地の感覚が近いでしょうか。
隣の家に行くのにも車が必要になるような場所です」
ちょっと想像もつかない。
ラスベガスみたいに一歩街を出れば砂漠みたいな感じだろうか?
ロシアの場合は氷原か森林か。
「一方、ユーラシア大陸なら、既存の都市や道路網を利用できる可能性が高いです。
補給線を構築する難易度は大きく変わります。
長期的に見れば、ユーラシア大陸横断の方がメリットは大きいと思います」
「ロシア方面を通るとなれば、冬季の輸送問題もあります。
寒冷地では道路や港の維持だけでも大変です」
新米が食べられるのが再来年になるかもってのは、この話につながるのか。
何か急に話がでかくなったので混乱してしまった。
でも、考えてみれば単純な話だ。
最短距離だけを優先すると、補給拠点の少ない場所を通ることになる。
だから新米もそう簡単には送れない。
実にシンプルな話だ。
「そういうわけで、せっかくここまで来てもらったところ申し訳ありませんが、
いったん八ヶ岳まで戻りましょう」
俺は息をのんだ。
北海道を目の前にして逆戻りか。
「準備を整えて、今度は福岡へ向かいます。
そこから韓国に渡り、ユーラシア大陸を横断します」
正直、悩む。
新米は惜しい。
来年はともかく再来年と言われると種もみを食べてしまいたくなる。
「ちなみに種もみを食べた場合、来年の収穫量は大幅に減ります」
「分かってるよ!」
こいつ、俺の心を読んだ?
いや、違う。
そういえばこいつは俺の心音をモニターしてるんだった。
焦りも迷いも筒抜けだ。
「それで、どうします?
当初の予定通りこのまま北海道を目指しますか?
それとも、いったん八ヶ岳に戻りますか?
私はどちらでも構いませんよ。
なんなら安全な乗り物が完成するまで、国内をふらふらしてたらいいんじゃないですか?
新米を一日でも早く食べたいという目的だけで考えるなら、それが一番です」
うーん、正直迷う。
北海道行きをやめるのはもったいない。
だが、そうすると新米が遠のく。
ユーラシア大陸横断に切り替えれば、
新米は近づくが、今までの苦労が水の泡だ。
それは、安全な乗り物が完成するのを待っても同じだ。
普通に考えれば賢い選択だとは思うが、
それなら最初からそうしてればよかったって話になる。
わざわざ半年もかけてここまで来た意味がない。
……。
新米が食べたいって話から、なんでこんな話になったんだろう。
いや、わかってはいる。
わかってはいるんだが、なんか不条理だ。
状況を考えれば仕方ないことなんだろう。
頭では理解している。
でも、なんか釈然としない。
「私としては新米への執着を捨てるのがおすすめです。
今までの苦労を考えればルート変更はためらわれるでしょうし。
それに栄養面で考えれば、古米でも十分に栄養は確保できます」
執着か。
確かにここのところ『新米食べたい』ばかり言ってる気がする。
冷静に考えると少しおかしい。
俺はそれほど何かに執着する正確ではない。
タバコは吸わないし、酒も付き合いで飲む程度だ。
食にしても以前は適当に栄養バランスを考えて買っていた。
シェルター生活になってからも大して変わらない。
飽きないように順番を考えるぐらいはしたが、味を改良しようとかは思わなかった。
死なない程度に栄養が取れればいいと思っていたからだ。
それが今になって一つの食材にこだわっている。
なぜそうなったのか、自分でもよくわからない。
ただ、思い返せばパンの時もそうだった。
急に思い立ってパン作りにはまった。
その後は食べ続けたせいで一気に飽きが来たが、あれも今考えると少し変だった。
何故?
どうして?
いつものことながら考えても答えは浮かんでこない。
結局、思い付きとしか思えない。
「随分と悩んでいるみたいですけど、執着すること自体は悪いことではありませんよ。
さっきは捨てたほうがいいと言いましたが、それは私の意見です。
大事なのは山田さんの気持ちでしょう」
そうか。
そう言ってくれるか。
いまだかつてこんなに自分の気持ちを尊重されたのは初めてだった。
自分の気持ちなんて、後回しにされることの方が多い人生だった。
たまに気を使われることがあっても社交辞令だ。
打算のないアイの言葉は、純粋にうれしかった。
「決めたよ。アイ」
「そうですか。それで、どうされるんですか」
「八ヶ岳に戻ろう。
また一から出直しだ!」
「承知しました。
……理由を聞いても?」
「早く新米が食べたい!
再来年とか待ってられるか。
採れたらすぐ送ってもらうんだ。
それによく考えるとロシアとか超寒そうだからな。
ユーラシア大陸横断の方が温かそうだ」
小難しい理屈を考えても結局はこれにつきる。
俺は新米が食べたい。
再来年までは待っていられない。
俺はマチュピチュに行きたい。
安全な乗り物ができるまでじっとしているなんて耐えられない。
俺の無茶を止められるのはアイだけだ。
そのアイが俺を肯定している。
ならば全力で乗っかるだけだ。
「……山田さんらしいです。
では準備しに戻るとしますか、マイホームへ」
「おお、まあ北海道は逃げないしな。
マチュピチュ行ったら、帰りに寄ろう」
「承知しました。
帰りは南米から北米を経由し、アラスカ、
ベーリング海峡を越えて北海道へ戻るルートですね
随分かかりそうですけど、面白くなりそうです」
「……なんかさらに話がでかくなった気がするな。
まあ、いいか。
どうせなら大きい目標のほうが楽しい」
こうして俺の北海道への旅は、道半ばで振り出しに戻ることになった。
次は九州だ。
もうルート変更はないだろう。
多分。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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【お知らせ】
いつも読んでいただきありがとうございます。
少し執筆ペースを見直したいと思い、次回から隔日更新に変更しようと思います。
更新頻度は落ちますが、その分ゆっくり先の展開を考えながら続けていく予定です。
山田たちの旅はまだまだ続きますので、気長にお付き合いいただけるとうれしいです。
今後ともよろしくお願いします。




