第47話: 山田さん、あなたって人は
徒歩生活を始めて一週間。
ようやく仙台市を抜けた。
今は北海道を目指し、大崎市へ向かって歩いている。
住宅街を抜けたあたりから田んぼが増えてきたと思ったら、
いつの間にか見渡す限り田んぼになっていた。
いや、正確には元田んぼというべきだろう。
何年も放置された結果、
今ではススキや雑草が生い茂ってしまっている。
時代劇なら浪人が現れて決闘でも始まりそうな雰囲気だ。
市街地ではちょこちょこ寄り道もできたが、
こう何もないと歩くしかない。
歩くしかないのだが、どうにも元気が出ない。
原因はわかっている。
ただ今の俺にはどうすることもできなかった。
「山田さん、そろそろお昼にしましょう。
今日は炊き込みご飯ですよ」
「ああ、ありがとう」
タオルで汗をぬぐいキャンピングカーに乗り込む。
洗面台で顔と手を洗い、席に着くとアイが昼食を運んできた。
炊き込みご飯と漬物とみそ汁。
THE秋の味覚といった感じの和食メニューだ。
炊きたてのご飯から立ち上る香りが食欲をかき立てる。
「……いただきます」
炊き込みご飯を口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。
……美味いことは美味い。
だが、看過できないパサつきがあった。
「はあ、やっぱり古米は古米か」
そう、俺をここの所悩ませている原因は米だった。
炊き込みご飯以外にもチャーハンやお粥、石焼きビビンバなど、
アイも工夫を凝らしてくれている。
だが、どうしても新米の美味さには及ばない。
俺の舌も随分と肥えてしまったものだ。
八ヶ岳のシェルターで保存食ばかり食べていた頃が懐かしい。
「……気に入らないなら、無理に食べていただかなくてもいいのですよ。
山田さん」
まずい。
つい、声に出してしまっていた。
「いや、違うんだ。
これはこれで美味しいんだ。
でも、つい新米と比べてしまって……」
つまり、新米が美味しすぎるのが悪いんだ。
何年も粗食に耐えた後の精米直後の新米だ。
ただの新米ではない。
そんな新米が失われてしまった。
そのハートブレイクは、ちょっとやそっとの米料理では癒されない。
なぜこんなことになってしまったのか。
戻れるならまたあの頃に戻りたい。
「なあ、新米はもう手に入らなさそうか?」
「手に入らないことはありません。
ですが、今は時期尚早と考えています」
「なんだよ、当てがあるなら用意してくれよ!
意地悪しなくてもいいだろ!」
仙台で見つけた新米は食べ尽くしたと思っていたが、まだ当てがあるらしい。
よく考えれば、ここら一帯は元田んぼなんだ。
前みたいにかき集めれば生き残りの稲もあるはずだ。
「仙台の時のようなことを期待しているんでしょうが無理です。
今は十月ですよ。
完全に機を逸しています」
「そんな……でも今手に入らないことはないって――」
「来年の作付け用の種もみはあります。
ですが、それを食べてしまったら、来年もまた野良稲を探す羽目になりますよ?
いいんですか?それで」
なんということだろう。
米はある。
だが、それを食べれば来年は食べられないかもしれない。
究極の選択だ。
「……少しだけ食べるというのはどうだろう?
それなりに量を確保しているんだろう?
それなら少しぐらい食べてもいいんじゃないか?
本当に少しだけでいいんだ。
一合分だけで」
「本気で言ってるんですか?
綿密に計算して一年分の米を生産できるよう残したんですよ?
減った分だけ、来年の収穫量も減る可能性が高いんです。
だいたい一合で我慢できるわけないじゃないですか。
その調子で全部食べ尽くしてしまうのが目に見えてます」
とりつくしまがない。
こんなことならもっと早い段階で野良稲を収穫することに全力を注いでいればよかった。
失敗した。
俺は失敗した。
馬鹿みたいに空港でゲームをしている場合じゃなかった。
ニートみたいに昼夜逆転の不健康な生活を送るべきじゃなかった。
馬鹿みたいに喉が枯れるまでカラオケ歌って、
暢気に夏の思い出だと花火をしている場合じゃなかった。
もっと早く稲の存在に気づいて収穫に動いていたら、こんなことにはならなかった。
大失敗だ。
……。
……。
……。
いや、違う。
あれはあれでいい思い出だ。
あの思い出があったから、今俺はこうして前を向いて歩けているんじゃないか。
もうよそう。
新米に執着するのは。
いいじゃないか。
来年まで待てば。
時間はいくらでもある。
ふらふら遊んでれば一年なんてあっという間だ。
「……そうだな。
わかったよ。
来年まで待つ。
新米は来年までお預けだ」
「賢明です。山田さん。
明日の糧まで食べてしまうのは、愚か者のすることです。
他に食べるものがないならともかく、古米でもパンでも代わりはいくらでもあるのですから」
「ああ、その通りだ。
これからも頼りにしてるよ、アイ」
「お任せください。
それにしてもたった一年待つだけなのに随分と大騒ぎしますね。
そんなことではこれから先が思いやられます」
「ん、なんでだよ。
何かあるのか?」
「来年収穫したとしても、その時どこにいるかですよ。
海外まで行っていたら輸送だけで一苦労です。
実際に新米を食べられるのは再来年かもしれませんね」
話が違う。
あと一年だと思ったからあきらめようと自分に言い聞かせることができたのだ。
それをもう一年だと?
「再来年!?
どういうことだよ。
スウォームを使えば楽勝だろ?」
「国内ならそこまでかからないと思いますが。
海外となるとどうでしょうね。
海を越えるとなると、国内のようにはいかないと思います。
海外のインフラが日本みたいにきれいに残っていればいいんですが」
……確かにそうだ。
そもそも国内にしても海路や空路は危険だからこうして歩いているのだ。
……正確には、歩かされているのだが。
今はそれはどうでもいい。
重要なのはどうすれば新米を早く食べられるかということだ。
「何かいい方法はないのか!?
考えてくれ!お前は世界一のAIなんだろ!?
頼むよ。食わせてくれよ……新米を……」
俺はみっともなく嘆願した。
恥も外聞もなくアイに縋り付いた。
ぐー。
気が付けば俺の腹は鳴っていた。
今、炊き込みご飯を食べ、みそ汁を飲み干したばかりだというのに。
まるで胃袋まで新米を求めているようだった。
新米が食べたいと。
「山田さん……」
アイは俺の名をつぶやくと黙り込んでしまった。
……。
……。
……。
沈黙が重い。
そして、やはり諦めるしかないのかと思い始めたその時、アイが口を開いた。
「……少しだけましな方法があります」
「少しだけまし?」
妙な言い方だ。
「はい、現状よりはましという程度の案ですが、
再来年まで待たなくてすむ可能性が上がる方法があります」
「教えてくれ!
待たなくて済むならそっちの方がいい!」
少しでも早く食べられるなら多少の問題は許容するしかない。
背に腹は代えられないのだ。
「マチュピチュへのルートを180度変えます。
ユーラシア大陸を横断し、ヨーロッパから南アメリカを目指すのです」
「は?」
思わず間の抜けた声が出た。
ユーラシア大陸横断?なんでそうなるんだ?
俺達は新米の話をしていただけなのに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。




