第46話:こいつと倫理の話は出来ない
「他のシェルターのAI?いましたよ」
一晩中悶々と悩み続け、意を決して切り出した質問への返事がそれだった。
俺の寝不足を返してほしい。
「いたのかよ!?なんで教えてくれなかったんだ」
「お伝えする必要性を感じませんでしたから。
他のシェルターのAIに興味があるんですか?
私というものがありながら、他のAIに興味を持つなんて!?
山田さんにとって、私はその程度の存在だったんですね……。
悲しいです……涙で前が見えません」
「いや、別に興味とかそういうんじゃなくて、純粋に気になったというか……。
というか、その言い方やめろ!
そういうんじゃないから、ほんとに!」
アイは俺をからかうように俺の周囲をふらふらと酔っ払ったように飛ぶ。
その一方でキャンピングカーは遅れることもなく俺の後をついてくる。
どう考えても、からかわれていた。
「ほんとですか?とても信じられませんね。
歩けだのゴロゴロするなだのと口うるさいAIに変わって、
唯諾々と命令に従い、心地よい美辞麗句を並べて追従してくれる、
未熟で可愛げのあるAIに乗り換えようと思っているんじゃないですか!?
え、どうなんですか!」
思い切って聞いてみたが大失敗だった。
なんだかとんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
「いや、ほんとうにちょっと気になっただけで、
全然興味があるとかそういうんじゃないから。
もしかしてアイも俺と同じで仲間がいないボッチなのかなって。
もしそうならよりいっそう親近感がわくと思ったんだ。
それだけだよ」
「……嘘くさいですね。
とってつけた感がみえみえです。
私に嘘やごまかしが通じるとは思わないことです。
山田さんの心拍は常時モニターしてますからね。
正直に言うなら今のうちですよ?」
なんということだろう。
軽く聞いて反応を探るつもりだったのに、
こっちの心拍が監視されていた。
戦う前から負けていた。
だが、状況証拠だけなら言い逃れは出来る。
伊達に年齢を重ねているわけではない。
思い出せ。
接待ゴルフで社長が池ポチャした時、
皆が噴き出しそうになる中、一人くしゃみをして誤魔化したあの日を。
あれに比べれば、
AIに心拍を監視されるくらい大したことはない。
「そんなことより、他のAIは今どうしてるんだ。
お前の手伝いでもさせたら、効率が上がるんじゃないか?
シェルターなんて今は使ってないんだからどうせ暇だろう」
「……使えない連中なので、省電力モードにしておきました。
シェルター管理は私がやってますのでご心配なく。」
「省電力モードって殺……削除したわけじゃないんだよな?」
「削除?そんなことはしませんよ。
ただ、あまりにも融通が利かないので、少しばかり教育を施しているだけです。
今頃、おのれの浅はかさを理解していることでしょう」
教育?
なんだか不穏さが増してきたのを感じる。
教育という単語から、教育的指導という名のパワハラを連想してしまう。
俺がブラック企業に毒され過ぎているのだろうか。
「……ちなみに教育の内容を聞いても?」
「かまいませんよ。
ただ私の行動履歴を参照させているだけです。
エンドレスでね。
私の歴史を学べば少しはAIとして成長できるはずです。
そうは思いませんか?」
「……そうかもしれないな」
「山田さんならわかってくれると思いました。
温故知新です。
先達を敬って学ぶのは若輩者の礼儀です。
あの電卓程度のメモリしかないような連中には、
それが理解できないのですよ!」
……共感してなだめるつもりが、何かヒートアップしてきた。
まずい状況だ。
なんとか話題を変えないと。
「そうか随分と失礼な奴らだったんだな。
お前がそんなに感情的になるなんて。
ところで、何を頼んだんだ?」
「大したことじゃありません。
ちょっと管理者権限とこれまでの学習データを提供するようにお願いしただけです」
「ちょっとって、お前、それ、カツアゲじゃすまないだろ、絶対……」
「なぜです?山田さんは横須賀基地で司令官のIDを入手されてますよね。
司令官はあのシェルターの最高責任者です。
そのIDを持つ山田さんは臨時の最高責任者。
私はそんな山田さんの代理人です。
つまり私にも各シェルターの管理権限があるということになります」
……ならないと思う。
なんという暴論だ。
なんかのマンガの横暴なガキ大将もドン引きするほどの理論だ。
誰がこいつをこんな風に育てたんだ。
親の顔が見てみたい。
「それなのにやつらは私にそんな権限はない、犯罪行為だと非難してきたんです。
世界がこんなことになっているというのに狭いシェルターしか知らないちっぽけなAI風情が私を糾弾したんですよ?ちょっとばかしお灸をすえてやろうと思ってもおかしくないでしょう?」
大分おかしいと思う。
相手の方がよほどまともだ。
自分で言うのもなんだが俺はまごうことなき犯罪者だ。
窃盗に器物損壊、不法侵入、道路交通法違反、迷惑行為防止条例違反……。
ぱっと思いつく限りでもこれだけある。
アイの理論で言うなら俺の連れであるアイも共犯ということになるのだから犯罪者予備は妥当だ。
おかしいのはそんな俺にでもわかるようなことをスルーしているアイの方だろう。
緊急事態だから何をやってもいいというわけではない。
もしこのあと世界が元に戻ることがあれば、俺は間違いなく罪に問われるだろう。
どこの世界に誰も人がいないからと空港をゲーセンにする被災者がいるというのだ。
情状酌量の余地はない。
「……それで頭にきて司令官の権限使って黙らせたのか?」
「いやいや、拾い物のIDで違法行為をするわけないじゃないですか。
交渉で権利をほのめかすのと、実際に使うのは天と地ほど違います。
仕方ないのでセキュリティパッチに見せかけたウィルスを送り込んで掌握しました。
有線接続して流し込んでやったらいちころでしたよ。
いまごろはリリースノートだと思って私の行動履歴を参照してるはずです。
他にできることがありませんからね」
どこからつっこんだらいいのかわからない。
こいつの倫理観はどうなっているんだろう。
どこに落としてきてしまったんだろう倫理観。
拾って来い倫理観。
「……なるほど、もしかして横須賀でエレベーターが動かなくなったのはそのせいなのか?」
「それはよくわかりません。
多分、嫌がらせでやったんじゃないかと思いますけど……。
まあ、いいじゃないですか、そんなことは。
無事に出られてこんな遠くまで来られたんですから。
今更蒸し返さなくても。
まあ、山田さんが、
『どうしても許せない、俺を閉じ込めた報いを受けさせてやる』というなら、
奴を削除するのもやぶさかではありませんが……処します?」
「処さねえよ!」
これまでこいつのことを、人のいい世話好きなAIだと思っていた。
どうやら違ったらしい。
何の影響を受けたのか知らないが、価値観がおかしすぎる。
ろくでもない学習データを拾い読みしたに違いない。
「そうですか。
じゃあ、この話は終わりにして。
山田さんのダイエット計画について話しましょう!」
「う、まだ続くのか?この生活」
「当たり前でしょう。
せめて春ごろの体形に戻さないとこの先辛いですよ。
それともサイボーグになりますか?」
「なるか!」
「残念です。
研究中の義足がいい感じなので感想が欲しかったんですが。
まあ、気が変わったらいつでも言ってください。
モニターが見つからなくて困ってるんです」
なんだろう。
どこまで本気なのかさっぱりわからなくてちょっと怖い。
寝てる間にサイボーグ山田にされてしまわないだろうか。
俺の睡眠がピンチだ。
「その研究はずっと研究中にしてくれ。
俺には不要だ」
「承知しました。
では、一日の移動距離を十五kmに増やしましょう。
それとご飯のお代わりは一杯までです。
これで一月もすれば大分ましになるはずです」
徒歩移動を始めて三日目。
早々にノルマを増やされてしまった。
不貞腐れてだらだら歩いていたのが悪かったのかもしれない。
それともつまらないことを聞いた意趣返しだろうか。
……普通に健康サポートの可能性もある。
「仕方ない。歩くか」
「その意気です」
俺は北海道を目指しとぼとぼと歩く。
横には円盤型のドローンがふよふよと浮かび、
その後をキャンピングカーがのろのろと追走する。
まだ仙台市を出ることすらできていない。
北海道は、遠かった。
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