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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第八章 北海道(旅路再々始動)編

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第44話:めしを食うでごわす!!

 米は偉大だ。


 パンの呪縛から解き放たれ、ようやく念願の米を手に入れた俺は、

 今日も早起きして米を炊いている。


 鍋から漏れ出てくる米の炊ける香りが食欲を掻き立てる。


 炊飯ジャーではなく鍋を使っているのは俺のこだわりだ。

 鍋で炊いたほうが、なんとなく美味い気がするのだ。


 やはり日本人なら米だろう。


 太古の昔から主食として日本人の食卓を彩ってきた食材だ。

 俺はパンに心を奪われ、日本人として大切な何かを失っていたのかもしれない。

 米は日本人の魂である。


 真っ白に輝くつやつやの表面、噛み締めるとほんのりとした甘みが口に広がる。

 口に入れると根こそぎ水分を持っていかれるパンとはわけが違う。


 まあ、大袈裟なことを並び立てたが、要するに俺は久しぶりに米食を楽しんでいるということだ。

 パンのことも少しディスったが嫌いになったわけではない。

 ただ今の俺はまれにみる米ブームの真っ最中であり、少しばかり米愛があふれている。


 簡単に言えば、ご飯美味しいってことである。


「……随分とまあ極端な変わり様ですね」


 俺がパン工場の開発室で米を炊いている横ではアイがみそ汁を作っていた。


 今日の具は近くの畑で見つけた大根だ。

 形は歪で、ところどころ虫に食われていた。


 稲の刈り入れには失敗したが、完全な無駄ではなかった。

 田んぼの周辺を歩き回ったおかげで、

 放置された畑からいくつかの野菜を見つけることができたのだ。

 これまでは保存食ばかりの生活だったので、わずかとはいえ新鮮な野菜は素直にうれしい。


 スーパーで売っているような綺麗な野菜とは程遠いが、少しぐらい形がいびつなのもご愛敬だろう。

 俺はむしろ、変な形をした大根の方が面白くて好きだ。

 まあ、どちらにしろ食べられるなら文句はない。


 仙台空港は福島空港よりも街に近く、都会的な印象があった。

 だが周囲を歩いてみると、田んぼや畑が広がっていた。


 逆に福島空港は山の中という感じで自然は多かったが、田んぼや畑はあまり見かけなかった。


 よく考えてみれば当たり前なのかもしれない。

 森や山が多いことと、農業が盛んなことは別の話だ。


 人間が手を入れて初めて、田んぼや畑という「食べ物を作る場所」になる。

 自然豊かだから食料がある、というわけではないらしい。


「山田さん。そろそろ火を止めたほうがいいんじゃないですか。

 吹きこぼれそうですよ」


 アイがみそ汁を作る手際を眺めながらぼーっと考え事をしていると、

 米を炊く鍋の縁から、細かな泡がふつふつと溢れそうになっていた。


「おっと危ない、危ない。

 しかしよく見てるな。そっちは大丈夫なのか?」


 俺は火を止め、みそ汁の鍋を見た。

 みそ汁の鍋からは湯気が立ち、小さな泡が静かに浮かんでいた。


「愚問ですね。私の視野は上下左右、三百六十度です。

 どんな異常も見落としません。

 山田さんも少し視野を広げたほうがいいですよ。

 あと集中力も。注意が散漫になってます」


 一言っただけで十返ってきた。


「お前、こないだは散々だったのにすっかり元通りだな。

 にゃんタンクは泥にはまるし、スウォームも盛大に墜落してたのに」


「……」


 急に静かになった。


 あの一件はアイの唯一といっていい失敗だった。


 そもそも農作業用に作られた機械じゃないのだから、あれを失敗と言うのは少し酷な気もする。

 だが本人はかなり気にしているらしい。


 ちょっと意地悪な言い方だったかもしれない。


 まさかアイが本気で気にしているとは思わなかった。


 ――そんなに気にすることでもないと思うのだが、どうやら本人にとってはそうでもないらしい。


 どちらかというと無茶振りした俺の責任である。


 だが、これまで俺の無茶振りに答えてきたアイは、今回、初めて失敗という結果を出してしまった。


 それがよほど悔しかったのだろう。


 ごく普通のシェルター管理AIだったはずなのに、

 今では文明再建まで視野に入れるほどの化け物AIである。

 人間だったら万能感に調子に乗ってしまっても仕方ない状況である。


「そんなに気にするなよ。

 誰だって失敗くらいするって。

 俺なんて失敗ばかりだけど、こうして元気に生きてるだろ?

 むしろ失敗しない奴のほうが危ないぞ」


「別に落ち込んでませんよ?

 ちょっと処理量の多いタスクを消化していたので、

 会話の優先度を下げていただけです。

 そんなことよりみそ汁ができました。

 朝ごはんにしましょう」


 アイはそういって話を打ち切ってしまった。


 よそってもらったみそ汁を飲みながらご飯を口に運ぶ。


 美味い。


 こんなにもやもやしていても美味しいと感じる。


 米は偉大だ。


「山田さん、食事が終わったらいいものを見せてあげます」


 黙りこくっていたアイが口を開いた。

 その不敵な口調からは確かな自信が窺えた。

 なんか感情の起伏が激しすぎてちょっと怖い。


「またなんか作ったのか?にゃんタンクV3とか」


「違います。もっといいものですよ。

 それに、山田さんじゃないんですから、そんなおかしな名前は付けません」


「……Mark IIはいいのかよ」


 どうやら新しい機械のお披露目ということでもないようだ。


 まあ、見に行けばわかるか。


 ※※※※※


 アイに連れられて、前回訪れた元田んぼへ向かった俺が見たのは、意外な光景だった。


 一面のススキは綺麗に刈り取られ、中央には何かが山のように積まれていた。

 近づいてみると、それは刈り取られたススキだった。


「なるほど、選別して刈ろうとして失敗したから、端から全部刈っていったってわけか。

 それならファンに巻き込む心配もないな。

 あとは数に任せて片っ端から処理したのか。考えたな」


「……よくわかりましたね。

 山田さんのわりにいい推理です。

 補足すると、スウォームで周辺から刈り取っていき、途中で稲だけ回収してます。

 全部刈り取る必要もなかったんですが、やるなら徹底的にやらないと気持ち悪いですからね。

 最後の一本まで刈り取りましたよ。ふふふ」


 ……口調は丁寧だが笑い声が怖い。

 なんという執念深さだ。

 どうやらスウォームをやられたのが相当ムカついていたらしい。


「お望みならここを耕して作物を植えられるようにしますけど、どうしますか?」


「うーん、どうしようかな……」


 米は食べたい。

 だが、この広さの田んぼ一面分となると話は別だ。


 どう考えても食べきれる気がしない。


 下手をすると一生米だけ食べる羽目になる。


「迷うようならやっておきましょう。

 山田さんのことですから急に新米が食べたいと騒ぎだすに決まってます」


「いや、でも多すぎないか?

 いくら俺でもそんなに食べられないぞ」


「心配しなくても米は加工品としても消費できますから大丈夫ですよ。

 酒にみりんに米酢、こめ油に玄米茶。

 せんべいやポン菓子なんかにもできます。

 使い道はいくらでもありますよ」


「そ、そうか。

 じゃあ、お願いしようかな。

 出来立てのせんべいとか、香ばしくてうまそうだ」


「承知しました。

 ではこの辺り一帯を農地として整備して色々栽培しますか。

 山田さん一人で消費するには米だけだと過剰ですし」


「そうだな。

 せっかくだからいろいろ植えてくれよ。

 たまには新鮮な野菜が食べたい」


「お任せください。

 今度は泥にはまるような無様な醜態はさらしませんよ。

 トラクターが油をまき散らして逃げ出すようなすごいのを用意してやります」


 こいつは何を競っているんだろう。

 トラクターよりもすごい農業機械を用意するということだろうか。

 なんだかよくわからない例えだがすごいやる気だ。


「それに実を言うと備蓄食料の消費期限が一年を切っていて気になっていたんです。

 実にちょうどいいタイミングでした」


 さらっと爆弾発言をされた気がする。

 実は俺やばかった!?

 もし米食べたいって言いださなかったらどうなってたんだろう。

 怖くて聞けない。


 悶々とした気持ちを抱えたままパン工場に戻った俺が見たのは、

 駐車場に鎮座する十メートルほどの長さに渡って二列に並んだ支柱だった。


「何だあれ?」


「見てのとおり、刈り取った稲を穂掛けして乾燥させているんです。

 ススキを刈った際に混ざっていた稲を回収しておきました。


 十日ほど乾燥させれば脱穀できます。

 そこから籾摺り、精米を行えば念願の新米です。

 よかったですね」


「お、おお。ありがとう。

 そうか、新米が食えるのか、楽しみだな」


 諦めかけていた新米が喰えるのは嬉しい。


 だが俺の心は目の前の光景に圧倒されていた。


 パン工場の駐車場で穂掛けされる稲。


 パン工場のアイデンティティを破壊するような所業は、

 今まで見てきたどんなシチュエーションよりも飛び切りシュールだった。


 ※※※※※


 十日後、俺は無事に新米にありつくことができた。


 いつもより真剣な表情で鍋の様子を注視していた俺は、

 最高のタイミングで火を止めた。


 すぐに開けたくなるのをぐっとこらえ、ごはんを蒸らす。


 十分後――。


 満を持して、鍋を開けた瞬間、いつもの古米とは違う香りが広がった。


 腹がぐ~となる。

 俺の身体は正直だ。


 炊きあがった新米を見て俺は唾をのんだ。


 見た目も違った。

 米粒はつやつやと輝き、一粒一粒が立っている。


 我慢できず鍋に直接箸をつけ、一口食べる。

 強い粘り気ともちもちとした食感がたまらない。

 噛めば噛むほど甘みが広がる。


「新米最高」


 なんだかいろんなものがどうでもよくなった。


 新米、恐るべし。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
この回とても面白いです。新米は美味いからな〜。主人公の気持ちも分かるけど、病気になったら容赦なくアイちゃんに電脳化されそうですw
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