第42話:パンに飽きたら米を食べればいい
無事、焼き立てパンを食べることができた俺は、パン作りにはまっていた。
福島では夜遅くまで遊び、昼過ぎに起きるという昼夜逆転の生活を送っていたが、
ここ最近は早起きしてパンを焼くようになったのだ。
材料の分量はアイに任せているが、仕込みから焼成までは自分でやっている。
生地作りは粘土遊びみたいだが、そう簡単ではない。
こねが足りないとまとまらないし、
こね具合ひとつで食感も大きく変わる。
見た目以上にデリケートな作業なのだ。
ただ、ずっとやってると腕がパンパンになってくる。
作業が終わるころには握力がなくなって道具を落としそうになる。
自分の分を焼くだけでこれなのだからパン職人の人には脱帽だ。
だが面白い。
同じようにこねているつもりでも、出来上がりは毎回少し違う。
上手くできたと思ったパンが本当に美味しかった時は叫びそうになる。
上達を感じる瞬間だ。
それに焼き立てのパンは失敗しても、そこそこ美味いのがいい。
多少形が崩れても食べられないほど不味くなることはないし、面白い食感になることもある。
悪く言うと味が安定しないのだが、よく言えば毎回変化があるので飽きない。
身体を張ったギャンブルみたいなところがある。
失敗作でも油で揚げて砂糖をまぶせば立派なおやつになる。
逆にどうすれば美味しくできるか考える楽しみも増えるのだ。
成功しても、失敗しても無駄になることはない。
要するに、パン作りは最高ってことだ。
おまけに味付けの濃いミリ飯との相性もいい。
食べるのに大量の水を必要としていたスパゲティの缶詰も、
パンに挟めば嘘のように食べやすくなる。
粘度が限界突破したマッケンチーズもどきとの相性も最高だ。
どうやらミリ飯は、おかずとして食べるものだったらしい。
「いやあ、美味すぎていくらでも食べられるな。
次はジャーキーに合うようなハード系のパンに挑戦してみようか、
それとも硬くて食べにくいチーズを練り込んだ総菜パンを試すか。
うーん、難問だ」
ここに来て俺のクリエイター魂が燃え上がっていた。
食への探求心に火がついていた。
気づけば頭の中はパンのことでいっぱいだった。
「それにしてもパン作りがこんなに面白いとは思わなかった。
もうずっと主食はパンでいいかもな」
「楽しそうで何よりですが、食べ過ぎは栄養が偏ります。
パンは意外とカロリーがありますから気をつけないと。
そうでなくても軍用糧食は高カロリーなのですから――」
「うるさいな。心配しなくても大丈夫だって。
食事の量は増えてるけど、その分身体を動かしてるだろ?
パン作りって結構重労働なんだぞ。
それに、毎日朝ちゃんと起きてるし、歯だって磨いてる。
以前に比べればずっと健康的な生活を送ってるよ」
「……確かに朝ちゃんと起きるようになったのはいいことですが。
運動量より食事の量の方がはるかに増えてるんですよね。
今まで通りの食事にパンが追加され、おやつにも甘い揚げパン。
細かくは計算していませんが、ざっくり見積もってもカロリーオーバーです」
……そう言われると食べすぎかもしれない。
だからといってパンをあきらめるわけにはいかない。
この味を覚えてしまった今となっては後には引けないのだ。
「でも、今は食欲の秋だろ?
冬までに脂肪を蓄えておかないと。
北海道は寒いからな」
「まったく、あなたという人は。
冬眠でもするつもりですか。
気をつけないと永眠することになりますよ。
ほどほどにしてください」
アイは呆れたように言い残し、去っていった。
世話焼きの管理AIがいなくなったところで、
俺は失敗作を揚げたパンにプロテインココア味を振りかける。
軍用糧食に付属していたもので、本来は水に溶かして飲むものだ。
正直、粉っぽくてあまり好きではなかった。
だが、こうして揚げたパンにまぶせば話は別だった。
チョコドーナツみたいで美味い!
砂糖の甘さとココアの香りが油の風味と混ざり合い、パンを包み込んでいる。
失敗作のパンから立派なおやつにレベルアップだ。
一つのつもりが二つ目に手が伸びていた。
食欲が止まらない。
これまで缶詰やレトルトばかりで過ごしてきた反動だろうか。
ここにきて食欲が爆発していた。
※※※※※
「……パン、飽きた」
なんということだろう。
毎日三食焼き立てパン生活を送っていたら一週間で飽きてしまった。
おやつにも揚げパンを食べていたのが悪かったのだろうか。
保存食の研究と称してラスクを大量生産したのがまずかったのかもしれない。
正直、何か違うものが食べたい。
自分はもっと根気強い人間だと思っていたが違ったらしい。
どうやら人間というのは、どんなに美味いものでも毎日食べ続ければ飽きるようだ。
何とも業の深い生き物である。
俺は調子に乗って作り過ぎたラスクをつまみながら考える。
何かパンの代わりになるようなものはないだろうか。
「山田さん、散歩でもしたらどうですか?
最近、お腹周りが目立ってきましたよ。
さすがに食べすぎです。
食べた分は動いて消費しないと」
「……マジか!?
最近、ベルトがきつくなったと思ってたんだ。
まさか、指摘されるほどとは思わなかったな。
そんなにまずい?」
「たまには鏡を見たほうがいいですよ。
多少の脂肪は必要ですが、太り過ぎは病気のもとです。
今、糖尿病になったら治療もできませんから悲惨ですよ。
手足を切断する羽目になるかもしれません」
なんという正論と残酷な現実の列挙。
ぐうの音も出ないし、恐ろしすぎる。
「まあ、そうなったら高性能な義手や義足を作ってあげますよ。
……山田さんの様子だと、もう開発を始めた方がよさそうですね。
早速、医療系の研究施設を確保しておかないと」
なんという配慮と無遠慮さ。
デリカシーがなさすぎる。
加減を知らないのか、こいつは。
「……ちょっと風にあたってくる。
ついてこなくていいぞ」
このままここにいたら、次は何を言われるかわからない。
ここは一時撤退だ。
「承知しました。
夕食までたっぷり歩いてくるといいです。
なんなら海で泳いできたらどうです?
水泳はカロリーの消費が多いし、膝への負担が少ないのでお勧めですよ」
「誰が泳ぐか!?痩せる前に心臓が止まるわ!」
これだから数字でしか語れないAIは。
……そんなアイがしつこく言うほどやばいのだろうか、俺は。
少し真面目に体を動かしたほうがいいかもしれない。
※※※※※
俺は、久しぶりに海沿いを散歩してみることにした。
パン工場を出て海岸へ向かい、砂浜へと降りる。
海水浴をするような浜辺ではなかったが、散歩にはちょうどいい。
靴が砂に埋もれる感触を楽しみながら歩いた。
湘南もそうだったが、ゴミや流木が大量だ。
ゴミを捨てる人間がいなくなっても、捨てられたゴミが勝手に消えるわけではない。
お宝がないか探してみたが、目ぼしいものは見つからない。
自分でも何を探してるのかわからないのだから無理もない。
くの字に曲がった流木を見つけたのでブーメランのように投げてみた。
流木は戻ってくるはずもなく海に沈んでしまった。
俺は何をやっているんだろう。
しばらく、そうしてゴミを漁ったり石を投げたりして遊んだ。
……散歩に来たはずが、いつのまにか趣旨が変わっていたがいつものことだ。
「運動したら腹減ったな……そろそろ帰るか」
水平線に沈む夕日が焼き立てのパンのように見えた。
飽きたと思っても腹が減ると食べたくなるのだから、人体というのは不思議なものだ。
これが生存本能というものだろうか。
パン工場に戻ろうと砂浜を上がったところで、黄金色の草原が目に入った。
稲かと思ったが、近づいてみるとススキだった。
「なんだ、つまらん。
期待させやがって」
一瞬、米が食べられるかと思い期待してしまった。
「待てよ!?この地形――」
真四角に区切られた区画。
あぜ道に置き去りになった農具。
どう見ても田んぼだ。
探せば稲もあるんじゃないか?
というかあるだろ絶対。
植えっぱなしになってたやつがどっかに生き残ってるはずだ。
……というか残っていて欲しい。
そうだ。
それに、秋といえば米の収穫の季節。
新米の時期じゃないか。
「パンに飽きたら米を食べればいいじゃない――だな」
身体を動かそうと散歩に出たのだが、思わぬところでパンの代わりが見つかりそうだ。
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