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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第八章 北海道(旅路再々始動)編

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第41話:にゃんタンク、キッチンに立つ!

 翌朝、さっそくアイに相談してみた。


「ここは空港ですよ?

 水と電気は復旧させましたが、とてもパンを焼けるような環境じゃありません。

 何年も放置された飲食店のキッチンをのぞいてみますか?

 食欲がなくなる事、間違いなしですよ」


「いや、そうだよな。

 ここじゃ、無理だと思う。

 でもパン工場ならいけるんじゃないか?

 散歩してて見つけたんだ」


「山田さん一人がパンを食べるために工場を稼働させるんですか?

 さすがに食べきれないのでは」


「いやいや、さすがにそこまでは考えてない。

 工場なら体験教室的なイベントで使う場所があるんじゃないかと思うんだよ」


「なるほど、それなら現実的ですね。

 食べられもしない量を生産するのはさすがにどうかと思いますので」


「よし、なら決まりだ。

 さっそく探索に行こう」


「承知しました。

 ……こうなるなら最初から私を連れていけばよかったのに。

 そうすれば、今頃は焼き立てのパンを用意できていました」


「何か言ったか?」


「何でもありません。

 早くいきましょう」


 車に乗り込み昨日歩いた道を説明すると、十分もしないうちに工場が見えてきた。

 もっと遠かった気がしたが、車だとあっという間だった。


 あらためて見るとかなり大きな工場だ。


 よく見ると入口脇の看板には「本社工場」と書かれていた。


 大きいわけだ。


「……なるほど、この規模なら山田さんの言っていた設備も期待できそうですね。

 ここなら少し電気系統と水回りを整備すれば何とかなりそうです。

 電源は空港と同じ、近くのメガソーラーを利用しましょう」


「おお、頼もしいな。

 じゃあ、まずはパン作りに使えそうな場所を探すか。

 場内地図とかあるかな?」


「これだけの広さなら入口とかにあるんじゃないですか。

 とりあえず正面から見ていきましょう」


「そうだな。

 なんだか社会科見学に来たみたいで、ちょっとテンション上がるな」


「……見学というか、普通に窃盗ですけどね。

 まあ、取り締まる人間がいないのでいまさらですが」


 アイがテンションの下がるようなことを言ってくるが、気にしない。

 そんなことを気にしていたら、この世界では何もできない。

 緊急事態ということで、大目に見てもらうしかないだろう。


 パン作りなんて、緊急事態にやることなのかと思う人もいるかもしれない。


 だが、人は保存食だけでは生きられない。


 たまには焼き立てのパンが食べたくなることもある。


 それに、心の余裕というのも生きるためには必要なのだ。


 ……つまり、俺がパン作りをするのは必要なことなのである。


 はい、論破。


「山田さん。お目当てのパン作りに使えそうな設備がありましたよ。

 商品開発室というところならパンを焼けるんじゃないですか?」


「おお、あったか。

 そうだな。じゃあ、見に行くか」


 入口の案内板を見ると、いくつか並んだ部屋の中に商品開発室という名前があった。

 もっと色々見て回ることになるかと思ったが、まあいい。

 どうせ電気や水道を使えるようにするには時間がかかるし、その間に見学させてもらおう。


 キョロキョロとあたりを見回しながら廊下を進む。


『髪一本、見落としゼロへ』

『手洗いは肘までしっかり』

『指さし確認、今日もよし』


 壁には標語らしきポスターが貼られている。

 食品を扱う工場らしい内容だ。


 俺の勤めていた会社にも標語は貼ってあった。


 ただし、『無理はうそつきの言葉』だの、

『営業に不可能の文字はない』だの、

 今思えばブラック企業の見本みたいなものだった。


 世の中には、こういう真っ当な職場もあったのだと思うと、少し胸が熱くなった。


 そんな場所に無断で立ち入ることに、若干の心苦しさを覚えなくもない。

 だが、それはそれだ。


 せめて、丁寧に使わせてもらおう。


 そんなことを考えながら歩いていると、商品開発室に着いた。


 中は思ったより普通だった。


 研究所みたいにフラスコやビーカーが並んでいるのかと思ったが、

 壁際にはオーブンや調理台、水道が並んでいて、どこか家庭科室みたいだった。


 オフィスらしく書類棚やパソコンが置かれているところだけが違うぐらいだろうか。

 部屋の中央には長机があり、書類や秤が作業途中のまま残されていた。


「結構散らかってるが、使えないほどじゃないな。

 少し片づければ十分いけそうじゃないか?」


「……山田さん、甘いです。

 あれを見てください」


「なんだよ。何かあるのかよ」


 アイの指し示す方向には業務用の冷蔵庫が鎮座していた。


「冷蔵庫がどうか――」


 言いかけて気づいた。


 冷蔵庫の下から黒い染みが水たまりのように広がっていることに。


「これってまさか――」


「ええ、ご想像の通りです。

 停電後、内部の食品が腐敗し、液漏れを起こしたようですね。

 どうやら、そう簡単にここは使わせてもらえないようです」


「ここまで来て掃除かよぉぉぉぉぉぉ!?」


 俺の叫びが廊下にこだまする。


 ……。


 結局、衛生面にうるさいアイの監督により、たっぷり三日かけて掃除する羽目になったのだった。


 ※※※※※


 掃除が終わっても、アイの衛生指導は続いた。


 伸び放題になっていた髪を短く切って整え、髭も剃った。

 なんだか急にサラリーマン時代に戻った気分だ。


 爪も短く切って、先端をやすりで整える。

 正直ここまでしなくてもと思うが、壁に貼られた標語を見ると、

 やらないといけない気にさせられる。


「自分で作って自分で食べるだけなんだけどな……」


「そんなこと言ってて食中毒になったらどうするんですか!?

 何度も言ってますが、薬も医者もないんですよ」


 そう言われると従うしかない。


 パン作りの道は厳しい。


 身だしなみを整えた俺は、ロッカーに入っていた新品の白衣に袖を通した。

 衛生キャップを被り、マスクをつける。

 これがここの作業着なんだろうけど、俺の気分は給食係だ。


「それじゃあ、始めますか。

 作り方、わからないですよね?

 調べてありますのでご安心ください」


 ……わからないけど、少しイラっとした。

 小麦粉に水を混ぜてこねて、しばらく置いた後に焼くだけだろうに。

 さっさとやらせてほしい。


「それでは、まず一番と書かれた袋の粉をボウルへ移してください。

 次に二番と書かれたカップに水を入れて、内側の線まで計量してください」


「はいはい、粉に水を入れてこねればいいんだろ。簡単簡単」


 俺はアイの指示に従い、パン作りを進めていく。


 粉に水を入れて混ぜる。


 ちょっと水が多かったが、まあ大丈夫だろう。


 ぐりぐりと混ぜているとまとまってきた。


 ここからはこねればいいんだ。


 水が多かったからかなかなか生地っぽくならないが頑張ってこね続ける。


「……そろそろよさそうですね。

 バターを生地に混ぜてください」


「おお、楽勝だな」


 さらに切り分けられたバターの塊を生地に混ぜ込んで再びこねる。

 額に汗がにじんできた。

 思っていた以上に力仕事だ。


 五分ほどこね続けると見たことのあるつるんとした生地ができた。


「いいですね。

 それじゃ、ボウルに入れてラップをしてください。

 三十分から四十分ほど発酵させます」


「ふいーっ、疲れた……。

 休憩、休憩」


「山田さん、今のうちに作業台とか器具をきれいにしましょうか。

 まさか私に丸投げするつもりじゃないですよね?」


「あ、はい。

 やります……」


 なんだろう。

 俺が想像していたパン作りと、だいぶ違う気がする。

 これじゃまるで調理実習だ。


 その後はガス抜きをしたり、生地を切り分けたりして、また発酵待ちだ。


 メインイベントの焼成までは、ずいぶん長い道のりだった。


 生地を並べた鉄板をオーブンに入れ、扉を閉める。


 漏れ出る熱気とほのかな焼き上がりの香りに、ようやくパン作りをしている実感が湧いてきた。


 じりじりとパンが焼けていく音を聞いていると、これまでの苦労が報われるようだった。


 俺はまだかまだかとオーブンを見つめ続けた。


「……そろそろ時間です。開けてみますか」


「ああ、やっとだな!

 焼けてるかな……」


 オーブンから取り出したパンは見事にきつね色だった。

 少し膨らみが足りずへにゃっているがご愛敬だ。

 見栄えよりも自分で焼いたというところが重要だった。


「おお、美味そうじゃないか。

 いただきまーす!」


「あ、山田さん、先に検品しないと」


 アイが何か言ってるが気にしない。

 この焼き立てパンを食べるために頑張って来たのだ。

 ここまで来て待つことなどできるはずもない。


「もぐもぐ、うん、美味い。

 俺って天才じゃないか。

 お前に食わせてやれないのが残念だ。

 もぐもぐ……うえっ」


 二口目を齧ったところで違和感があった。

 中心部分が生焼けだった。

 パンを水につけてふやかしたような独特の気持ち悪さが口に広がる。


「だから検品しろって言ったじゃないですか。

 素人が見た目だけで焼き上がりを判断するなんて不可能です」


「仕方ないだろ。

 きれいに焼けてるように見えたんだ!

 ……早く食べたかったし」


「まったく、仕方ない人ですね。

 ……来なさい!にゃんタンク」


「なんで、にゃんタンク!?」


 アイが呼ぶとコック帽を被った白いにゃんタンクが入って来た。


『お待たせしましたニャーン』


 そう言ってお腹のカバーをパカッと開け、香ばしい匂いのする焼き立てパンを尻尾アームで手渡してきた。

 大きさは俺が作ったのと似ていたが、ふっくらと膨らんでいて焼き色も完ぺきだった。

 試しに割ってみると湯気がふわっと立ちのぼり、小麦のいい香りが漂う。

 出来が全然違う。


 気が付けば我慢できずにかぶりついていた。


「もぐもぐ、う、美味い。

 俺のと味は似てるが完成度が高いというか、売り物っぽい……。

 本当にこいつがこれを作ったのか!?」


「山田さんは疑い深いですね。

 では、実演してみましょう。

 にゃんタンク、見せてあげなさい」


『やーってやるニャーン』


 素早い動きでアイが用意していた箱から材料を取り出すと、

 尻尾アームが二つに分かれ、まるで熟練の職人のような手際で生地を作り上げていく。


「二股だと!」


「当然です。にゃんタンクMark IIですから」


 開いた口がふさがらなかった。

 よく見るとキャタピラも金属じゃなくゴムっぽい素材だ。

 背面の二本の縦線は、Mark IIの「II」を表しているのか。


 いつものにゃんタンクではない。

 工事や運搬用の作業機械では出来ない、細やかな動きがそれを物語っていた。


 なるほど。


 この手際の良さなら、この味も納得だ。


「調理用に開発した機体です。

 もちろん衛生基準もクリアしてますよ」


 顔がなくてもどや顔をしているのがわかった。


 俺は残ったパンを口に放り込んだ。


「もぐもぐ、ごくん。

 ……美味いな。

 完敗だよ、アイ」


「山田さんこそナイスファイトでした。

 次はもっとおいしいパンが焼けますよ。

 ……さ、まだ片づけが残ってますよ。

 片づけるまでが料理勝負です」


「ああ、そうだな」


 いつの間に料理勝負になったのだろう。


 そう思ったが、突っ込む気にはなれなかった。


 パン作りは思っていたよりずっと大変だった。


 だが、美味しい焼き立てパンは食べられたのでよしとしよう。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。


【お詫びとお知らせ】

投稿管理のミスで、

第21話:謎解きは掃除のあとで と 第23話:隠された真実はたいていろくでもない レボリューションズ、第30話:焦らされるのは好きじゃない と 第32話:ゴールド・エクスペリエンスの間に、本来入れるべきエピソードを飛ばして投稿してしまっておりました。


第22話:結末は思ったよりもあっけない

第31話:喜べないお宝

を挿入いたしました。



ここまで読まれて「あれ?」と思われていた読者の皆様、大変失礼いたしました。

お手数ですが、一度バックしていただき、

新しく挿入された

第22話:結末は思ったよりもあっけない

第31話:喜べないお宝

をお読みいただけますと幸いです。

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