第40話:男心と秋の空
補給基地建設の工事も終わり、俺もゲーセンに飽きてきたということで、北海道への旅を再開することにした。
少し名残惜しいような気もするが、北上すればそれだけ冬が近づく。
雪で身動きが取れなくなる前にたどり着くことを考えれば、あまり悠長にはしていられなかった。
そんなわけで、四十秒で荷物をまとめた俺たちは、車で次の目的地・仙台を目指し出発した。
当然のように、運転はアイにお任せだ。
事前に走りやすいルートを選定してくれているとはいえ、道路に停車されている車やトラックを避けながら進むのは面倒過ぎる。
北海道に行ったら、何もない直線道路ぐらいは俺が運転させてもらおう。
「仙台までどのぐらいかかるんだ?」
「二時間ぐらいですね。
お昼ごろには着きますよ。
それと、先行部隊を送っているので、次の場所では最初から電気が使えますのでご安心を」
マジか……。
到着した瞬間から電気が使えるとか、神か。
アイ様様である。
着いたらまたしばらく電気無し生活だと思っていたので、素直にありがたい。
大船に乗った気持ちで、横になれるというものだ。
俺は後部座席で横になり、スマホの写真を眺める。
元々、写真を撮る習慣がなかったので、これまでは撮ってこなかった。
だが、花火をしていて、ふと、この光景を残しておきたいと思った。
それで自分で撮ったり、アイに撮ってもらったりしたわけだが――。
目を閉じていたり、口が半開きになっていたり、まあ、ひどい出来だ。
お世辞にもいい写真とは言えない。
「我ながらひどい顔だ」
そこに写った自分は、疲れた感じではあったが、力の抜けたいい表情をしていた。
髪は伸び放題で白いものが目立っているし、あごには剃りのこした無精ひげが見える。
SNSに上げたところで、何の評価もつかないだろう。
でも、残しておこうと思った。
昔はことあるごとに写真を撮りたがる連中が理解できなかったが、今なら少しわかるような気がした。
「……アイの写真はうけそうだな、いろんな意味で」
アームで花火を掲げ、夜空に浮かぶ銀色の円盤型のドローン。
大量のねずみ花火に囲まれているにゃんタンク。
それをホースで消化するスウォーム。
AI生成だと思われること間違いなしの構図だが、実写なのだ。
どれも見ているだけで、妙に和む。
結構撮ったつもりだったが、あっという間に見終わってしまった。
こんなことなら、もっと色々撮っておけばよかった。
あのゲーセン化した空港ロビーも撮っていない。
インフルエンサーなら発狂するレベルの勿体なさだ。
まあ、今更撮りに戻ろうとまでは思わないのだが。
今度からは、もう少し撮る習慣をつけようか。
不要なら見なければいいだけの話だ。
そんなことをぼんやり考えていると、車内のスピーカーから歌が聞こえてきた。
転がり続ける少女が登場する、一部界隈で割と有名な奴だ。
「どうしたんだ、これ?」
「私がいま練習中の曲です。
退屈そうなので披露しようかと。
いかがですか?」
「悪くないな。
ボカロを超えて普通の歌手みたいだ」
「……それは褒めてるんですか?
退化したようで不本意です」
どうやら褒め方がお気に召さなかったらしい。
AIの喜ぶポイントがわからない。
……それにしても、選曲がクセ強なのなんでだろう。
廻ったり転がったりするのが好きなんだろうか。
初期に取り込んだゲーム会社のサーバーに、そういう情報があったんだろうか?
謎だ。
でも、ドライブ中に聞くには悪くない。
なんか旅をしているって感じがするし。
ノリもいい。
思わずコールしそうになる。
しかし、前まではノイズだのなんだの言って、音楽をかけてくれなかったのに。
どういう心境の変化だろう?
こんなに一緒にいるのに、時々わからないことがある。
俺の頭の中も、歌のようにぐるぐる回る。
答えは出ない。
まあ、いいか。
ドライブ中に音楽が聴けるようになったのはいいことだ。
それでいい。
※※※※※
郡山を抜け、東北自動車道を北上すること、しばし。
高速を降り、海側へ向かうと、店や住宅は景色から消え、平坦な土地が広がっていた。
遠くには海岸線が見える。
アイの予告通り、昼前には仙台国際空港に着いた。
体感的には、あっという間だった。
カラオケをしていて、次は何を歌うかと考えていたら、「もう着いた」と言われ、思わず「一時間延長で」と言いそうになった。
結局、最後に一曲だけ歌って車を降りた。
本当に退屈する暇もなかった。
「……福島空港とはずいぶん違うな。
さすが国際空港というだけはあるか」
駐車場の屋根が太陽光発電のパネルになっている。
福島空港もそうだったが、こういう開けた土地は効率がいいのだろう。
海沿いの空港だからだろうか。
知らないうちに羽田との共通点を探してしまっている。
あちらは周辺に工場がたくさんあったが、こちらは住宅地や田畑が広がっている。
似ているようで個性があるのが面白かった。
「じゃあ、俺はその辺をぶらぶらしてくる。
夜までには戻ってくるから」
「承知しました。
迷子にならないようにしてくださいね。
最悪、道路の真ん中で大の字になっていてください。
上空からなら、すぐに見つけられますので」
「子供じゃないんだから、そんな真似するか!
……でも、もしもの時は頼むわ」
さすがにこんな目立つ施設を見失うことはないと思うが、万が一ということもある。
それなら一緒に行けばいいという話なのだが、俺もたまには一人になりたい。
以前は一人で探索することもあったが、本格的に北海道を目指し始めてからは、そんな機会も減っていた。
こうして意識的に時間を作らない限り、一人になることはない。
一緒にいたからといって、何か邪魔をされるわけでもない。
むしろ安全面を考えれば、アイがいた方が確実に助かることの方が多い。
それでも、やはり開放感が違う。
男には一人でぼんやりする時間も必要なのだ。
海岸沿いを、海を眺めながら歩く。
横須賀とは空気の匂いが違う気がした。
あちらは港と街の匂いが混じっていたが、こちらは潮風と土の匂いが強い。
同じ海沿いでも、場所が変われば雰囲気は全然違うものだ。
海の色も、風の感触も同じではない。
それが面白かった。
見慣れたと思っていた海辺の風景も、場所が変わればまた楽しめるようになるのは不思議だ。
どれぐらい歩いただろうか。
海を眺めながらぼーっと歩いていたら、いつの間にか空港周辺の工場地帯まで来ていた。
秋らしい柔らかな日差しが心地よく、久しぶりに何も考えずにいられた気がした。
足が少し痛くなってきた頃、パン工場を見つけた。
煙も出てないし、焼き立てのパンの香りも漂ってこない。
ただ、入口に見覚えのあるパンメーカーのロゴがあったので、すぐにわかった。
小学生の頃、社会科見学で地元のパン工場に行ったことを思い出した。
見学が終わって帰る前に、焼き立てのパンをもらったんだ。
いつも食べている奴なのに、格別に美味かった。
「焼き立てのパン、美味かったな……。
もう何年も食べてない。
久しぶりに喰いたいな」
ミリ飯に不満があるわけではないが、不意に沸き上がったノスタルジックな感傷は、なかなか収まらなかった。
おそらく今晩も、いつものミリ飯を食べることになるのだ。
それを思うと、なかなかその場を離れる気になれなかった。
「帰ったら相談してみるか……。
さすがに焼き立てパンは難しいか?
でも小麦とか材料が残ってれば、いけると思うんだよな」
外から見る限り、結構大きな工場で、大きな倉庫もたくさんある。
屋上にソーラーパネルもあるし、もしかしたら非常電源ぐらいは生きているかもしれない。
総菜パンは厳しいが、食パンとかなら材料を確保できる可能性はある。
そんなことを考えていたら、日が暮れてきたので、いったん空港に戻る事にした。
今回はロビーをゲーセンにしなくても、時間を潰せそうだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。
【お詫びとお知らせ】
投稿管理のミスで、
第21話:謎解きは掃除のあとで と 第23話:隠された真実はたいていろくでもない レボリューションズ、第30話:焦らされるのは好きじゃない と 第32話:ゴールド・エクスペリエンスの間に、本来入れるべきエピソードを飛ばして投稿してしまっておりました。
第22話:結末は思ったよりもあっけない
第31話:喜べないお宝
を挿入いたしました。
ここまで読まれて「あれ?」と思われていた読者の皆様、大変失礼いたしました。
お手数ですが、一度バックしていただき、
新しく挿入された
第22話:結末は思ったよりもあっけない
第31話:喜べないお宝
をお読みいただけますと幸いです。




