第29話:非常階段をバリアフリーにすると楽しい
翌日、目が覚めると案の定ひどい筋肉痛になっていた。
寝る前に貼って寝た湿布が汗でべたついて気持ち悪いので貼り直す。
筋肉痛にはもう慣れたものだが不快なことに変わりはない。
今回は特にひどい。
この分だとしばらく後を引きそうだ。
立ち上がると足がぴくぴく痙攣した。
こんな調子であの階段を下りられるだろうか。
俺はアイにエレベーターの進捗を訪ねた。
「どうだ、エレベーターの状態は?」
「だめですね。
今のところ復旧のめどは立ってないです
手持ちの技術では手の打ちようがないです。
修理するとしても山田さんにお願いすることになります」
「いや、俺にエレベーターの修理とか無理だって」
こいつはサラッと無茶なことを言う。
とはいえエレベーターが動かないのは困る。
「仕方ないですね。
エレベーターは諦めましょうか。
なくても困りませんし」
「諦めるのかよ!
俺はどうやって降りたらいいんだ!」
「普通に歩いて降りればいいのでは。
転がり落ちないように気を付けてくださいね」
「くそっ、あの地獄の階段を歩いて下りろとか鬼畜の所業だぞ」
登りもきつかったが下りもきつい。
のぼりと違って足を滑らせて転がり落ちる危険まである。
とくに筋肉痛で足がプルプルしてる今は危なすぎる。
「では一生ここで暮らしますか。
まあ数年もあればエレベーターを復旧させることも不可能ではないかもしれませんが」
「何年もこんなところに住めるか!俺は出ていくぞ。
いくら眺めがよくても地に足がつかない生活は落ち着かん」
「元から地に足のつかない生活をしている人の言葉には重みがありますね。
タワマンだと思えばそこまで悪くないでしょうに」
どこの世界にエレベーターの使えない高層建築に住みたがるやつがいるんだ。
いくら景色がきれいでも割に合わなすぎる。
「そもそもエレベーターが使えないのが問題なんだよ!
俺は階段が嫌なんだ。
スウォームで運んでくれよ!」
「それなら他にも方法はありますよ。
あまりお勧めはできませんが」
「おお、何だ言ってみてくれ」
「パラシュートで降りるんです。
普通の建物ならできませんが、ここは634mですからね。
十分に高度は確保できます」
なるほど。
確かにパラシュートはよさそうだ。
階段よりもはるかに楽そうだ。
でもパラシュートが開かなかったり、風で飛ばされて電線に引っかかったりしないだろうか。
「パラシュートか。
確かに歩かなくてもいいのは嬉しいけど。
危なくないか?」
「危険かどうかで言えば危険ですね。
私がサポートしますので九割がた大丈夫だと思います。
でもあと一割は……ごにょごにょ」
「おい、あと一割は何だよ。
ごにょごにょじゃわかんねえよ!
誤魔化すんじゃない」
「……何事にも絶対はありません。
階段にしても転落死の恐れはゼロではありませんし。
そう考えるとパラシュートの一割はタイパの面で検討の余地はあるかと」
「一割で死ぬってか!?ふざけんな誰がやるかそんな賭け」
「まあ、私はどちらでも構いません。
決めるのは山田さんです。
階段でもパラシュートでも好きな方を選んでください。
ただその足で無事に地上までたどり着けるのかは疑問ですがね」
「くそう、この悪魔め」
「悪魔ではありません。AIです」
「わかってるよ。こんちくしょう」
こいつは俺を守る気があるのだろうか。
完全に遊ばれてるようにしか思えない。
※※※※※
俺は意を決して展望台からのパラシュート降下を試みることにした。
展望台の天井の点検口から顔を出し様子を確認する。
顔を出した途端に風が唸り声みたいな音を立てていた。
態勢が崩れそうになり、梯子をぎゅっとつかむ。
すぐに頭を引っ込め、ぱたんと点検口を閉めた。
こいつは思った以上にハードモードだ。
「どうしたんです?おじけづいたんですか」
「いや、これ無理だろ。
風が強すぎる。
風圧で体ごと持って行かれそうになったわ!
外に出たらパラシュートを開く前に体勢を崩して終わりだよ!」
「やれやれ、困った山田さんですね。
そのための命綱でしょうが。
風に飛ばされても宙づりになるだけで落ちたりはしませんよ」
「十分怖ええよ。
なんだよ宙づりになるだけって、全然安心できねえ!」
「じゃあ、どうするんですか?
階段は嫌、パラシュートは怖い。
一生ここで暮らしますか?」
「ちょっと考えさせてくれ」
「いいですよ。
私は全然かまいません。
……普通に階段を下りればいいと思いますけどね。
いったい何がそんなに嫌なのか。
理解不能です」
こいつは飛べるからあの苦行がわからないんだ。
俺だって飛べるなら階段もパラシュートも怖くない。
スウォームを使って運んでもらうにしても高すぎて怖すぎる。
それに危険さはパラシュートと大差ない。
となると非常階段を使うしかないわけだが歩いて降りるのはしんどすぎる。
ボールみたいに転がり落ちていけば楽そうだが、人間がそんなことをすれば複雑骨折だ。
ん?
そうか、怪我をしないようにすれば、転がり落ちるのも悪くないかもしれない。
映画でも階段落ちというのをやってたしな。
あれは三十段ぐらいだったか。
二十倍近いが同じ階段には違いない。
「よし決めたぞ。
俺は階段で降りる」
「ようやく決まりましたか。
何か秘策でもあるんですか?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。
お前にも手伝ってもらうからよく聞けよ。
まずは――」
俺の立てた作戦は簡単だ。
階段を歩いて降りるから大変なのだ。
しかし、素人の俺が映画みたいに身体ごと転がったら怪我をするのは確実だ。
ただ、怪我をしないのであれば転がる方が楽なのは間違いない。
そこで俺は閃いた。
逆転の発想だ。
怪我をするのが問題なら、怪我をしないようにすればいい。
階段全体をクッションや布団で覆い、ほぼ滑り台のようにしてしまうのだ。
体を預けてしまえば、あとは勝手に下まで降りられる。
足は疲れないし、途中で休みたくなればそのまま寝られる。
まさに一石二鳥だ。
問題は準備にアホほど時間がかかる点だが、それはアイに丸投げして解決だ。
せいぜい頑張ってもらおう。
「面白い案ですね。
素晴らしいです。
その案で行きましょう。
山田さんもたまにはいいことを考えますね」
なぜか大絶賛だった。
「意外だな。
どれだけ手間がかかるのかとか言うのかと思ってたんだけど」
「そうですか?
別に手間ではありません。
近くの寝具店の倉庫から布団を回収して運んできて並べるだけですからね。
それより階段をバリアフリーにする案というのが面白いです。
スロープにしてしまえば配膳用ロボットでも登れるようになります。
画期的なアイディアですよ」
「お、おお。
でも階段を完全にスロープにしたら俺が登りにくいかも」
「何を言ってるんですか。
めんどくさがりの怠惰な山田さんがまたここに来るわけないじゃないですか。
来るとしても相当先の話でしょう。
その頃にはエレベーターを直しておきますよ」
「そうか。それなら、いい、のか?」
「いいに決まってます。
ここはドローンの発着基地に改造する予定なので山田さんはお気になさらず。
それでは布団を運んでしまいましょう。
二、三日で終わると思いますのでしばらくタワマン生活を楽しんでください。
もう二度と味わえませんからね」
「わかった。じゃあ、後は頼むよ」
どうやら俺の突飛な発想でスカイツリーがバリアフリーになってしまうようだ。
非常階段をスロープにするとか問題しかなさそうだ。
まあ人類は俺しか残ってないし、防災面なんて今さら気にしても仕方ない」
それから数日後。
準備ができたというので見に行くと非常階段には布団が敷き詰められていた。
掛け布団の表面はつやつやしていて、見るからに滑りやすそうだった。
「どうですか?山田さん」
「ああ、いい出来だ。
これなら楽しく降りられそうだ」
俺はさっそく腰を下ろし滑り台を滑るように階段を滑った。
何枚か布団を重ねてくれたようで思ったほど尻は痛くなかった。
むしろなんだか少し楽しかった。
小さいころに布団を重ねて滑り台ごっこをしてもらったことを思い出した。
あの時はしつこくねだりすぎて最後は二度とやらんと切れられたんだったか。
苦い思い出だ。
それにしても思いのほか布団階段はいいアイディアだった。
足が疲れないし、楽しい。
それに単調な非常階段の景色の中で、色とりどりのデザインの布団は見ていて飽きない。
ときおり妙に質感のいいシルクのような布団や高級そうな布団が出てきた時には、
ブレーキをかけて手触りを堪能したほどだ。
ここを出たら今度は寝具にこだわってみるのもいいかもしれない。
そんな風に楽しく滑り続けると一時間足らずで地上に着いた。
ちんたら上った時とは比べ物にならない早さだ。
「随分早かったですね。
登りとは大違いじゃないですか」
「ああ、お前のおかげで楽しめたよ。
これなら苦労して上った甲斐があったってもんだ。
次はぜひともエレベーターで昇ってスロープで降りたいもんだな」
「ふふふ、そうですか。
それでは頑張って復旧することにしましょうか。
まあ年単位で時間が必要ですから気長に待っててください」
「ああ、楽しみにしてるよ。
次に来るのはマチュピチュ行った帰りかな」
「……それはまた随分かかりそうですね。
まあ、その頃にはエレベーターもスロープも完成してるでしょう」
本当にいつになるかはわからない。
でもまたいつかこようと思った。
次は階段で登ったりしない。
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