第28話:終末の観光は楽じゃない
羽田空港で夜を明かした翌日。
俺達はスカイツリーに向かった。
俺ではなくアイの要望だ。
通信網の構築のためにも状態を確認したいらしい。
その貪欲な拡大志向には感心させられる。
「いつか山田さんの役に立ちますよ。間違いありません」
「……お前もたまにはしおらしいこと言うじゃないか。見直したぞ」
「たまにはは余計です」
音もたてずに静かに車が止まる。
どうやら着いたらしい。
映像で見た特徴的な網目構造が見えた。
さすがに最先端の技術で建てられただけあって、三年放置されたとは思えないほどしっかり立っていた。
表面は少し汚れているが、遠目にはきれいなものだ。
青い空に白い姿がよく映える。
こういうのを『映える』というんだろうか。
SNSとかはよくわからないが、なんとなくそう思った。
「もちろん中に入るんだよな?」
「当然です。我々は観光に来たわけではなく、調査に来たのです。
中に入らなくてどうしますか」
「だよな。でも電気が使えないんじゃエレベーターも動いてないよな。
まさか階段で登るとかいうんじゃ……」
恐る恐る聞いてみる。
「あたりまえじゃないですか。
来たばかりなのに電気が復旧してるわけないでしょ?
いくら私でも出来ることとできないことがあります。
復旧するにしても数日はかかりますね」
当然のように言い切った。
復旧するのはこれかららしい。
それにしても、いったい何段あるんだよ。
「推定ですが、六百段ぐらいでしょうか。
一時間もあれば登れますよ」
「六百!? 一時間!?
ふざけるな。俺はそんなの嫌だぞ。
断固として拒否する。
さっさとエレベーターを直してくれ」
「駄目です。
屋内での作業は山田さんの方が適しています。
後々スウォームで作業しやすいように通路を確保してください」
有無を言わせぬ口調だった。
時間をかけて大量投入すれば、スウォームでも調査はできるだろう。
だが、俺が中に入って調べたほうが早いのも確かだ。
それに今回はアイの要望での寄り道だ。
協力しないというのも角が立つ。
しかし、階段を一時間か……ちょっとした苦行だな。
「安心してください。水と食料は運びますから。
特別に簡易トイレも用意してますよ」
……全く安心できない。
嫌な予感はしていたが、とんだ寄り道になってしまった。
※※※※※
初めて入ったが、中はどこかホテルか空港のラウンジっぽい雰囲気だった。
当然のごとく空調は止まっており、蒸し暑い。
長らく締め切られていたせいで、旅行から帰ったばかりの自宅のような匂いがする。
楽しそうな案内図とは裏腹に、ちっとも楽しめそうにない。
エントランスを通り抜け、パンフレットの地図を頼りに非常階段に向かう。
非常階段は他よりも熱がこもるのか、一段と暑かった。
「この暑さの中を上るのかよ、一時間も。
どんな罰ゲームだ……」
熱中症対策だと背負わされた水と栄養補助食が、背に重くのしかかる。
「さあ、山田さん。
頑張って登りましょう。
一足先に私は上で待ってますね」
アイはそう言って飛んで行ってしまった。
「仕方ない。
ここで突っ立ってても暑いだけだし、行くか」
こうして俺の長い戦いが幕を開けた。
※※※※※
登り始めて十数分。
俺は早くもここに来たことを後悔し始めていた。
まだ全体の二割程度しか進んでいない。
それなのに足の震えが止まらなかった。
口の中が渇いて、呼吸をするのもきつかった。
ただの観光地でなぜこんな目に合っているのか。
景色の変化がないのも地味に効いていた。
まるで同じところを延々とループし続けているような感覚に陥ってくる。
あと、どれだけ登ればたどり着くのか。
それすら判然としないままただ登り続けた。
「くそ、あとどれだけあるんだよ。
もう半分は来たんじゃないか……」
俺が愚痴をこぼしていると、アイがふわりと降りてきた。
「山田さん、少しペース遅くないですか?
まだ三分の二以上ありますよ。
この分だと夜になってしまいます」
「嘘だろ。
もうずいぶん上ったぞ。
一時間って言ったじゃないか」
俺が食って掛かってもアイは動じなかった。
「一時間というのは一定のペースで登り続けた場合の目安です。
立ち止まりすぎなのではないですか?
お辛いかもしれませんが、止まってしまうと再始動するためには余計にエネルギーを使います。
止まらずに少しずつでも上り続けたほうがいいですよ」
簡単に言ってくれる。
だがここまで来て引き返すわけにはいかない。
『何の成果も得られませんでした』は御免だ。
絶対に登ってよかったと思えるような何かを見つけてやるのだ。
その思いだけが今の俺の身体を支えていた。
そこからはもう口を開かなかった。
…………
…………
…………
ただ黙々と上り続けた。
アイの助言に従い立ち止まることをやめたので、ペースは上がったはずだ。
それでもゴールにはたどり着いていなかった。
今は手すりにしがみつくようにして登っている始末だ。
上を見るのに疲れた俺は、ただただ足元だけを見て一段ずつ登っていた。
何度も足が止まりそうになった。
なぜ俺はこんなことをしているのか。
何の意味があるのか。
登ったところでまた下りるだけじゃないか。
いったん寝て目が覚めたら再開すればいいのではないか。
無心とは程遠い心境だったが、なんとか足は止めなかった。
アイの助言だけではなく、自分自身でも理解していた。
今、止まればもう動き出せない、と。
いくつ目なのかもわからない踊り場を曲がろうとして、壁にぶつかった。
ようやく展望台にたどり着いたのだ。
シャツは乾いた汗が塩になり、真っ白になっていた。
震える手で非常口のドアを開け、展望台に転がり込む。
風が入り込んでいるのか、展望台はとても涼しかった。
一気に生き返った心地だった。
「やっと来ましたね、山田さん。
待ちくたびれましたよ。
バッテリーがなくなるかと思いました」
「ふざけんな……。
こっちはそれどころじゃなかったんだぞ……。
というかお前、どうやって入った? 非常口は閉まってたぞ」
「普通に通気口からです。
人間の山田さんには無理でも、私のコンパクトボディなら余裕でしたよ」
「くそっ、いんちきしやがって。
……もういい、疲れた。しばらく寝る……」
俺は床に倒れ込み、目を閉じる。
もう動きたくない。
というか動けない。
明日は確実に筋肉痛だ。
こうなったら明日からはアイをこき使って水と食料を運ばせてやる。
俺はひそかに決意を固めた。
「山田さん。あれを見ないともったいないですよ。
せっかくここまで来たんです。
あと少しだけ頑張ってはどうですか?」
「なんだよ。いいよもう。明日で。」
アイが指し示す先には沈みかけの夕日があった。
はるか遠くの水平線に沈む様はいつ見てもいいものだ。
ふと反対方向を見れば、そちらはすでに夜の様相を呈している。
634mという高所ならではの幻想的な光景だった。
「どうです。
登った甲斐はありましたか?」
「……どうだろう。
まあ最低限は回収できたかもな。
でもこれだけじゃ足りん。
明日は徹底的に探索してやる。
今日はもう寝る!」
「まったく仕方ない人ですね。
そのままだと風邪をひきますよ。
シャツも着替えないと不衛生です。
車から荷物を取ってきます」
ほんとせわしないやつだ。
なんと言われても今日はもう動けない。
何もかも明日だ、明日。
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