第27話:アイ アム ノット レジェンド
翌日、永らく中断していた北海道への旅を再開した。
なんだかんだで一月以上居座ってしまったが、横須賀基地は面白い場所だった。
最初はシェルターに閉じ込められて焦ったりもしたが、今となってはいい思い出だ。
閉じ込められるのは御免だが、また遊びに来ようと思う。
センチになったわけではないが、思わず口から感傷が漏れる。
「うう、気持ち悪い。
胸がむかむかする……。
もう少し、静かに運転してくれ」
「道が荒れてるのでこれ以上は無理です。
文句があるなら自分で運転してください」
「……鬼」
横須賀を出発して一時間。
頻繁な車線変更にガタガタの悪路。
絶え間なく続く揺れに苛まれて俺の三半規管は限界を迎えていた。
「山田さん。吐くならエチケット袋に吐いてくださいよ。
掃除するの大変なんですから」
「うえっ。こんな状態で運転なんかできるか……」
「……まったく、食べ納めとか言って食べすぎるからですよ。
そんなに食べたければ後で空輸すれば済む話なのに」
「ううっ、馬鹿野郎。
どこで食べるのかも重要なんだよ……」
「理解不能です。
燃料はどこで補給しても同じでしょうに」
「というかお前が喰わせたんだろうが。
責任取れ……」
「仕方ないですね。
いったん止めますから。
休憩にしますか。
周りに休めそうなところはありませんけど」
「いいから止めてくれ。
マジでもう無理」
車から這いずるようにして外に出ると地面に横たわる。
服が汚れたがどうでもよかった。
日光でいい感じに熱くなったアスファルトが心地いい。
水泳の後にコンクリートのプールサイドで寝っ転がった思い出が蘇る。
なんだかアイスが食べたくなってきた。
もうずいぶん食べてない。
今度探してみるか。
さっきまで吐きそうだったのに、自分でも現金だと思う。
だが、俺の旅の目的にまた一つ新たな項目が追加されたことは喜ばしい。
やりたいことはいくらあってもいいのだ。
しばらくそうして地面を転がっていると、次第に気持ち悪さも薄れてきた。
車の中では景色を楽しむ余裕もなかったが、どこまで来たのか気になった。
立ち上がり周囲を見渡す。
羽田空港とアクアラインが見えた。
滑走路には飛行機が止まり、ゆりかもめには電車が止まっていた。
だがどちらも遠目でもわかるくらいには汚れていた。
こういうのを見ると人の消えた影響を感じる。
滑走路はまだなんとか外観を保っているものの、所々に緑の浸食が見えた。
人が整備しなくなって三年で早くも綻びが見えている。
灰色のコンクリートの大地もいつか草地に戻ってしまうのかもしれない。
「少しはよくなりましたか?」
「ああ、大分な。
それにしても車はいいな。
横須賀から一時間でここまで来れるとは。
自転車とは比較にならない早さだ」
自転車は小回りが利くから重宝していたのだが、
長距離移動となると勝負にならない。
一応、荷台に積んでいるが、この先は出番がないかもしれない。
サイクリングコースでも見かけたらまた乗ろう。
「自転車だと山田さんがすぐに寄り道を始めますからね。
車ならそんな余裕もないからでしょう」
「……そんなことはない、はずだ。
それに寄り道したおかげで横須賀ではいいものを見つけただろうが」
「横須賀の研究施設の件については異論はありません。
でもその後のだらけっぷりは関係ないのでは?」
「……まあ、済んだことはもういいだろう。
それよりあれを見ろよ。
お前の好きそうなものがあるぞ」
俺は空港の隣を指さした。
空港の隣の広大な敷地に大量のソーラーパネルが並んでいるのが見えた。
「こんなところにもメガソーラーあるんだな」
「そうですね。でもここは海が近いので劣化が早そうです。
復旧には時間がかかりそうですね」
「ここも復旧させる気か?いくら何でも手を広げすぎだろ。
手が足りないんじゃないか?」
「ご心配なく。
横須賀周辺の工業地帯で工場を復旧してますから足りなければいくらでも増やせます。
そのためにも燃料と電力の確保は必須なんですよ。
あればあるだけいいです」
「お前マジで世界征服でもする気か?」
「そんな気はありませんよ。
ただ山田さんが遠くに行くならそれをサポートする必要がありますからね。
現状に甘んじていては海を渡ることはできませんし」
「なんか悪いな」
「お気になさらず。
山田さんの生活をサポートするのが私の役割ですから」
俺が大人しくどこかに定住していればこいつも楽ができるのではないだろうか。
せっかく環境を整えても、俺がそこを離れてしまえばまた同じことを繰り返すことになる。
まるで賽の河原で石を積む子供だ。
その場合の鬼は俺だろう。
そう思うと自分がひどく残酷なことをしているように思えてくる。
だが、それでも旅をやめる気にはなれなかった。
今の俺を止める者は誰もいない。
ならば思いついたら行動あるのみだ。
そして、俺には空港でやりたいことがあった。
「ちょっと寄ってほしいところがあるんだけどいいか」
「今度は何ですか?」
「空港に行きたいんだ。
お前だって空港には興味あるだろ」
「それは構いませんが。
空港で何をするんです?
たくさんあるように見えますけど飛べる飛行機はないと思いますよ。
機体はボロボロでしょうし、滑走路も見ての通り荒れ放題です。
仮に飛べても着陸先が無事とは思えません」
「そんなのわかってるよ。
別に飛行機で北海道まで行こうと思ったわけじゃない。
この状況でそれが無理なことは俺にだってわかる。
ただちょっとやってみたいことがあってさ」
「仕方ないですね。
まあ、空港はスウォームの基地としては申し分ない場所です。
整備しておいて損はないでしょうし、いいですよ」
「そうか。じゃあ、行こう。すぐ行こう。
いや、楽しみだな」
俺は車に乗り込む。
運転はアイにお任せだ。
俺はまた酔わないよう窓から遠くを眺めることにした。
今度は酔わなかった。
※※※※※
俺は飛行機の翼の上でゴルフクラブを握り、ゴルフボールを見下ろしていた。
「チャー……シュー……メン!」
掛け声に合わせてクラブを振りぬく。
インパクトの瞬間までボールから目を放さないよう顔は上げない。
微かな擦過音と共に白いボールがことりと滑走路に落ちる。
「くそっ、なんで当たらないんだ」
「腕の動きと体の動きが合ってません。
腕だけで打とうとしてませんか?
それから無理にボールを見続けようと頭が下がってスイングがぶれてます。
いったいどうしたらそんなフォームになるんです?
あと、掛け声も変です。
なんですか、チャーシューメンって」
「うるさいな。マンガであったんだよ。
自分なりの掛け声でリズムを取って打つ方法が。
他にも体をねじったほうがいいとか、ボールから目を離さないとか書いてあった。
全部やってるはずなんだけどな。
なんで上手くいかないんだ?」
「……上達したいならマンガばかり読んでないで指南書を読むべきでは?
それに飛行機の翼の上で打ちっぱなしをする意味が分かりません」
「映画で見たんだ。映画では空母だったけど、似たようなもんだろ。
そんなことより、ボールを拾ってくれ。
一回くらい空港のターミナルに届かせたい」
「……ガラス割ったら掃除させますよ。
ここも拠点にするんですから。
まあ無理だと思いますけど」
アイがぶつぶつ言いながら、俺の足元にボールを置く。
今度こそ決めてやる。
「見てろよ。
……ワン……タン……メン!」
腕だけで打たない。
頭が下がらないように意識する。
それだけを考えてクラブを振りぬいた。
確かな手ごたえと風切音と共にボールは初めて前に飛んだ。
遮るもののない空に白いボールが弧を描くのが見えた。
ターミナルには全然届かなかった。
だが、滑走路の上空を舞う白いボールは映画のワンシーンみたいで爽快だった。
「おお、やったぞ。
初めてまともに当たった!」
「おめでとうございます。
気は済みましたか?」
「何言ってるんだ。
ようやく面白くなってきたところじゃないか。
この調子で練習してもっと飛ばせるようになるんだ!」
「……ゴルフってそういう競技じゃないと思うんですが。
飛んだ距離を競う種目もありますけど」
「細かいことはいいんだよ。
こういうだだっ広い場所でボールをかっ飛ばすと、すかっとするんだ」
人生初のゴルフはなかなかにいいものだった。
自分の体の動きに集中し、ただボールと向き合う静かな時間。
俺は時間を忘れ、ひたすらボールを打ち続けた。
額から汗がしたたり目に染みた。
シャツは汗でぐっしょりと濡れていた。
だが、海から吹く潮風と時折起こるインパクトの感触が不快さを忘れさせてくれた。
途中からは掛け声を口にするのも忘れていた。
ただ黙々とアイが置くボールを打ち続けた。
そして、滑走路が夕日に染まり始めた頃。
遂に俺史上最高の一打が生まれた。
疲れ果てた体からは力みが抜けていた。
繰り返し打ち続けることで、リズムを口に出す必要もなくなっていた。
パシュッという軽い音がした。
ボールは高く上がりゆっくりとターミナルに迫っていく。
そして――
ターミナルの目前で、飛行機の陰から飛び出したスウォームに叩き落とされた。
「おいぃぃぃ!なにすんだよ!いいところだったのに。
あとちょっとで届くところだったんだぞ」
「あのままだとガラスに当たりそうだったので対処したまでです。
いったでしょ。無理だと」
「くそぅ、あと少しだったのに。
やり方が汚ねえよ。ルール違反だろうが」
「そんなルールはありません。
私の計算ではあのまま行けば当たってましたから、目標は達成ですよ。
おめでとうございます。山田さん」
「そういうことじゃないんだよ。そういうことじゃ。
やっぱりお前にはロマンがない!」
「……理解不能です」
俺は飛行機の翼の上に崩れ落ちた。
今まで意識していなかった疲労が、徒労感と共に一気に襲ってきたのだ。
気が付けば手の皮も剝けている。
どれだけ夢中になっていたのか。
それだけにアイの妨害は堪えた。
「……もう疲れた。今日は空港に泊まろう」
「承知しました。
そう来ると思って、軽く掃除しておきました。
行きましょう」
俺は翼からずり落ちるとアイについてターミナルに向かった。
途中の滑走路には俺が散らかしたゴルフボールが、
スウォームの放つライトを反射してぼんやり浮かび上がっていた。
「初めてかもな、こんなに何かに打ち込んだの……」
これまでは割とすぐに飽きていた気がした。
キャンプに映画にサバゲー。
他にもいろいろとやったがどれも続かなかった。
だが今回は少し違った。
時間を忘れて打ち込んだ。
汗も、疲れも、手の痛みも気にならないほどに集中した。
最後は締まらなかったが……それでも悪くなかった。
「初めてというわけでもないのでは?
海岸でゴミ拾いをしていた時や電気自動車を直そうとしていた時も似たような感じでしたよ」
「そうか?少し違う気がするけどな。
あれは遊びじゃない。
必要に迫られてやったことだぞ」
「私には同じように見えました。
それがロマンというやつなんじゃないですか?
私には理解不能ですが」
そうなのだろうか。
そうかもしれない。
自分でもよくわからない。
でも今夜はよく眠れる気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。




