第3話:自転車は意外と楽しい
結局、人が消えた理由は分からなかった。
気にならないと言えば嘘になるが、俺はこの件についてはいったん保留にすることにした。
ある日、突然、世界が滅んだとして、
たまたま助かった人間に全容など解明できるものなのか、
というのが理由だ。
俺は映画の主人公ではないし、科学者や陰謀論者でもない。
ただの一般人だ。
そんな俺がこんなSFじみた謎を解き明かせるわけがない。
せいぜいコンビニの新聞を漁ってこの後何かあったんだな、と想像するのが関の山だ。
そもそも、この現象がどこまで発生しているのかも不明だ。
なんとなく勝手に世界中がこうだと決めつけているが、案外、日本だけかもしれない。
だが、それを確認する方法がない。
それこそ世界中を旅してまわればいいのだろうが、いったいどれだけの時間がかかるだろう。
ネットが使えればSNSで状況を確認できるかもしれない。
だが、そのネット自体が使えない。
(わからないことが多すぎて頭が痛くなる)
つまるところ、俺にわかるのは身の回りのことだけということだ。
見える範囲に人はいない。
ネットも使えない。
何もかもが放置されている。
世界中がこうなのかはわからない。
だが違うとも思えなかった。
これがすべてだ。
それが片道二時間のコンビニ探検を終えた俺の感想だった。
※※※※※
コンビニを出た俺が次に向かったのはホームセンターだ。
物資に困ってるわけではないが、色々と欲しい道具はあったし、なにより移動の足が欲しかった。
どうせなら新品の自転車を選びたい。
幸いコンビニからそれほど離れていない場所に、郊外によくあるホームセンターがあった。
駐車場には無数のボロボロになった車が鎮座していた。
(まるで車の墓場だな)
スクラップ工場とはまた違った不気味さが漂っていた。
比較的見た目がきれいなのもあったが、何年も野ざらしの車だ。
修理したり、動く車を探したりするのは割に合わない気がした。
それに今ならカーディーラーで高級車を手に入れることだってできる。
そう思うと、なおさら、こんなところで壊れているかもしれない車に手を出す気にはなれなかった。
そんなことを考えながら駐車場を通りすぎ、店内に入ると中は薄暗かった。
幸い、入り口付近のワゴンに懐中電灯が積まれていた。
俺は一つ手に取り、点灯させて奥へ進んだ。
自転車コーナーはすぐに見つかった。
この店に来るのは初めてだが、ホームセンターというのはどこも似たような造りで助かる。
あれこれ考えながら見て回ったが、どれも似通っていた。
かごがついてるか、ギアがついてるか、せいぜいその程度の違いだ。
値段もそんなに変わらない。
まあ、ホームセンターの自転車コーナーなんてこんなもんだろう。
さんざん悩んだ挙句一番高いスポーツタイプのやつにした。
乗ってみて合わなかったら取り換えればいい。
クーリングオフみたいなものだ。
俺は自転車にまたがり誰もいない店内を試乗して回った。
広い通路に散乱する商品をよけながらすいすいと走る。
海外ではローラースケートを履いた店員が店内を走り回っているのを見て
驚いたものだが、今の俺はそれを上回る暴挙を行っている。
久々に乗ったが自転車は最高だ。
月並みな表現だが、まるで風になった気分だ。
俺は調子に乗り細い通路に飛び込む。
ハンドルを右に左に操って床に転がった障害物を避けていく。
自分にこんな才能があったのかと気分が高揚していた。
そして調子に乗ってウィリーを試そうとして、転んだ。
自転車は横倒しになり滑っていった。
床にこすった肘とひざが痛んだ。
自転車でこけてけがをするなんて小学生以来だ。
四十過ぎて何をやっているんだろうな。
自業自得だ。
痛む傷口をかばいながらトイレで傷口を洗った。
水道が生きててよかった。
(水道が生きてる。三年経ってるんだぞ。
あり得るのか?)
俺は気になってもう一度蛇口をひねった。
少し濁っているようにも見えたが、おかしな匂いはしない。
(誰かが管理していた?
いや、そんなはずはない)
ある日突然全人類が消えたわけではなく、
特定の地域から少しずつ人が減っていった。
そんなSFホラーじみた想像が頭をよぎった。
俺は嫌な想像を追い出すように水で顔を洗った。
今は水が出ることを喜ぼう。
気が向いたら浄水施設を見に行けばいい。
そう思いなおしてトイレを出た。
※※※※※
俺は転倒し傷が付いた自転車を放置し、同じ型の別の自転車を拝借して外に出た。
新しい自転車が山ほど並んでいるのに傷物の自転車にこだわる気はしなかった。
店内が暗かったので気が付かなかったが、外も真っ暗になっていた。
暗闇に浮かぶ自動車の群れがなんだか不気味だった。
(いったい何時間遊んでいたんだ)
すごすごと店内に引き返した俺は仕方ないのでここで一晩過ごすことにした。
遊ぶのに夢中で気づかなかったが、静まり返って真っ暗な店内は不気味だった。
今までなんとも思っていなかったが、気が付いてしまえばもうだめだ。
居るはずもないのだが、殺人鬼やゾンビが出てきそうに思えて仕方なかった。
取り合えず明るくしようと懐中電灯を握りしめ、キャンプ用品のコーナーを目指した。
そこにはテントや椅子、ランタンが展示されていた。
まるで今の俺のために用意されたかのような品揃えだった。
(よし、これをそのまま使おう)
俺は床に落ちていたランタンの電源を入れた。
ひしゃげた展示用テントを立て直し、その中へ潜り込む。
ゴロンと横になると背中が痛かった。
寝袋が必要だった。
俺は無駄に何枚も寝袋を敷き詰めるとその上に横たわった。
床の冷気が遮断され体温で温かくなった寝袋が心地よかった。
腹が減っていたが動くのが億劫だったのでそのまま目を瞑った。
風邪をひくかなと一瞬思ったが、寝袋に入り直すのも面倒だった。
(室内だし、平気だろ。
今日はなんかすごい疲れた)
とりあえず自転車は手に入れたし、今日はもうこれでいいことにしよう。
締め切りがあるわけでもない。
マチュピチュに行きたいとは思ったが、どうしても行かないといけないわけでもない。
よく考えたらめちゃくちゃ無謀な気がしてきた。
飛行機でも一日二日かかった気がする。
船だと二、三ヶ月ぐらいか。
船の知識もない俺に行けるだろうか。
船があっても燃料がないかもしれない。
三年も放置されてたら車みたいに動かなくなっていても不思議ではない。
いっそヨットでも使うか。
いや、なおさら無理だ。
風向きも航路も何も知らない。
考えれば考えるほど、できない理由ばかりがあふれてきた。
とはいえ他にやりたいこともない。
シェルターに閉じ込められていた頃は、正気を保つために『やりたいことリスト』なるものを作っていた。
だが、こうして外に出てみると、あのリストはどうでもいいものになっていた。
ああいうのは実現できないことを妄想するから楽しいのであって
リストを見ながら一つ一つやっていったのではただの作業になってしまうのだ。
気づけばやっていた。
それぐらいがちょうどいい。
まあ、でも、マチュピチュはともかく船の運転は面白そうだ。
陸地の近くを走らせるぐらいなら試してみてもいいか。
いきなり太平洋横断は無理でも、港の周りをぐるぐるするぐらいなら俺にもできるだろう。
(ホームセンターに船関連のものって何かあるかな?
後で探してみるか。
ネットが使えたら色々調べられるのに。
……なんか眠くなってきたな。
今日はもう寝よう)
行きたい場所も、やりたいことも、その場の思いつきばかりだった。
結局、自分が何をしたいのかもよくわからない。
強制されること、従うことに慣れ過ぎていた。
社長を嫌っていたのは確かだ。
仕事を辞めたいとも思っていた。
だが、いざ解放されてみればやりたいことさえ明確ではなかった。
その場、その時の感情で衝動的に動くことはあっても、これをやり遂げたいという目標はなかった。
そんなものはとっくの昔に失われていた。
ここで誰か親しい友人や恋人でもいれば別だったのだろうが、俺は一人だった。
文字通りの孤独。
どこで何をすればこの孤独は埋まるだろう。
それを探すのもいい気がした。
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