第2話:ネットはつながらないし、新聞は役に立たない
シェルターに戻った俺は再びキッチンの引き出しを漁った。
だが、草刈りに使えそうなものは包丁しかなかった。
なんか刃の部分におしゃれな模様が入った高そうなやつだ。
切れ味は良さそうだがさすがにこれで草刈りをするのはためらわれた。
なんというか鍋で泥をすくような、そんな本来の用途から外れすぎている感覚だ。
こういう融通の利かなさが出世できない理由なんだろうなとは思う。
ダメもとでアイに聞いてみた
ちなみにアイはAIコンシェルジュのことだ。
三年間の孤独に耐えきれず、いつの間にか名前を付けていた。
「草を刈るのに適した道具は収納されていません。
でも除草剤なら倉庫にありますよ」
「まじか!それでいこう。
時間はかかりそうだけど今更だ」
こうして俺はアイの指示に従い倉庫にあった除草剤を入口周辺に撒いた。
これでしばらく待てば通りやすくなるはずだ。
ただ待っていても仕方ないので麓に降りるための準備をすることにした。
ざっと見たところ来るときに通った道は草木で覆われているだろう。
迂回したら道に迷うかもしれない。
そもそも人が通れるような道が残ってる保証もない。
ならば確かなルートを少しずつでも切り開いたほうがいい。
※※※※※
除草剤をまいて一週間が過ぎた。
大分枯れてきて少し歩きやすくなってきた。
毎日少しずつ除草剤をまき、
素手でどうにかなる範囲の草木を片付けていった。
かつて一時間で行き来できた道を整備するのに何日かけるのかと思ったが、
やり始めた以上は途中でやめるという選択肢はなかった。
なんだかんだであの昭和脳の社長に毒されてしまっているんだ、俺は。
でも不思議と悪い気はしなかった。
地道な作業を続けること一か月。
ついに麓までの道が開通し、三年前に置き去りにしていた愛車と対面した。
なんだか昔の同僚と退職後にばったり再会したような気恥ずかしさがあった。
そして、予想はしていたが、とても動かせるような状態ではなかった。
全体的に傷だらけでガラスも全部割れている。
無事なところを探すほうが難しかった。
内装も吹き込んだ雨風でぐちゃぐちゃになっていた。
そして俺のスマホはといえば、なんと無事だった。
水たまりに落として乾かしたみたいになってたが、
充電すれば動きそうな程度にはきれいだった。
おっさん臭いと言われても手帳型のスマホカバーをつけていた俺の勝利だ。
俺ははやる気持ちを抑えきれず足早にシェルターに戻った。
別に社長からの連絡が気になったわけではない。
いま世界がどういう状況なのか、一刻も早くそれが知りたかった。
※※※※※
結論から言うと、何もわからなかった。
まずネットがつながらない。
スマホに届いていたメッセージは確認できたが、
社長の『日報はどうした』というどうでもいい業務連絡しか残っていなかった。
あとは推察するしかないが少なくともスマホの電源が切れるまでは
何事もなく世界は続いていたということだ。
うん、結局何もわかってない。
正直当てが外れたという思いが大きい。
多少なりとも何かわかるんじゃないかと思っていた。
戦争が起きたとか、大災害が起きたとか、隕石が降ったとか。
そんなわかりやすい大事件がネットに蔓延している。
そういう期待があった。
だが考えてみれば無理もない。
スマホのバッテリーなんて使わなくても一日二日しか持たないのだ。
ネットが使えなければ得られる情報は知れている。
となれば次は物理媒体で確認するしかない。
新聞だ。
どこかで新聞を調達できれば少なくともいつまで輪転機が回っていたのかぐらいは分かる。
俺は最寄りのコンビニを探そうとして手を止めた。
地図アプリも動かないのでは?
おそるおそるアプリを開く。
表示された画面を拡大し最寄りのコンビニを探す。
車で三十分、徒歩で二時間だった。
俺はげんなりしてスマホを閉じた。
※※※※※
俺が新聞探しの旅に出たのはスマホを救出してから一週間後だった。
俺がしばらく留守にするとアイに告げたところ、しばらく雨が続くので傘を持っていくように勧められたのだ。
そして傘を持って出かけようとして、傘がないことに気づいた。
シェルターに雨は降らないから、当然備蓄されていない。
仕方がないのでアイの天気予報に従って、雨雲が通り過ぎるのを待つことにした。
そしてふと気づいた。
天気予報を参照できるならここならネットに繋がってるのでは?
そういえばアイに世界情勢を確認したことがなかった。
とにかくここから出る方法ばかりを気にしていたからだ。
自分の馬鹿さ加減に嫌になるが済んだことだ。
「アイ、ネットに接続できるのか?何か最新のニュースを教えてくれ」
「当シェルターでは機密保持の観点から外部へのアクセスは制限されています。
現在リアルタイムで参照可能な情報は地図情報、天気情報のみです」
「……まあそうだよな。地図に天気か。
便利といえば便利だけど」
正直、スマホの地図アプリで十分だし、天気情報はどうでもよかった。
それにしても機密保持か、なんのための制限何だろう。
大富豪の考えることは分からんな。
ハッキング対策か?
不便だと思ったが、AIを乗っ取られたら閉じ込められるか。
そう考えると正しいのかもしれない。
というかあのエレベーターの不調は結局何だったんだろう。
今は普通に使えてるけど急に動かなくなると怖いな。
コンビニ見つけたら工具箱も探してこよう。
というか往復四時間きついな。
行きたくなくなってきた。
でも行かないと何もわからないし。
車さえ使えたらなんてことないのにな。
こんなことなら駐車場も組み込んでおけばよかったな。
車用の出入り口が必要になって、工期と予算が倍増するから、
やめたほうがいいとか言わなきゃよかった。
どのみち麓からここまでの車道がないんだから同じか。
意味のない後悔だったな。くそ。
アイの予報通り雨は数日続き、
その後もなんだかんだ理由をつけて先延ばしにしていたら一週間が過ぎていた。
こうして俺はようやく渋々と新聞探しに出かけた。
※※※※※
運動不足の体を引きずりながらたどり着いたコンビニは愛車同様にひどい有様だった。
ガラスはあちこち割れてるし、店内もぐちゃぐちゃ。
ただ商品自体は略奪されたような形跡もなく、ほとんど残っていた。
ジュースや缶詰なんかはいけるかと思い製造年月日を見た俺は固まった。
二〇二六年六月。
(六月時点ではまだ普通に回っていたということか……。
って、新聞を探しに来たんだった)
慌てて目的の新聞を探しだした俺が見つけたのは、
二〇二六年七月二十七日付の朝刊だった。
俺がシェルター生活を始めてから、ちょうど一ヶ月後の日付。
それ以降の新聞は、一部も見当たらなかった。
つまり、俺が閉じ込められていたことに気づいた日の
「その直前」までは世界は普通だったということか。
あるいは外に出ることができていたら、俺も一緒に消えていたのかもしれない。
そう考えると、原因がわからない今の方がましに思えた。
新聞を手に座り込んだ俺は内容を一つ一つ読み込んでいく。
こんなにじっくり新聞を読んだのは小学校の課題依頼だった。
あの時は面倒になって友達のを真似して書いたんだったか。
今は自分の意思で真剣に読んでいた。
あたりが暗くなり読みにくくなったところで失敗に気づいた。
こんなところで読まずにシェルターに持って帰ればよかったんだ。
(いつもこうなんだ、俺は)
夢中になると後先考えずに没頭してしまう。
おかげで無駄に時間を使ってしまったり、段取りが悪いと言われる。
社長の『仕事は遅いが馬鹿丁寧』という評価は妥当というしかない。
決して好きになれない人だが、無能ではないのだ。
そして、また、自己嫌悪に陥り時間を無駄にしている。
まあいい、幸いバックヤードの方はそれほど汚れてなさそうだ。
ここで一晩過ごそう。
懐中電灯や電池もあるし缶詰もおかしもある。
俺は落ち込んだり立ち直ったりを繰り返しながら一人でコンビニキャンプを楽しんだ。
気づけば誰もいない店内で一人喋っていた。
まあ三年も一人だったんだ。
今さら気にすることでもないだろう。
※※※※※
さて、一人でぶつぶつ言いながら、新聞を読み込んで分かったのは、
二〇二六年七月二十七日までは世界は普通だったということだ。
戦争も災害もパンデミックも何もない。
政治家の失言を叩いたり、芸能人の不倫を問題視したり、老後の不安を煽ったり。
そんないつもと変わらない記事しか載っていなかった。
こうなってくると俺の興味はだいぶ薄れてしまった。
もっと劇的な何かがあると思っていたのに肩透かしを食らった気分だ。
いっそUFOの大群とかが押し寄せて、宇宙戦争でも勃発していれば大いに興味を惹かれただろう。
だが、現実はそうではなかった。
ある日突然誰もいなくなり、文明の痕跡だけが残った。
そんな空虚な事実だった。
そこで思い出したのがインカ文明の遺跡、マチュピチュだ。
友人が新婚旅行で奥さんを連れて行って死ぬほど怒られたと言っていた。
俺はうらやましいと思って聞いていたのを覚えている。
あれも確かある時を境に人が消えて遺跡が残ってたという話だった気がする。
歴史は繰り返すということだろうか。
そうなると俄然、マチュピチュが見に行きたくなってきた。
どうやったら行けるだろう。
船か飛行機か。
どちらも運転できないが、船なら時間をかければ行ける気がした。
よし船を探そう。
あと操縦の仕方も調べないといけない。
本屋にあるだろうか。
図書館の方がいいか。
考えることが多すぎて決められない。
そういえば結婚式の準備をしていた同僚が同じようなことを言っていた。
あちらには制限時間があるがこちらにはない。
時間だけはたっぷりある。
俺はコンビニのエコバッグに必要になりそうなものを詰め込めるだけ詰め込んだ。
街に向かおうと思って足を止めた。
傘を忘れていた。
床に散乱していた傘を拾い上げて店を出た。
雨は降っていなかった。
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