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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第一章 シェルター編

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第1話:シェルターに閉じ込められた

「え、俺が行くんですか」


 俺は社長に呼び出され、引き渡し前のシェルターの最終点検に行ってくるよう言われた。

 ようやく竣工が終わり、有休でも取ろうかと思っていた矢先だった。


(なんで俺なんだよ……)


 俺の不服気な態度に苛立ったのか社長は語気を荒げた。


「当たり前だ。お前が設計したんだろうが!

 最後まで責任もって点検するのが、真のクリエイターってもんだ」


「はあ」


(俺は設備施工エンジニアであってクリエイターじゃない。

 社長の頭の中ではモノを作るやつはみんなクリエイターなんだな)


「……ったく、覇気のない奴だ。

 そんなんだから古参でも出世できないんだ。

 もっと気概を見せろ、気概を」


 平成を通り越して昭和脳な社長は持論を当たり前のように押し付けてくる。

 社長の言う気概というものが理解できない。


 居酒屋の店員みたいに『はい、喜んで!』とでも言えばいいのか。

 そういや他の連中が電話口でたまに口にしてたが相手は社長だったのか。

 ……二十年目の真実だな。


「俺はな、お前のためを思って言ってるんだぞ。

 いつまでも部下もいない名ばかり管理職じゃ嫌だろ?

 ここらでお前が頼りになる男だってことを行動で示してくれれば、

 部下の一人も預けてみるかってなるんだよ。

 な、わかってくれるよな」


 そう言い続けて十年経ったんだよな。

 結局全部俺一人で対応したんだけど。


 忘れてるどころか気にもしてないんだな、この人。


 十年かけて完成した最新のシェルター。


 追加要望に応えているうちに大分キメラな設計になってしまったが、施主の威光には逆らえない。

 金払いだけはいいので社長はホクホク顔だったが、付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。


 施主は社長の私的な付き合いのある海外の富豪らしい。

 社長と気が合う時点で、だいたい察しがつく。


「わかりました。行きます」


 どのみち断れるはずがない。

 最悪、減給か解雇もあり得る。


 巨大プロジェクトが終わったから人員整理するとか、容易に想像がつく。


 俺が渋々承諾すると社長は途端に機嫌をよくして話し出した。


「そうかそうか。

 お前ならそう言ってくれると信じてたぞ。

 他のやつに任せようかとも思ったが能力的にちょっと心配でな。

 その点お前は仕事は遅いし、要領は悪いが、馬鹿丁寧だから安心だ」


 本人は褒めているつもりなのだろうが、こっちは褒められている気が全くしない。

 他のやつが力不足なのを把握している点だけはさすがだった。


「前から言ってるが、これは他の案件全部合わせたよりでかい案件だ。

 絶対に、絶対に失敗できん。

 だから実際に一か月現地に泊まり込んで、不備がないか徹底的に身体で確認してくれ」


「え、一か月も……」


「そうだ。なに、ちゃんと一か月分の給料は払ってやる。

 有休がたまってただろうからたっぷり一か月の長期休暇だ。

 よかったな。お前にも今までずいぶん頑張ってもらったから俺からのボーナスだ。

 豪華なシェルターでバカンスを楽しんで来い。


 あ、水とか電気、ガスは使いすぎるなよ。

 食料の備蓄も五年分はある。

 毎日食べて品質レポートをつけてくれ。


 ワインもあったはずだから飲んでもいいぞ。

 飲み食いした分は給料から引くから心配しなくていいからな」


 つまり、シェルターに一か月缶詰にされた上に、

 設備の点検や保存食のレポートを義務付けられ、

 飲み食いは実費ということか。


 おまけに業務なのになぜか有休が消滅するおまけつき。

 突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからない。

 社長の辞書にコンプライアンスや労働基準法という文字は存在しないようだ。


(いや、普通に監禁だろこれ……。

 昭和のバラエティ番組の企画かよ。

 お笑い芸人じゃないんだぞ、俺は)


「わかりました。

 いつから行けばいいですか?

 俺がいない間の業務の引継ぎとかはどうしますか」


「じゃあ、早速、明日から頼む。

 引継ぎとかそういうのはもういいから。

 気にせず行ってこい」


「わかりました。失礼します」


 最後の社長の言葉が少し気になった。

 いつもなら明日までに引継ぎ資料を作ってから行けと言いそうなものだ。


 俺が心変わりする前にさっさと現場に送りたかったとか?


 あり得るな。


 途中で気が変わられて面倒な説得をするよりは、

 俺の穴埋めを誰かに無茶ぶる方が簡単だとか思ってそうだ。


 執務室に戻ると誰も残っていなかった。

 こういう日に限って誰もいないんだよな。

 

 ふと時計を見ると二十時を回っていた。

 少し前ならだれか残っていただろう時間だ。


 だが今はでかい案件が終わったところで急ぎの仕事もない。

 こんな時間まで無駄に残ってるのは俺ぐらいだ。


 誰かに少し愚痴ってから行きたかったと思いながら俺はオフィスを出た。


 八ヶ岳のシェルターまでは、ここ東京から二、三時間はかかる。

 誰かが待っているわけでもないが、九時には仕事を始められるようにしないと。

 そう考えると明日は五時起きだ。


 さっさと帰って荷造りして寝よう。

 俺は居酒屋を横目に足早に駅へと向かった。


 明日から一か月、あのシェルターに缶詰か……。


 冷蔵庫の中の生ものを持っていかないと帰って来た時にえらいことになるな。

 コンセントとかも全部抜いとかないと。

 やばい、急いで帰らないと結構やること多いぞ。


 家に帰り、電車の中で作成したやることリストを終えた頃には、日付が変わっていた。


 こんなときに家の管理を任せられる相手がいればなとも思ったが、

 こんな生活をしていてはそんな相手ができることはない。


 気が付けば俺も四十代。

 そう考えるとじりじりとした焦りが湧き上がってきた。


 俺はこれが済んだらマッチングアプリでも試そうかと思いながら眠りについた。

 夢の中で参加した婚活パーティーでは誰ともマッチングしなかった。


 ※※※※※


 眠い目をこすりながら車を走らせること二時間。


 そこからさらに一時間の山登りを経てようやくたどり着いたのは

 第二のわが家とでも言うべき物件だった。


 見た目はコンクリートでできたカマクラみたいで現代オブジェみたいだ。

 だがデザインに関しては施主の嗜好なので知ったことではない。

 強度を確保して建築基準さえ満たしていれば問題ないのだ。


 鋼鉄製の重厚な金属扉のエレベータで一気に地下数十メートルを降下する。

 耳がキーンとならないよう絶妙なスピード調整を施してある。

 俺はチェックリストのエレベータの項目に丸を付ける。

 ひとまず順調だ。


 そうしてたどり着いたのは、

 俺のエンジニア人生の集大成とでも言うべき場所。


 工事中は何度も足を運んでいたが、内装や備品まで完備された状態を見るのは初めてだった。

 五つ星ホテルのスイートルームというのもこんな感じなのだろう。

 高品質な什器が設置され俺のような一般人が立ち入るには敷居が高く感じられた。


(ここで一か月過ごすのか。

 ……思ってたより悪くないかもしれない)


 とはいえその間に諸々の点検もやらなければいけないし相応の広さがあるので

 毎日遊んですごすわけにはいかない。


(でも、よくよく考えると、高級ホテルでポーターをするようなものなのでは。

 客室で寝泊まりできるからこっちの方がいいけど飲食とか実費だしな。

 うーん、微妙だ)


 社長に騙されたかもしれない。


(だいたい、一か月泊まり込みで作業するなら、休日出勤や残業代はどうなるんだ。

 まさか有給一か月分と相殺で終わりじゃないよな。


 くそっ、見た目の豪華さに騙されてその気になってた。

 この分だとひっきりなしに連絡が来ておちおちさぼることもできんな)


 そしてスマホに手を伸ばそうとして気づいた。


 スマホがない。


 どうやら車に置き忘れてきたようだ。

 早起きして眠かったのでうっかりしてしまった。


 まあいい、デジタルデトックスだ。


 どうせ連絡を取り合うような相手もいないし。

 どうしても連絡が取りたければここまでくるだろう。

 この八ヶ岳までな。


(今からスマホを取りに麓まで往復するなんて考えたくもない。

 一か月ぐらい我慢しよう。

 必要だと思ったら取りに行けばいいんだ)


 まあいい、最初の一週間で全部終わらせて、

 最終日にざっと確認することにしよう。


 あとはだらだら寝て過ごす。

 入社して以来の長期休暇だ。

 起こされるまで起きないぞおれは。


 こうして俺は外部との連絡手段も持たずに、

 地下数十メートルに建造された鉄壁の監獄に自ら乗り込んだのだった。


 ※※※※※


 俺は予定通りに一週間で設備を点検し終えた。


 空調、電源、水循環。


 どれも設計通り問題なく作動している。


 何LDKなのかわからないぐらい広いので移動が面倒で仕方なかった。

 予定通りにすべてのチェックリストにチェックを入れ終えた俺はプライベートモードに移行した。


 とりあえず寝よう。

 起こされるまで。

 まあ誰も起こす人はいないんだけどな。


 翌日、鳥のさえずりと共に自然と目が覚めた。

 キッチンからはAIコンシェルジュが淹れてくれたコーヒーの香りが漂っていた。

 制御系は専門外なので詳しくは知らないが、心拍数やら呼吸やらをモニターして、

 俺の生活が快適になるよう先回りしてくれるらしい。


 俺は馬鹿みたいにうまいコーヒーを飲みながら、

 壁一面に表示される森の風景をぼーっと眺める。


 空調からは優しい自然な風とかすかな霧が送られてきて、

 森林浴をしている気分にさせてくれる。


 自分がセレブになったかのような錯覚に陥る。

 まあ、つかの間の竜宮城だな。


 ここに来てからというもの、自分がいかに今まで酷使され続けていたのかを実感した。

 考える余裕すらないほど働きづめだったので何とも思っていなかったが、ここにきて目が覚めたのだ。


 戻ったら会社を辞めよう。

 そして旅に出るんだ。

 世界一周の旅だ。


 あんな仕事のことしか考えられない生活は人間の生き方じゃない。

 人生にはもっと人や自然と触れ合う時間が必要なんだ。


 人も自然も存在しない孤立した人工の穴倉でそんな境地にたどり着いたのは皮肉な話だ。


 だが俺はもう決めたのだ。


 あの口ばかり達者で、いつも人をいいように転がす詐欺師社長とは決別すると。


 ここからでるまでに退職願を書いておかないとな。

 なに、時間はたっぷりある。

 よし、これも忘れないように最後のチェックリストに書いておこう。


 ※※※※※


 過ぎてみれば一か月はあっという間だった。


 やることリストではなくやりたいことリストの項目も充実した。


 世界一周。


 遺跡巡り。


 昔から見に行きたかったピラミッドは絶対見に行くと決めた。


 最初の頃は社長に対する不満なんかもあったが、

 途中からは人生を考え直す時間をくれたことに少しだけ感謝していた。

 まあ、どのみちお別れするんだけどな。


 ぬかりなくすべての作業を終えた俺は荷物をまとめていた。

 もちろん退職願も書き終えている。

 生活の後を残さないようきっちり掃除もしたので、むしろ来る前よりきれいになっているかもな。


「世話になったな。

 お前の評価は最高にしておくよ。

 元気でな」


「ご利用ありがとうございました。

 あなたは最高のご客人でした。

 お帰りをお待ちしております」


 AIコンシェルジュに別れを告げ、地上へのエレベーターの上昇ボタンを押す。


 ……。


 反応がない。


 もう一度押す。


 ……。


 やはり反応がない。


(待てよ。どういうことだ。

 最後に点検したのはいつだ?)


 そういえば帰るときにどうせ使うからと、ここはランプの点灯だけ確認してOKにしたんだった。


 いくら待ってもドアが開かない。


 無理やりこじ開けようとしたが歯が立たない。


 バールのようなものがあればと思って探しに行こうとして足が止まる。

 工事現場ではないのだ……そんなものはない。


 工具の代わりになりそうなものは、キッチンで見つけたナイフとフォークしかない。

 しかたなく試してみるが食器がだめになっただけだった。

 銀行の金庫を思わせる重厚な扉にはひっかき傷しかつかなかった。


 衝撃を与えれば開くかもと思い手で叩いたり足でけったり椅子で殴ってみた。

 半狂乱になりながら扉の前で暴れてみたが周りが散らかっただけだった。

 扉はびくともしない。


 暴れているうちに息が切れ、腕が痛くなった俺は床に座り込んだ。


 疲れ果てた俺はそのまま床で寝てしまい、

 お掃除ロボットに小突かれて目を覚ました。


 進退窮まった俺はおとなしく待つことにした。


 2、3日もすれば連絡が来るだろう。


 あの強欲な社長が何日も遊ばせておくわけはない。


 だいたいスマホの方にはこの一月の間にもそうとう連絡がいっているはずだ。


 車内に放置してきたし、電源も切れてるか。

 社長も切れてるかもしれない。


 いよいよ怒ってここに乗り込んでくる姿が想像できた。


 少しおっかないが助けに来てくれると思えば悪くない。


 それに生命の危機が迫っているわけではない。


 ここは相変わらず快適なままだ。


 ただちょっと外に出れないだけで、他は何も変わりなかった。


 少し休暇?仕事?が伸びたと思うことにしよう。


 そう思い俺は床をゴロゴロ転がった。


 そのあとをお掃除ロボットが追尾してくる。


 俺が汚してるみたいじゃないか、傷つくぞ。


 ※※※※※


 シェルター生活を始めて、二ヶ月が経った。


 おかしい。


 絶対におかしい。


 クライアントへの引き渡しの時期も考えれば、とっくに誰かが乗り込んできていてもおかしくない。


 それなのに誰も来ない。


 閉じ込められていること以上におかしなことだ。


 閉じ込めは誤作動か何かで説明がつくが、誰も見に来ないのは説明がつかない。


 ここは、その辺の一軒家ではない。


 セレブ御用達の特注シェルターだ。


 十年の歳月をつぎ込み、社運を賭けたプロジェクトだ。


 何が何でも成功させなくてはならない重大事のはずだ。


 なんなら他の案件を止めてでも最優先にしてきた。


 それが二月も放置される?


 あり得ない。


 だが、そのあり得ないことが実際に起きている。


 地上で何かが起きた?

 戦争か天変地異でも起きたというのか。

 映画じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい。


 きっと何かの手違いだ。

 今頃、社長が青筋たてて社員を怒鳴り散らしているはずだ。

 責任者は首が飛ぶな。

 ……責任者は俺か。

 辞めるつもりだから別にいいけど。

 でも損害賠償請求されないようシェルターは丁寧に扱っておこう。


 ※※※※※


 少し生活感が出てきたシェルター内で俺は毎日エレベーターの上昇ボタンを押し続けていた。


 ランプは点灯するが扉はうんともすんとも言わない。


 分解して調べたくても工具はない。


 相変わらず快適な牢獄の中で仕方なく助けを待ち続けた。


 AIコンシェルジュに何度か相談したが答えは同じだった。


『申し訳ありません。その質問にはお答えできません』


 快適な生活は維持してくれるが、この異常事態はどうにもならないらしい。


 そして一月経った。



 誰も来ない。



 一年経った。



 誰も来ない。



 三年経った。



 誰も来ない。



 その日もたいして期待せず惰性でエレベーターの上昇ボタンを押した。


 ポーン


 聞きなれない軽妙な音と共にエレベーターの扉が開いた。


 俺は何が起こったのか理解できずに固まってしまった。


 パチンコでいつも外れるしょぼい演出が大当たりしたような衝撃だった。


 誰も乗り込むものがいないと判断したのか無情にも扉が閉まっていく。


 俺は慌てて転がるように身体を滑りこませた。


 衝撃でドアがまた開いた。


 正常に作動している。


(この三年間は何だったんだ)


 思わず涙がこぼれた。


 扉が閉まるがエレベーターは動き出さない。


 俺は階数ボタンを押していなかったことに気づき地上と書かれたボタンを押した。


 地上と地下しかないんだから地下で押したら上がるに決まってるだろうがと悪態をついた。


 そんな俺の言葉をよそにエレベーターは上昇を続け、地上に着いた。


 ポーン


 ふたたび軽妙な音が響きエレベーターの扉が開いた。


 緑。


 一面の緑。


 地下でさんざん見てきた映像の森ではない。


 シェルターの入り口を覆いつくすかのように草木が繁茂していた。


 空は曇り、今にも振り出しそうだった。


 空気もじめじめして不快だった。


 なんだかわからない小さな虫がまとわりついてくる。


 息を吸えば青臭い草の匂いが鼻を突いた。


 あらためて、自分が閉じ込められていた場所がどれほど異常だったのかを実感した。


 少し呆然としたが、状況を確認するため草をかき分け、開けた高い場所を目指す。


 幸い三年経った今も開発時に叩きこんだ地形図は頭に残っていた。


 高台にたどり着いた俺は街のあったほうを見て絶句した。


 遠目にも確認できていた町並みは爆撃でもされたかのように倒壊していた。


 戦争。


 そんな嫌な想像が脳裏をよぎった。


(確認しないと)


 でも、まずは車を回収するか。


 三年間も放置したのだ。


 バッテリーはあがってるだろうし、使い物にならないかもしれない。


 どこかで自転車を調達するほうがいいか。


 どうするにしろ、あの入り口のジャングルを何とかしないとな。


 これからもシェルターは生活の拠点となる。


 毎回、草の海をかき分けるのは勘弁だ。


 俺は草刈りをすべく、道具を取りにシェルターに戻った。


 俺のシェルター生活は、まだもう少し続くらしい。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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