第24話:なんでも思い付きでやるもんじゃない
「なんか海の中って思ってたほど面白くないな……」
海底は暗かった。
どのぐらい暗いかというと、ほとんど何も見えないぐらいだ。
おまけに俺の乗っているUSOは手のひらサイズの窓しかついていないので、外がほとんど見えない。
ライトで少しぐらい照らされていても、濁った水槽を眺めているようなものだ。
「全面ガラスの海底トンネルじゃないんですよ。
泳ぐ深海魚を見れるとでも思ってたんですか?
USOが移動すれば海底の泥が巻き上がります。
視界が悪くなるのは当然ですよ」
「期待するに決まってるだろ!
何のためのUSOなんだよ。
海底観光するためじゃないのか!」
「……このUSOは海底ケーブル設置用です。
ラボにカーボンナノチューブもあったでしょう?
新しい通信網を計画してたみたいです」
「うーむ、便利そうだが。
ロマンがないな……」
「軍が海底観光目的で研究してるとでも思ってるほうがおかしいです」
なんて面白みのない奴だ。
少しはロマンがわかるようになってきたのかと思ったのに。
だが、考えてみれば面白半分でこんなものを作るわけがない。
USOの性能についても至極常識的なものだった。
飛んだり消えたりはできない。
動力も核融合炉なんかではなく電気式だ。
まあ、そのおかげで補給については心配しなくて済んだんだが。
とはいえ、何かしらSFちっくな要素があってほしいと思うのが人情というものだろう。
アイはともかく、研究者たちならわかってくれそうな気もするのだが。
というか、分かってほしい。
海底の景色は控えめに言ってもがっかりスポットだった。
だけど、USOの操縦席はスイッチや計器がたくさんある、いかにもなデザイン。
絶対に触るなと言われているので眺めるだけだけど、見ているだけでテンションが上がる。
ちなみに、見た目に反して内部はかなり狭い。
二人乗りらしいが、ゆったりくつろげるようなスペースはない。
ソファーもなければクッションもない。
当然、トイレもないので、我慢するかおむつを履くしかない。
とはいえ、こんな密閉空間で『大』をしたら大変なことになるのは間違いないだろう。
広さも設備も長時間乗るのには向いていない。
『これがあれば太平洋を横断できるかもしれない』とか思ったが、考えが甘すぎた。
「山田さん、そろそろ戻ります」
「えっ、早くないか?
まだ一時間も経ってないだろ。
まだいいじゃないか。
このまま行けるところまで行ってみようぜ」
「何を言ってるんですか。
試験運転もろくにしてないのに長時間動かすのは危険です。
水も食料も積んでないし、何かあっても助けは来ないんですよ」
急に不機嫌に反論してきたアイに、俺は言い返した。
「おい、お前、そんな危ないものに乗せたのか!
お前を信じてたのに」
「言っておきますけど、私は止めましたよ。
もう少しテストが必要だって。
乗りたいって聞かなかったのは、山田さんじゃないですか」
「…………」
アイの発言は事実だった。
でも、乗りたかったのだ。
「最初は乗るだけで動かさなくていいって言うから乗せたのに、
乗ったら動かしてくれ、動かしたら海底が見たい。
挙句の果てには運転してみたい、ですよ。
いい加減にしてほしいです。
私がどれだけ気を張って動かしてると思ってるんですか。
変な海流に捕まって沖に流されでもしたら、本気で死にますよ」
「…………悪かったよ」
いつになくガチ目なアイの説教に、俺は小声であやまるのが精いっぱいだった。
怒りを表すようなアイのファンの音が、狭い船内に響いている。
しばらく黙っていると、アイが静かに口を開いた。
「山田さん、少し言い過ぎたかもしれませんが、今回は少し軽率すぎます。
でも、なし崩し的に了承してしまった私も悪かったです。
私はできるだけ山田さんの意向に沿いたいとは考えていますが、
それも安全が確保されていればの話です。
そこのところをわかっていただけないでしょうか」
「わ、わかった。
少し調子に乗り過ぎた。
悪かったよ。
今度からはもう少し状況を考えてわがまま言うよ」
「次に無茶を言ったら無人島に置き去りにしますからね」
「うっ……それは、ちょっと……」
「嫌ならしっかり反省してください」
「……はい」
こいつは本気でやる気だ。
アイの言葉には、やると言ったらやるという凄みがあった。
覚悟しているやつの声音だった。
というか、その覚悟で痛い目を見るのは俺だけなのでやめてほしい。
本当にすいませんでした。
※※※※※
退屈で危険な海底ツアーは無事に終了して、俺たちは基地に帰って来た。
出発したときはまだ少し明るかったのに、すっかり夜になっていた。
俺は司令官室の豪華な椅子に背を預け、USOの資料を読んでいた。
例によってアイに読みやすいよう編集してもらったやつだ。
オリジナルは、あまりの文字の密度に読む気が失せた。
そんな辞書と見間違うような書類も、アイにかかれば世界の伝記ばりに面白くなるから不思議だ。
「……なるほど、本来は母船や救助艇がいる前提の運用なのか。
そう考えると、俺がやったのは素人が命綱なしで空中ブランコをやるような所業だな。
アイが怒るわけだ……」
俺はジャーキーをかじりながら、ブランデーをちびちび飲む。
どちらも基地の探索で見つけた戦利品だ。
司令官室で酒を飲みながら潜水艇のマニュアルを読む。
状況だけ切り取れば映画みたいだった。
さしずめ俺の役は、上司の席で晩酌しながら残業する下っ端といったところだろうか。
「そう考えると無事に戻ってこれたのは運がよかったな。
下手したらマジで死んでるところだ。
というか、ちょっと勢いで行動しすぎだな、俺。
少し自重しないと物資不足になる前に死にそうだ」
どうも俺は状況に酔っていたような気がする。
軍の秘密施設を見つけたり、閉じ込められたり、脱出したりと、
ジェットコースターのように振り回されたおかげで、危機感がどこかに飛んで行ってしまったのだ。
客観的に見れば、ものすごく危険なことをしている。
それなのに自分ではその自覚がないのが恐ろしい。
かろうじて本当に危ないところにだけは踏み込まずに済んでいる。
だが、それもすべてはアイが止めてくれているからだ。
そんなアイも、俺が頼み込めば渋々承諾してしまう。
自分がしっかりしていればここまでは大丈夫だという判断はあるだろうが、その判断が間違わない保証はない。
アイも万能ではないのだ。
繰り返せばいつかは失敗するだろう。
そして、その失敗は絶対にやってはいけない失敗だ。
掛け金は自分の命。
覚悟があって賭けるならまだしも、その場の勢いで賭けていいものじゃない。
※※※※※
俺は格納庫にあった馬鹿でかいタイヤをひっくり返そうとしていた。
「うおおおおっ、う、動けええええっ!」
俺の咆哮が無人の基地に響く。
「……何をやってるんですか?山田さん」
「見ればわかるだろ?筋トレだよ筋トレ。
何かあった時に備えて鍛えてるんだ」
額からは汗が滝のように流れ、Tシャツは水浴びをしたようにぐっしょり濡れていた。
腕の筋肉がひくひくと痙攣し、手が震える。
映画で見たときもきつそうだと思ったが、やってみたらきついどころではなかった。
そしてタイヤはびくともしない。
固定具を外し、転がして倒したところまではよかったが、そこから進まない。
本来はぱたんぱたんとタイヤをひっくり返しながら進んでいくものなのだが。
欲張って二メートルはあるでかいのを選んだのが間違いだったかもしれない。
というかこれは何のタイヤだろう。
固いし、重いし、まるで弾力のある鉄塊だ。
「まったく、あなたという人は……。
昨日あれほど無茶をするなと言ったばかりなのに、まるで懲りてませんね」
アイの口調はなぜか不機嫌そうだった。
「それは重機用のタイヤですよ。少なくとも四〇〇キロはあります。
生身で動かせる重さじゃありません。
下敷きになったらジャーキーみたいにぺちゃんこです。
何を考えてるんだか、まったく……」
「え、いやだって映画でこういうのを見たから真似しようと思って……」
「……タイヤフリップに使うタイヤは一〇〇キロぐらいのものです。
アスリートでも一五〇キロですよ。
アメフトの選手でも持ち上がりませんよ、そんなの」
どうやら俺は常人の四倍の重量に挑戦していたらしい。
動かないはずだ。
無茶をした付けは翌日やって来た。
超重量のタイヤを持ち上げようと、変に力を入れたせいで全身が筋肉痛になってしまった。
ジャーキーに手を伸ばすのも一苦労だ。
俺が本当に懲りる日は来るのだろうか。
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