第22話:結末は思ったよりもあっけない
しばらく歩くと、銀行の金庫みたいな扉が見えてきた。
どうやらここが格納庫のようだ。
壁の機械にIDカードをかざすと、ガチンという重い解錠音が響いた。
俺は重くて分厚い扉を押し開いた。
こういう作業はアイにはできない。
いつかできるようになるかもしれないが、今は俺の役割だ。
扉を開けた先は、少し空気が湿っていた。
そして、かび臭い。
見ると、工場のような武骨な空間の中にプールのようなものがあり、茶色い藻で埋まっていた。
プールの中には、ゆで卵のようなつるんとした機体が浮いていた。
これがUSOだろうか。
想像していた潜水艦とはまるで違う形に、驚きよりも疑問がわいた。
「……やっぱUFOじゃないか?どう見ても潜水艦じゃないぞ」
「……潜水艦ですよ。
山田さんはフィクションにとらわれすぎです。
もう少し現実を見てください。
どう見ても水圧に耐えるための形状じゃないですか。
逆にどうやって飛ぶというんです?
プロペラも翼もないじゃないですか」
俺のUFO説にうんざりしたのか、アイが早口でまくし立ててきた。
仕方ないじゃないか。
俺の中の潜水艦のイメージは黒くて細長い形なんだ。
断じてゆで卵形ではない。
「別に本気で飛ぶとは思ってないさ。
見た目がそれっぽいと思っただけだ。
そんなことより、ずいぶんと汚れてるな。
掃除が大変だぞ、これ」
俺は誤魔化すように言うと、悪臭から逃げるように格納庫を出た。
こう臭くては、おちおち調べものもできない。
まずは掃除用具入れを探すことにしよう。
※※※※※
プールの掃除はなかなかの大仕事で、底が見えるようになるまで丸一日かかった。
だが、苦労しただけあって嫌な臭いもしなくなった。
これで心置きなくUSOを調べられるというものだ。
俺はプールの縁に座り、足をぶらぶらさせる。
水面は遠く、足は届かない。
泳ぐためのプールではなく、USOを格納するためのプールなのだ。
綺麗になったので泳ごうとしたら、アイに止められた。
遊泳用ではないので、飛込競技用のプール以上の深さがあるから危険だというのだ。
万が一、排水溝にでも吸い込まれようものなら命はないと脅された。
さすがの俺も、そこまで言われたら諦めるしかない。
その代わり、外に出たら近くのスポーツジムのプールに行こうと決めた。
また掃除する羽目になりそうだが、外にはスウォームがいる。
あいつらを使えば掃除なんてすぐだ。
「またろくでもないことを考えているんじゃないでしょうね。
嫌ですよ。スポーツジムのプールを掃除するなんて」
俺の思考を読んだかのように、アイがくぎを刺してきた。
「は?考えてないし。
仮にそうでもいいだろ。
プール掃除ぐらい。
お前にかかればすぐじゃないか」
「精密機械に水仕事をさせるとか、何を考えているんですか。
故障や水没の原因になるのが目に見えてます。
泳ぎたければ海で泳いでください。
すぐそばじゃないですか」
「海はまだ寒いだろ。
温水プールなら暖かいし、海水で身体がべたべたすることもない。
いいことづくめじゃないか」
「なら自分で掃除してください。
それが嫌なら夏まで待つことです。
べたべたするのは、あとでシャワーを浴びればいいでしょう」
「今、泳ぎたいんだよな。
仕方ない、でかいビニールプールで我慢するか」
「……好きにしてください」
「まあ、それは外に出てからだな。
今はUSOを調べるのが先決だ。
あ、プール探しといてくれよ。
海外の庭に置いてあるようなでっかいやつな」
「……承知しました。
山田さんにふさわしいものを見繕っておきます」
なんだか妙な言い方が引っかかったが、探してくれるなら文句はない。
海軍基地の広い庭で水遊びをするのが楽しみだ。
※※※※※
俺はさっそくUSOに乗り込んだ。
プールを掃除したついでにUSOの外側も洗ったが、表面的な汚れを除けば錆もなかった。
中も少し籠った匂いがするだけで、きれいなものだった。
普通の素材ではないのだろう。
触った感じはプラスチックっぽいけど、そんなはずもない。
アイは興奮気味に素材について熱っぽく語っていたが、
俺としては動いてくれれば何でもいい。
重要なのはこれで外に出られるのかという点だ。
エレベーターが動かない今、USOは有力な脱出方法の候補だ。
それに、これで外に出られれば海の移動が大幅に楽になる。
ボートでちんたら移動するより、はるかに早く移動できるかもしれない。
そういうわけで、俺は期待せずにはいられなかった。
「なあ、これなら外に出られるんじゃないか?」
「出られるとは思いますが、開発中の機体ですよ?
しかも何年も放置されている。
もし故障したら海中で窒息死です」
「仕方ない。
いったん保留だな。
他に手がなかったら、こいつを完成させて脱出しよう」
「妥当な判断です。
USOを使うなら、安全を確立すべきです。
今は無理をする状況ではありません。
ここの機材を使えば、エレベーターを修理できるかもしれませんし」
「そうだな。
USOよりエレベーターを直すほうが簡単そうだ。
お前もパワーアップしたことだし、なんとかなるだろ」
「……それなんですが、他の出入り口を探しませんか?
倉庫のエレベーターは物資で塞がれていましたし、
ここで働いていた人たちが日常的に使っていた出入り口があるはずです」
「それもそうだな」
いくら極秘施設といっても、研究者を軟禁していたとは考えにくい。
そもそも、水や食料はどうしていたんだという話になる。
居住スペースものぞいてみたが、生活の場というより、
ちょっと豪華な仮眠室といった感じだった。
使われた形跡はあるが、生活感はほとんどなかった。
「……というか、ここのサーバーを抑えたんなら、出入り口の場所ぐらいわかるんじゃないか?
入退出記録とかエレベーターの利用履歴とか、記録されてるだろ」
「あー、そうですね。
すみません。研究データにばかり気がいっていて失念していました。
おっしゃる通りです。
すぐに確認します。
……
ありました。どうやら我々が乗ってきたエレベーターで出入りしていたみたいです」
「何!?じゃあ、毎回あの段ボールをどかして出入りしてたのか?
それにシェルター側のエレベーターは司令官室に繋がってたんだぞ。
出勤のたびに司令官室通るとか、シュールすぎるだろ!」
「ごもっともですが、記録ではそうなってますね。
ちょっと待ってください。
エレベーターのマニュアルがありました。
……なるほど、Bボタンの長押しで地上に行けるみたいです。
盲点でしたね」
「本気で言ってるのか?
ここの研究施設のエレベーター作った奴は何を考えてるんだ……」
ゲームの隠しコマンドじゃあるまいし、ボタン長押しってなんだよ。
ふざけているとしか思えない。
「セキュリティとしては有効なのではないですか?
シンプルですし、部外者にはわかりませんから。
実際、我々も無駄に出入り口を探すことになっていましたし」
「そうだけど、それにしても、ちょっとな。
ここ軍の施設だろ?よくそんな仕様が認められたな」
「経緯は分かりませんが、長押し自体はスマホなんかでも普通に使われてるので、
絶対に認められないというほどの案ではないと思いますね。
むしろ、使うたびに複雑な手順が必要だったり、
認証を求められる方が非効率です」
「まあいいや。とにかく外に出る方法は分かったんだ。
行ってみようぜ」
エレベーターに乗り、Bボタンを長押しする。
扉が閉まり、上昇を始める。
しばらくしてエレベーターが止まり、扉が開く。
そこはロッカーが並ぶ簡素な出入口だった。
正面のドアを開けると、オフィス棟の入り口が見えた。
「出れたな」
「そうですね」
終わってみれば、なんともあっけない脱出劇だった。
慌てたり、無気力になったり、あげくにUSOまで使おうとしていたのが馬鹿みたいだった。
研究所の人が見ていたら、『なにやってんの?』って感じだろう。
俺でもそう思う。
十日ぶりの外は土砂降りだった。
閉じ込められている間に五月も終わり、梅雨入りしていたようだ。
これではビニールプールで遊ぶこともできそうにない。
俺は回れ右をすると、研究施設に引き返した。
「戻るんですか?」
「傘がないからな。それにまだ見て回ってない場所がある。
一休みしたらまた探索再開だな」
ひとまず居住スペースで仮眠することにした。
ここのところ、なんだかんだ気を張っていたのでろくに寝られていない。
今はゆっくり休みたかった。
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