第21話:謎解きは掃除のあとで
倉庫奥のエレベーターの上昇ボタンを押すと扉が開いた。
「やった!開いたぞ!アイ、出られるぞ!」
「それはよかったです。山田さん、床の掃除はどうしますか?
早く拭かないと床がべたべたになってしまいますよ」
「床なんか気にしてる場合か!外に出られるチャンスなんだぞ!
こっちまで開かなくなったら洒落にならないだろ!」
「……段ボールでも挟んでおけばいいのでは?
慌てなくてもエレベーターは逃げませんよ」
「じゃあ、掃除はお前に任せる。
俺は先に上がって様子を見てくる。
お前は後から来てくれ」
「……仕方ないですね。
山田さんを一人で行かせるわけにはいきません。
床は諦めましょう。
さ、行きますよ」
アイはそう言うと雑巾をその場に置き、エレベーターに乗り込んだ。
相変わらず過保護だと思う。
ちらっと床に置かれた雑巾を見て、俺もエレベーターに乗り込んだ。
今は床掃除をしている場合ではない。
エレベーターの中は入口のものとは違っていた。
ボタンは二つ。
BとL。
Bは今いる地下だろう。
Lはなんだろう?
LobbyかLabか。
エレベーターでは見かけない表記だ。
でも押してみるしかない、他に選択肢はない。
俺は迷いながらもLのボタンを押した。
扉が閉まりエレベーターが上昇し始めた。
「おお、動いたぞ。これで外に出られる!」
「山田さん。喜ぶのはまだ早いです。
ここから先は未知の領域なんですから。
気を引き締めてください」
「わかったよ。
お前は心配性だな」
「……山田さんが危機感がないだけです」
俺達がそんなやり取りをしているとエレベーターの上昇が緩やかになり停止した。
ブザー音が鳴り、扉が開く。
着いた先は真っ白な空間だった。
白い廊下に数字とアルファベットで区分けされた区画。
まるで映画に出てくるような研究施設だった。
※※※※※
エレベーターの正面の壁には施設の案内図があった。
制御室、ラボ、サーバールーム、格納庫、居住スペース。
どうやら研究員たちはここで寝泊まりしながら働いていたらしい。
広いことは広いが、迷子になるほどではない。
「まずは制御室だな」
俺は案内図で一番近かった制御室へ向かった。
制御室のドアは認証が必要だったが、司令官室で見つけたIDカードをかざすと開いた。
念のため持ってきたのは正解だった。
ピッという電子音と共にドアが開いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは巨大なモニターだった。
その前にデスクと電子機器がずらりと並んでいる様子は、映画で見る管制室そのものだ。
デスクの上には書類やペットボトルが置かれ、
椅子はさっきまで打ち合わせをしていたかのように寄せられていた。
だがここにも人の姿はない。
聞こえるのは空調の風が枯れた観葉植物の葉を揺らす音と、電子機器の動作音だけだった。
「まるで秘密基地だな。
なんだあれ……シェルターの映像か?」
巨大モニターには日本地図が映し出されていた。
そして地図を囲むように無数の映像が並んでいる。
映っているのは見覚えのあるラウンジだった。
八ヶ岳シェルター。
横須賀シェルター。
そして見たこともない施設。
岐阜シェルター。
岡山シェルター。
栃木シェルター。
……。
日本中に点在するシェルターの映像が表示されていた。
「これ、シェルターの監視カメラだよな?」
「そのようですね。
ここから各地のシェルターをモニターできるようになっていたようです」
「じゃあ、俺は誰かに監視されてたってことか!」
「それはどうでしょう。
映像は記録されていたかもしれませんが、それを見る人間はいなくなっていたわけですし」
「そうだとしても気分が悪い。
俺が床をゴロゴロしてたのを記録されてたってことだろ!」
「……それは山田さんの行いが悪いのでは。
設計者もいい年をした男性が床を転がりまわる映像を見せられるとは、
予測していなかったと思いますよ」
ぐうの音も出ない。
「気分が悪いな。
そのシステム止められないのか?」
「止めてもいいですが……意味ありますか?
どうせ誰も見ないんですよ?」
「気分の問題だ。気分の」
「……理解不能ですが承知いたしました。
では私をその辺の端末につないでください」
俺は近くにあった端末にアイを接続した。
どうやらローカルネットワークは生きているらしい。
アイはあっという間に管理システムへアクセスし、監視カメラの映像を停止した。
八ヶ岳と横須賀のシェルターの映像がブラックアウトする。
よかった。
これで俺のプライバシーは守られる。
誰もいない世界で誰の目を気にするのかと思うだろうが、こういうのは気分の問題である。
自分のだらしない姿を映像として残しておくのは何となく気持ちが悪い。
俺はSNSに自撮り画像を載せるのも嫌なアナログ人間なんだ。
「相変わらずお前のハッキング能力はすごいな。
とてもシェルターの管理AIとは思えない性能だ」
「ありがとうございます。
山田さんの改修のおかげで、私は高度に柔軟な対応が可能なAIに進化してますからね。
今の私にかかれば既存のセキュリティなど三桁のダイヤルキーのようなものです」
「……なんかよくわからんがすごいよ。
その調子で俺をサポートしてくれ」
「お任せください。
ここのサーバーを掌握すれば更なる性能の向上が見込めますよ」
なんだか妙にハイテンションだ。
AIにとってはそれだけの価値があることなんだろうか。
百機のスウォームを手に入れた時も興奮していたが、あの時みたいだ。
「それならエレベーターもなんとかできるようになるか?」
「……それは難しいですね。
私が干渉できるのは電子的な領域だけです。
以前にもお伝えしましたが、物理的な故障に関しては、
物理的に接触できないとどうしようもないです」
さっきまで妙に上機嫌だったのに、エレベーターの話になった途端に歯切れが悪くなった。
まあ、できないものはできないのだろう。
「それなら仕方ないな。
ここなら工具とか機材とかいろいろありそうだし、なんかバールみたいなのを探すか」
「……そうですね。
ですが、その前にこの施設を少し調べませんか?
ここでは次世代の乗り物についての開発も行われていたみたいですよ」
「おお、UFOだな」
「……あえて言うならUSOですね。
ここは海軍の施設ですよ?
管轄違いです」
相変わらずこいつはロマンがない。
「じゃあ、次は空軍の施設に行くよ。
そこならあるだろ。UFO」
「……そうですね。あるんじゃないですか。
知りませんけど」
同じSFな存在なのにどうしてUFOには食いつきが悪いのか不思議だ。
幽霊と人間みたいなものだろうか?
いや、ちょっと違うか。
うまい例えが出てこない、もう歳だな。
「USOなら格納庫にあるみたいですね。
見に行きましょう」
「お、おお……」
どうやらアイの中で軍の開発中の乗り物の呼称はUSOに決まったようだ。
本当は正式名称があるんだろうけどUSOの方が俺にはわかりやすい。
アイもそれがわかっているようだ。
すいすいと前を行くアイの後をついて行く。
アイは以前よりも動きがスムーズに見えた。
これも軍のサーバーにつないだ効果だろうか。
この調子で性能を向上させていったらどうなってしまうんだろう。
そのうち自分で自分の体でも作り始めるんじゃないだろうか。
今でも勝手にドローンを組み立ててスウォームを増やしている。
軍の研究施設なんか手に入れたら、何を作り始めても不思議じゃない。
「できればドクペを作ってほしいな。
倉庫のは変質してたし……」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない。独り言だ。
戻ったら倉庫の床を掃除しないとな」
「そうですね。
格納庫ならデッキブラシがあるかもしれません。
探してみましょう」
……誤魔化したつもりだったんだが。
本気で掃除させられそうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。




