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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第五章 北海道(旅路)編

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第20話:シェルターに閉じ込められた リローデッド

「またか!」


 外に出ようとエレベーターの上昇ボタンを押したが扉が開かない。


 反応がない。


 もう一度押す。


 ……。


 やはり扉は開かない。


「アイ、どうなってるんだ!」


「……ダメですね。

 管理システムには異常はないんですが……」


「つまり、想定外のエラーってことだろ。

 システム上では正常に動いてることになってるのに、実際は違う。

 畜生、こんなところまで八ヶ岳と同じにしなくてもいいだろ!」


 俺は苛立ちをエレベータの扉にぶつける。


 エレベーターの扉はびくともしなかった。


 痛くなったのは俺の手だけだった。


「山田さん、あまり乱暴な手は控えたほうがいいでしょう。

 ここは海の下に造られた施設かもしれません。

 殴ったぐらいでどうこうなるとは思いませんが、

 設備が壊れでもしたら状況が悪化するだけです」


「……そ、そうだな。

 おぼれるのは御免だ。

 他の手を考えよう」


「それがいいと思います。

 幸い水も食料もたっぷりありますから、ゆっくり考えましょう。

 節約すれば五年は持ちますよ」


「ふざけるな!俺は嫌だぞ。

 また何年もシェルター生活をするなんてごめんだ!」


 八ヶ岳で閉じ込められていた時の記憶がよぎった。


「……大丈夫ですよ。

 あの時と違い、外にはスウォームも待機してます。

 地上にある軍の機材を使えば、ここから脱出できるかもしれません。

 まずは落ち着いて作戦を考えましょう」


 呼吸を荒くしてパニックになりかけている俺に、アイがコーヒーを渡してきた。

 震える手でコーヒーを受け取り、一口飲む。

 飲み慣れた味がした。

 いつも通りの苦味が妙に安心感をくれる。


「……」


 考えてみれば、アイの言う通り、あの頃とは状況が違う。

 祈るような気持ちでエレベーターのボタンを押すことしかできなかったあの頃とは。


 そう思うと少し気持ちが落ち着いてきた。


 八ヶ岳の時と同じシチュエーションに遭遇したことで、トラウマを刺激され、少し大げさに反応してしまった。


「そうだな。焦ることはない。

 ゆっくり考えよう。

 それに、八ヶ岳と同じだと思い込んでいたが、そもそも立地が違うんだ。

 このエレベーター以外にも外部に通じる出入口はあるかもしれない」


「その意気です。

 私は管理システムの方を調べてみますので、山田さんはもう一度施設内を調べてみてください」


「わかった。それでいこう」


 俺はコーヒーを一息に飲み干した。


 まだ焦るような状況ではない。


 落ち着いていこう。


 ※※※※※


 横須賀シェルターに閉じ込められ、一週間。

 俺達はいまだに脱出の糸口を見つけられずにいた。


 最初の三日は頑張って脱出口を探した。

 だが、エレベーター以外の出入り口は見つからなかった。

 掘削の手間を考えれば何か所も出入り口を作るはずもない。

 もともと期待はしていなかった。

 それでも実際に確認して何もないとなると、少しへこんだ。


 そこからはアイにエレベーターの扉を開ける方法を考えてもらっている。

 システムを何とかすればできるんじゃないかというのが俺の考えだ。

 時間はかかるかもしれないが、扉をこじ開けようとして設備を壊すよりましだ。


 幸い生活自体は快適そのものなので、外に出ることができないという問題を除けば、不満はない。


 それにしてもアイの懸念がこんな形で的中するとは思わなかった。


 これが罠だとしたら随分と斬新な罠だ。

 緊急時にこんな快適空間を見つけてしまえば、疑い深い奴でも思わず飛び込むだろう。


 だが、状況を考えれば、罠というより安全装置なのかもしれない。


 実際、地上では明らかに異常なことが起きている。


 戦争や災害ではない。


 それは軍オフィスの調査結果から明らかだった。


 まるで勤務時間が終わって誰もいなくなった後のようだった。


 事件が起きたと思われる始業前の様子だと思えば何の違和感もない。


 だが緊急時に対応に当たるはずの軍のオフィスがそんな様子であること自体が異常だった。


 少なくとも戦争や災害では説明がつかない。


 そんな不可解な事象が起きている地上よりは地下の方が安全かもしれない。


 断言できるだけの根拠は何もない。

 ただ、なんとなくそう思った。


「……ここ以外にもあるかもしれないな、こういうシェルター」


 俺はリビングの床で天井を見上げながらつぶやいた。

 施設内の調査は終わり、脱出計画は暗礁に乗り上げている。


「山田さん。横になるならソファかベッドにしてください」


 アイが俺の行儀の悪さを咎めるように、お掃除ロボットで小突いてくる。


「別にいいだろ。お前が掃除してくれるから床はピカピカだ。

 そもそも、外に出ないから土や泥で汚れることもないしな」


 俺は床を転がりながらそう言った。お掃除ロボットはさらに小突いてくる。


「そういう問題ではないです。

 品性の問題です」


「どうでもいいさ、そんなの」


「そうかもしれませんが……。

 もう少しちゃんとしてほしいんです。

 そんな様子だとよくない方向に行ってしまいそうなので」


 外に出られないせいか、何もやる気がしない。


 そう口に出すのも億劫で、俺は黙って天井を見上げていた。


 アイは諦めたのか、それ以上何も言わなかった。


 お掃除ロボットは黙って掃除を続けていた。


 ※※※※※


 翌日、銃撃のような騒音と共に目が覚めた。


 飛び起きてリビングに向かった俺をアイが待っていた。


「何があった!?」


「何もありません。ただ、面白い環境音があったので再生していただけです。

 ふふふ、効果はてきめんでしたね」


「ふざけんな!」


 俺は怒鳴った。

 アイが気にもしない様子でコーヒーを渡してきたのでひったくって一息にあおる。


「苦っ!なんだこれ、いつものじゃないな」


「くくっ、これも八ヶ岳にはなかった種類のコーヒーです。

 ぱっと見は同じでも違いはあるみたいですよ。

 もう少し細部を調べてはどうでしょう」


「……そうだな。なんかびっくりさせられたおかげで頭がしゃっきりした気がするし。

 もう一度調べてみるか」


「その意気です。

 システムの方はもう少し時間がかかりそうなので一緒に見て回りましょう」


 八ヶ岳と同じだと思い込んで見落としている可能性を、俺は考えた。

 環境音にコーヒーの味。

 違いは確かに存在している。


「それにしても何かヒントはないか?

 最初に見て回った時だってそれなりにしっかり調べたつもりだが、

 何も見つからなかった」


「ありません。

 そもそも他の脱出口がある保証もないですし。

 ないと決まったわけでもありません」


「それもそうだな。だとしたら意味もない気がするが」


「ないことを確定させましょう。そこからです」


「そうだな。何もせずに床を転がってるよりはましか」


 俺はだらしなく床に転がって天井を眺めていた昨日を思いだす。


 アイの対応は荒療治だが効果的だった。


 ここのところの俺は少しだらけ過ぎていた。


 なまじアイが生活の面倒を見てくれるのでそれでも生きられてしまう。


 そのまま外に出ようとすら思わなくなり、

 一生をシェルターで終える。


 そんな未来を想像して少しぞっとした。


「よし。まずは本当に八ヶ岳と同じなのか確認しよう。

 八ヶ岳の見取り図と重ねてくれ」


「承知しました。壁に投影しますね」


 アイはそう言うと二つのシェルターの見取り図を重ねて映し出した。


 八ヶ岳シェルターは青、横須賀シェルターは赤い線で表示されている。

 まるでゲームのダンジョンマップのようだ。


 重なり合う青と赤の線は驚くほどぴったり重なっていた。


「……ここまで同じだと、たまたま似てるって線は消えたな。

 部屋の数も位置も大きさも完全に一致してる」


「そうですね。少なくとも同じ設計図から建設されていると思うのが自然です」


 これがミステリーなら見取り図のわずかな違いから隠し部屋とか通路が見つかるだろう。

 だが現実はそう甘くはなかった。

 見取り図からわかったのは二つのシェルターが構造的に同じだということだけだ。


 ここから出るにはエレベーターをどうにかするしかない。

 その事実を再確認しただけだった。


「仕方ない。じゃあ、物資の方を確認するか。

 一覧を見せてくれ」


「はい」


 見取り図に代わって物資の一覧が映し出される。


 食料、日用品、衣料品、雑貨など。


 一通り目を通したが、エレベーターを開けるのに使えそうなものは見当たらない。


 バールのようなものはもちろん、

 工具箱らしきものすらなかった。


 このあたりも八ヶ岳と同じだった。


「ダメか。やっぱシステムをなんとかしてエレベーターを開けるしかないのかもな。

 そっちの方はどうなんだ?」


「……難航してます。

 そもそもシステム自体は正常に動いているのです。

 おそらく何らかのセンサーが異常値を返しているのでしょう」


「エレベーターを開けたいのに、原因を調べるにはエレベーターを開けなきゃいけない。

 とんちかよ」


 スウォームをシャフト内に投入し、エレベーターを破壊させる。


 ここから脱出するだけなら最悪それでなんとかなる。


 だが、さすがにそれは最終手段にしたい。


 そんなことをすればこの施設が使えなくなってしまう。


 後から修理するにしてもどれだけの手間がかかるかわからない。


 軽々しく使える手ではなかった。


「もう少し考えてみるか……。

 そういや、さっき見た物資の中にドクペがあったな。

 久々に飲んでみるか。

 薬みたいな味って言われてるけど俺は結構好きなんだよな、あれ」


「……倉庫に行かないとありませんよ。

 山田さんはいつもお茶とコーヒーしか飲まないので」


「俺は炭酸はドクペしか飲まないんだ。

 なにしろドクペは『選ばれしものの知的飲料』だからな。

 ちょっと取ってくるわ」


 取り寄せてまで飲もうとは思わないが、あるとわかれば飲みたくなる。

 それが人の性というものだ。


 ※※※※※


 貯蔵庫へ行き、ドクペを探した。


 倉庫の中は段ボールの山で探すのに少し苦労したがなんとか見つけ出した。


「おお、あったぞ。

 懐かしいな。何年ぶりだろう。

 では、さっそく、いただきまーす」


 ペットボトルのキャップをひねり一気にあおる。


「あ……山田さん、それ――」


 口に広がる薬っぽくて甘い味。


 そして、のどを通り抜ける炭酸の刺激――がなかった。


「なんだ、これ、気が抜けてるじゃないか。

 まあ、飲めなくはないか……」


 少し変な感じはしたが味はそこまで変じゃない。

 腐っているわけではないはずだ。

 むしろ炭酸がなくて飲みやすい。

 一気に飲み干そうとペットボトルをあおる。


「……消費期限が年単位で過ぎてますからね。

 成分も変質してるでしょうし、おなか壊しますよ」


「ぶほっ。お前、そういうことは早く言えよ。ゲホッ、ゲホッ」


 思わず口に含んでいたドクペを全部吐き出してしまった。

 アイの言葉で、それまでドクペ特有の薬っぽい味が、

 急にただの劣化した異味に変わった気がした。


「……山田さん。掃除は自分でしてくださいよ。

 ロボット掃除機で掃除するとシェルター中にこの異臭が広がってしまいます」


 床には小さなドクペの水たまりができていた。

 これをそのままロボットに掃除させれば、被害が広がるのは明らかだった。


「しょうがないな。雑巾、どこにあったかな?」


「それなら、掃除用具入れの中にありましたよ。

 とってきましょう」


「頼むわ」


 アイに雑巾を取りに行かせて俺は待つことにした。


 何年も経てば炭酸飲料も飲めなくなる。


 少し考えればわかることだ。


 ドクペを見つけた喜びで、そんな単純なことすら頭から抜けていた。


 ドクペの水たまりを眺めていると少しずつ動いていた。


 傾斜がついているのだろう。


 風呂場と同じ排水設計だ。


「……なんで倉庫に傾斜がついてるんだ?」


 倉庫でも排水、清掃を想定しているなら床勾配も不自然ではない。


 だが、ここは地下シェルターだ。


 非常時の避難施設で、貴重な水を使って床を洗う設計をするとは思えない。


 だとすれば意図した傾斜ではないのかもしれない。


 水は少しずつ倉庫の奥の方に向けて動いていた。


 俺は先回りするように倉庫の奥に向かった。


 山のように積まれた段ボールをのけた先にあったのは排水溝ではなかった。


 司令官の執務室で見たものと同じ金属扉だった。


 見取り図にはなかった、もう一つのエレベーター扉だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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