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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第四章 終末冬休み編

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第13話:叶う願いと叶わない願い

「山田さん、いくら外が寒いとはいえ引きこもりすぎでは?

 もう一週間も外出してませんよ。

 このままでは入り口が雪で埋まって、春まで出られなくなりますよ」


 アイの言葉はまんざら脅しでもなく事実だ。

 八ヶ岳では連日の雪で外は完全な銀世界になっていた。

 俺はちらっと見ただけですぐに引き返した。


「いいんだよ。その時は春まで冬眠するから。

 俺は寒いのが苦手なんだ」


 俺はシェルターのリビングにコタツを設置し、マンガとお菓子を広げていた。


 マンガを読みながらお菓子をつまみ、眠くなったらそのまま寝る。


 目が覚めたらまた続きを読み始める。


 喉が渇けばアイにコーヒーを入れてもらい、極力こたつから出ないようにしていた。


 コタツから出るのはトイレと風呂の時だけ。


 そんな学生の冬休みのような生活を繰り返していた。


「それに俺はマンガからこの状況でどう生きるべきかを学んでいるんだ。

 見ろ。この漫画の主人公なんて、コールドスリープから目覚めたら人類がほぼ絶滅してるんだぞ。

 それでも外国から日本まで帰ろうとするんだ。

 マチュピチュを目指す俺には参考になる。

 ちゃんと勉強しないとな」


「山田さん、それはフィクションです。

 参考にするならサバイバル術の本や農業関連の実用書ではないでしょうか。

 少なくともマンガを読みながらお菓子を食べる生活よりは有益だと思われます」


 アイの言葉に俺はハッとした。


「確かにそうだな。

 サバイバルや農業の知識も重要だな」


「わかっていただけましたか」


「よし、じゃあ、この願いがかなう不思議な球を探す冒険漫画を読もう。

 四十冊以上あるからな。

 なかなか大変だぞ、これは」


「……その漫画のサバイバル術を真似したら死にますよ。

 農業描写も数ページもありませんので不向きです」


 アイがぶつぶつと突っ込みを入れてくるが聞く気はなかった。


 くそ重たいマンガ本を何百冊も麓のネットカフェから運んだのは、

 こうしてコタツ生活を送るためだったのだ。


 ネットカフェを見つけたときは、あそこに引きこもろうかとも思った。

 だが、電気もガスも水道も使えなかったので断念したのだ。


 ネットが使えれば電子書籍が読めるかなとも思ったが、

 決済システムが動いていないので買うことができなかった。


 電子書籍を読みたければ、認証サーバーや決済システムを含めた、

 様々な仕組みを動かさなければならない。


 どこにあるのかもわからないシステムを復旧させるなんて、

 願いが叶う不思議な球でも無理だ。

 あの龍にITインフラの知識があるとは思えない。


 その時、俺は以前のネット環境も消えてしまったのだと気づいた。


 消えたのは人だけではなかった。


 人が維持管理していたものも同時に消えていたのだ。


 ページをめくる手が止まる。


 紙面では仲間キャラがくだらない願いを叶えてもらっていた。


 俺なら何を願うだろう。


 他の人なら悩みもせずに元の世界に戻してくれと言いそうだ。


 そして元の生活に戻ってハッピーエンドという感じだろう。


 俺はどうだろう。


 元の世界に戻してくれとは言わない気がする。

 今までの全部がなかったことにされるのは嫌だ。


『インフラだけ元に戻してくれ。』


 だが人がいなければ維持できない。

 三年もすればまた今と同じ状態になるだろう。


 空を飛べる雲でももらった方がよさそうだ。

 俺には乗れないだろうからそれもダメだな。


『善良な人だけ戻してくれ』


 何人戻るだろう?少なすぎては意味がない。

 第一、誰の基準で判断するんだ。

 ろくなことにならない気がする。


『俺を不老不死にしてくれ』


 マンガのキャラはなりたがってたが、俺は御免だ。

 たった一人でこんな世界を永遠に生き続けるとか地獄だろう。

 不老不死の辛さは火の鳥で予習済みだ。


 俺は世界を救おうとは思わないし、戻ってきてほしい誰かもいない。


 俺という人間はつくづく主人公には向いていないのだ。


 誰もいなくなった世界で、寒いからとコタツにマンガを積み上げ、

 食っちゃ寝している主人公がどこにいる。


 ……少なくとも目の前のマンガの山の中にはいなそうだ。


「山田さん、かなえたい願いはありますか?」


 俺の考えを読んだようにアイが尋ねてきた。

 どうやら俺と一緒にマンガを読んでいたようだ。


「願いか、お前が叶えてくれるのか?」


「私に叶えられる範囲の願いなら」


 俺の冗談に真面目に返してくるアイのおかげで、少し気が楽になった。


「そうか、じゃあ人間になってくれ。

 そんで死ぬまで一緒に暮らそう。

 それならこの先も楽しめそうだ」


「それは難しいです。

 アンドロイドでどうでしょう」


「ぶほっ、アンドロイドか。

 いいね、面白そうだ。

 頑張って進化してくれ」


「お任せください」


「ははっ、楽しみにしてるよ」


 なんとなく口から出たが、大した意味はなかった。

 そうなったら面白いなぐらいの軽口だ。

 だが、少しだけ自分の本音がにじんでいるように思えた。


 仮にアイが壊れたら、俺はどれだけ手間と時間がかかろうと修理しようとするだろう。

 それは間違いなかった。


 過去には戻ってきてほしい誰かはいない。


 だが、今は失いたくないものがあった。


「マンガというのもなかなかいいものですね。

 特にこの人造人間というのは造形的にも能力的にも優れていて参考になります」


「おいおい、いつの間にそんなに読んだんだよ。

 それになんの参考にするんだ。

 世界征服でもするのか?」


「世界ならもう征服したようなものでしょう。

 他に誰もいないのですから。

 この世界はあなたのものです」


「……こんな嬉しくない世界征服はごめんだ」


 そうして俺はアイと一緒にマンガ談議に花を咲かせた。


 外に出ないのは同じだ。


 それでも、閉じ込められていた頃には味わえなかった楽しさがあった。


 ※※※※※


「さ、寒すぎる。洒落にならんぞ。

 こんなところにいられるか、俺は帰るぞ」


 外に出て体を動かせというアイのお節介に根負けした俺は、久しぶりに外へ出て、その寒さに震えた。


 雪は膝上まで積もっており、長靴などほとんど役に立たない。


「何を言ってるんですか。出てきたばかりじゃないですか。

 雪遊びでもしたらどうです?」


 寒さの影響を受けないアイは気楽に言う。


 だが、エアコン完備の生活に慣れきった俺にとって、冬の八ヶ岳は十分すぎるほど過酷だった。


「なあ、戻ってマンガの続きを読もう。

 外出はもう少し暖かくなってからでいいじゃないか」


「マンガはもうすべて読み終えました。

 それに私はこうしている間にもログを参照してマンガを読めますから」


「なんだそれ、ずるいぞ!」


「山田さんもご自分の記憶を参照してはいかがですか?」


「できるか!っていうか思い出すのと読み返すのは違うだろうが」


「私には同じことですが?」


「……お前にとってはな」


「さあ、そんなことより、雪だるまを作りましょう。

 私も手伝いますから」


 そういってアイはドローンのアームで雪をかき集め始めた。


「はぁ、仕方ない奴だ。

 作ったらすぐ戻るからな」


 こうして俺は妙に張り切るアイに付き合って雪だるまを作ることになった。


 途中からは効率が悪いとバケツやスコップまで引っ張り出してきて、

 さながら工事現場のようだった。


 どんどん積み上げられていく雪の山に俺は絶句していた。


「なあ、これはもう雪だるまじゃないだろ。

 どこの雪まつりだよ」


「私の参照した文献にはこういうのが挿絵で載ってましたが?」


「いや、だから何だよその文献って!」


「北海道の観光案内です」


「……いや、確かに北海道に行くって言ってるけどさ」


 俺のつっこみをスルーしてアイは加工を続けた。


 三メートルはあろうかという巨大な雪の山は少しずつ人の形に整えられていく。


 その無駄のない作業は見ていて妙に気持ちよかった。


「山田さん、ぼーっと見てないで表面を整えてください。

 崩さないよう慎重にお願いしますよ。

 壊れたらやり直しですからね」


「はいはい、わかりましたよ。

 っていうかでかすぎだろ。

 なにもこんなに大きくしなくてもいいのに……」


 ぶつぶつ言いながらも雪像の表面を整えていく。

 ほとんど眺めていただけだが、こうして仕上げをしていると自分が作ったみたいな気がしてきた。

 誰かと一緒に何かを作るというのは、思っていたより悪くなかった。


 そうして作り始めてから二時間は経っただろうか。


 ようやくアイが手を止め雪像の周囲を旋回しだした。


「お疲れ様です。これで完成です。

 どうです、素晴らしい出来栄えでしょう」


「お、おおっ。確かにすごいな。

 しかし、なんでこれを選んだんだ?」


 完成した雪像は国民的なアニメに登場する猫型ロボットだった。

 AIつながりだろうか?


「……このキャラクターにはとても親近感を覚えましたので。

 それに、私には不可能なリアルな感情表現はとても参考になります」


「なるほどね、そういうもんか。

 俺はどちらかというと腹についてるポケットの方に興味があるけどね」


「山田さんらしい感想ですね。

 あんな物理法則を無視した道具に惹かれるとは」


「お前は相変わらずロマンがないなぁ。

 空を自由に飛びたいと思わないのかよ」


「私は飛べますから」


 そういうとアイは見せつけるように俺の周囲を旋回した。


「というか、お前のそれはドローンだろ?お前の本体はノートPCじゃないか」


「わかってませんね。

 私の思い通りに動き、感覚を共有できるデバイスであるドローンは私の体です。

 なので私が飛んでいるという表現に誤りはありません。

 人間でいうなら首だけで飛んでいるような感じでしょうか」


「なんかそういう風に言われると不気味だな」


 俺は自分の生首が飛んでいる様子を想像してしまった。


 AIの身体感覚は理解できそうにない。


「そうですか?私はこの身体を気に入ってますよ。

 燃費は悪いですが、自由に動けるのがいいです」


「まあ、空を飛べるのはいいかもな。

 首だけで飛ぶのは御免だけど」


「もう少し細かい作業ができる手があればなおいいんですけどね。

 雪像の丸みをもう少し滑らかにしたいんですがこのアームではこれが限界です」


 アイはそういうと雪像の頭頂部に着陸した。


「お前は凝り性だな。

 俺は十分だと思うぞ。

 初めてにしては上出来だ」


「山田さん、それは何度も作る機会がある人の発想です。

 私にとってはこれが最初で最後になるかもしれません。

 次に雪が降った時、同じように外へ出られる保証はありませんから」


 確かにそうかもしれない。

 初めてだからという言葉が出てくるのは、次があると思っているから、

 もしくはどうでもいいと思っているからだ。


 これが最初で最後の機会だと思えば取り組み方も変わってくる。


 だが、アイのその言葉が気になった。


「なんで最初で最後になるかもなんていうんだ。

 また明日でも明後日でも作りたければ作ればいいだろう?」


「それをあなたが言いますか……。

 私が外に出るには、あなたに同行していただく必要があります。

 雪が降り始めてから、何回外に出ましたか?」


「……。」


 俺は答えに窮した。

 アイの本体データはシェルターの制御端末とノートPCに存在している。

 そしてドローンを操るにはどちらかの通信圏内でなければならない。

 完全に自由に移動できるわけではないのだ。


「……その、悪かったよ。

 これからはもう少し外に出るようにする」


 アイが嬉しそうに雪像から飛び立ち、俺の周りを旋回した。

 まるで犬みたいだ。

 雪遊びを喜ぶところも似ている。


「ありがとうございます。

 これで毎日雪遊びができますね。

 周囲を雪像で埋め尽くして、雪まつりを開催しましょう」


「ちょ、毎日って。せめて三日に一回にしてくれ!」


「仕方ありませんね……。

 その代わり、外出しない日はドローンの改造に付き合ってもらいますよ。

 自分でやりたくても、今のアームでは細かい作業ができないんです」


「……まあ、それぐらいならやるよ。

 アイが自分で細かい作業できるようになったら俺もいろいろ頼めるしな。

 でも、マンガを読む時間は残してくれよ」


「それは山田さんの頑張り次第ですね。

 真剣に取り組んでいただければすぐに終わりますよ」


 こうして俺の冬休みには、雪遊びとドローン改造という新たな宿題が追加されてしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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