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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第三章 素人探偵編

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第12話:名探偵にはなれない

 人と一緒に持ち物まで消えていることに気づいて数日が経った。


 その間、アイの天気予報通り、雨が続いていた。


 だが、俺の好奇心はそんなものでは止められなかった。


 あらためて、思いつく限りの手段を使って、この現象がいつ発生したのかを突き止めようとした。


 電車には手掛かりはなかったが、俺は電車から着想を得て駅のホームに向かった。


 目当ては改札の切符だ。


 改札機の中には通った人の切符が残される。


 そこに打刻された時間を見れば異変が起きた時間がわかるという寸法だ。


 俺は工具を使って何とか改札機をこじ開けると、回収された切符が収納ボックスいっぱいに詰まっていた。


 俺は回収された切符を床に広げ、一枚ずつ打刻時刻を確認していった。


 ICが主流のこのご時世に、こんなに切符を買う乗客がいることに驚いた。


 最初は目視で確認していたが途中からアイに画像解析してもらった方が早いことに気づいて

 駅のコンコースに並べることにした。


 小一時間ほどかかってすべての切符を確認したアイが、最も新しい打刻時刻を告げた。


 二〇二六年七月二十七日 午前七時十二分。


 少なくとも、この駅はその時刻までは機能していた。


 一応、新しい情報ではある。


 だが、俺の好奇心の炎は一気に鎮火した。


 だからなんなんだ。


 結局、具体的なものは何も見つかっていない。


 ただ、その時間の後何かがあったんだろう、ぐらいの話だ。


 肝心なことは何一つわかっていない。


 むしろ今までスルーしていたことを確認しただけの話だ。


 よく考えれば改札をこじ開けて切符をばらまかなくても、

 駅員室のパソコンでも調べたほうが、もっと詳しい時間が分かったかもしれない。


 俺は何をやっているんだ。


「この時間に何か意味がありそうですか?」


「……わからない。俺にはさっぱりだ。

 お前には何かわかるか?」


 わかるはずがない。


 そんな少し意地悪な気持ちで尋ねた。


「少なくとも、この時間のすぐあと、おそらく午前七時十五分ごろに何かが起きたと推測されます。

 電車の停車位置、時刻表、切符の打刻時間からの推測です。


 また、切符の数から考えると相当数の人がホームで電車を待っていたと思われます。

 ですが電車内と同様、手荷物らしきものは残されていません。


 自発的に移動したか、何者かによって移送された可能性があります。

 現時点の情報だけで原因を特定することは困難です」


「自発的に移動したか、何者かによって移送された可能性か……」


 俺の投げやりな質問にも、アイは律儀に推論を積み重ねて答えてくれる。


 その姿が少し昔の自分に重なった。


 昔はクライアントからの無茶な要望にも、何とか応えようと知恵を絞っていた。


 たいていの場合は報われなかったが、たまに喜んでもらえることもあった。


 あれは素直にうれしかった気がする。


 あの頃の俺ならどうしただろうか。


 少なくともやりかけの仕事を放り出すような真似はしなかっただろう。


「……駅員室も調べてみるか」


「承知しました。手がかりになりそうなものを探しましょう」


 そう言うなり、アイはさっさと駅員室の方へ飛んでいった。


「おい、待て」


 俺も慌ててあとを追う。


 いつの間にか雨は弱まっていた。


 ※※※※※


 結果は空振りだった。


 PCの類は湿気と潮風でやられたのか復旧は難しそうだった。


 駅員室を見回してみても、手掛かりになりそうなものは見当たらない。


 勤務表も。


 マニュアルも。


 運行時刻表も。


 この事件の手掛かりになりそうなものは何もなかった。


「異常なものは何もありませんね」


「そうだな」


 電車の時と同じだ。


 血痕もなければ、弾痕もない。


 争った形跡も残っていない。


 あるのは誰もいなくなって、湿気とほこりでかび臭くなった部屋だけだった。


「これ以上は時間の無駄だな。

 切り上げよう」


「そうですね。

 雨も上がったようですし、充電拠点の様子を見に行かれてはどうですか?」


「おお、そうだったな。忘れるところだった。

 沈んでないといいんだけど」


 俺は空振りに終わった調査を忘れるように、わざと大袈裟な声を出した。


 そうだ。


 俺は探偵や警察じゃないんだ。


 こんな異常事態の調査なんてできるはずがない。


 暇つぶしにちょっと首を突っ込むぐらいがちょうどいいんだ。


 当面は忘れることにしよう。


 また何か思いついたら調べればいい。


 ※※※※※


「いい天気だな」


「そうですね。降水確率は0%です」


 事件の調査に行き詰まった俺は、気分転換にサイクリングをすることにした。


 歩いていた時にも思ったが、海を眺めるなら晴れている時が一番だ。


 青い海。


 青い空。


 白い雲。


 潮風が汗ばんだ肌に心地いい。


 海岸沿いを自転車で走るのは最高に気分がよかった。


 誰にも邪魔されずに一人で好きなように車道を自転車で突っ走る。


 信号に止められることもない。


 車や歩行者に注意を払う必要もない。


 普通ならあり得ない状況だが、今はそれが心地よかった。


 目的地に急ぐためにスピードを出すのとは一味違う快感があった。


「自転車もいいもんだな。

 風を直接感じられるし、なんというかすごく健康にいい気がする」


「そうですね。適度な運動は健康な体を維持するうえで重要です。

 山田さんは三年間のシェルター生活でかなり運動不足ですから、

 この機会にしっかり運動してください」


「いや、最近は結構肉体労働してるよ、俺!」


「三年分を取り戻すにはまだ足りません。

 頑張りましょう」


 確かにシェルターの中ではラジオ体操ぐらいしかしていなかった。


 だが、外に出られてからは車が使えないので歩きか自転車移動だ。


 おまけに充電拠点の建設では重たいパネルを運んだりもしている。


 それでも、三年分の運動不足を解消するには足りないらしい。


「しばらくは車を直さないで、自転車生活続けるかな」


「無理なく継続できるいい案だと思います。

 効果を上げるため電動アシストもギアもない自転車に変えますか?」


「それは嫌だ!」


 俺が曲がりなりにも自転車を楽しめているのは電動アシストあってのことだ。


 これなしで長距離移動など考えたくもない。


 普通の自転車に戻るぐらいなら、俺は原付を修理するだろう。


 そんなことを考えながらペダルをこいでいると、道路脇に倒れた原付が目に入った。


 あまり壊れていなさそうだったので、自転車を降りて調べてみることにした。


 ぱっと見は悪くない。


 だが、近くで見ると、フレームのあちこちに錆が浮き、タイヤは空気が抜けている。


「やっぱ駄目だな。三年もこんなところに放置されてりゃ、無事な方がおかしい」


「そうですね。屋内に保存されているものを探したほうがいいでしょう」


「だな。まあ別にいいんだ。俺には電気自転車がある」


 自転車にまたがり走り出そうとして、気づいた。


 これに乗ってた人はどうなったんだ?


 走ってる途中だったんなら原付はどこかにぶつかってるはずだ。


 そして、それは道路上に残された車にも言えることだった。


 今までは障害物としてしか見ていなかったが、あらためて考えると変だ。


 異変が起きたタイミングで全員が即座に車を止めたとでもいうのか?


 ありえない。


 車はすぐには止まれない。


 例え自分がそうしようと思っても、状況によってはすぐには止められないこともある。


 それなのにまるで時間を止められたかのようにその場に残されている。


 そして、運転席を見た俺は決定的に異常なものに気づいた。


 シートベルトだ。


 シートベルトが固定されたままシートの上にあった。


 路上に駐車して外に出たならこんなことはあり得ない。


 俺には路上に残された車たちが、無数の密室事件の現場のように見えた。


「なあ、アイ、これってどういうことだ?

 俺には運転中に車が一斉に停車して、人だけが消えたように見えるんだが」


「……結論を出すには情報が不足しています。

 観測された事実に合理的な説明はつきませんが、

 現実的な手段で再現は可能です。

 今の状況は手品の種を知らない観客と同じ状態だと推測します」


「……。」


 アイの言葉に俺は反論できなかった。


 いまさらな気もするが人が消えるなんてありえない。


 そもそも俺が見て回ったのは関東のほんの一部に過ぎない。


 実は関東以外には普通に人がいる可能性だってある。


 シートベルトの件も不自然ではある。


 だが、不可能なことではない。


 要するに、現状では結論を出すには情報が足りな過ぎた。


「そろそろ、北海道、目指そうかな」


 拠点づくりやらなんやらで気づけば三ヶ月が過ぎようとしていた。


 その間にやったことは多い。


 だが北海道へ向かう準備が終わったかと言われると微妙だった。


 いや、大丈夫だ。


 これから準備して向かえばいい。


 そのために移動できる拠点を作ったんだ。


「……まずは関東を脱出だな。

 水と食料は多めに積んでくか。

 まあ最悪現地調達でもいいんだが。

 なあ、アイはどう思う?」


「山田さん。水を差すようですが出発は延期したほうが良いと思われます」


「ん?なんでだ、また低気圧でも来るのか?」


「いえ、季節的に海上移動は危険になります。

 夏場ならともかく冬の海は落ちたら数分で命にかかわりますから」


「え、あ、そうか。冬か……」


 そういわれると急に寒くなってきた。


 もう十一月だ。


 八ヶ岳ですら雪が降り始める時期だ。


 北海道なんてもっと早い。


 今から向かうのは無謀かもしれない。


「……帰るか。北海道は春にしよう」


「はい。帰る前に物資を補充していきましょう。

 雪が積もれば外出は大変です」


「……だな」


 こうして俺の関東脱出は遠のいた。


 だが別にあきらめたわけではない。


 ただ少し先送りにしただけだ。


 冬の海にはロマンよりも危険がいっぱいだ。


 俺だって、それぐらいの計算はできる。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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