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終末世界で自由になったおっさんの放浪記  作者: 一月三日 五郎
第二章 移動拠点編

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第10話:釣竿が立派でも魚はつれない

 我ながら単純だと思うが、今更ながらに薬の重要性を認識した。


 生まれながらに体が丈夫なおかげで、これまで学校も会社も病欠したことがなかった俺は、

 医者も薬もない状況への危機感が足りていなかった。


 何かの拍子で骨折でもして動けなくなったら終わりだ。


 病院も救急車もない。


 回復するまで食料を取りに行くこともできない。


 そんな当たり前の事実にようやく気づいたのだ。


 そんなわけで、近場のドラッグストアで薬を調達することにした。


 もっと早く立ち寄っていればよかったと思わなくもないが本当にいまさらだ。


「残念ながら薬も劣化しますので、今後十~二十年かけて徐々に失われていきます。

 薬に頼らずに済むよう体調管理に気を付けたほうがいいですよ」


「……あと十~二十年か。

 けっこう猶予はあるな。

 薬草でも育てるかな」


「薬草で代替できる薬は一部です」


「夢のないこと言うなよ」


「現実的なことを言っています」


 食料がいずれ足りなくなるのは分かっていた。


 だが、足りなくなるのは食べ物だけではない。


 作る人がいない以上、いずれ在庫はなくなる。


 そうなった時にどうするのか。


 すぐには答えは出せそうになかった。


「まあ、これまで四十年間皆勤賞でやってきたんだ。

 今まで以上に気を付けてれば大丈夫だろ」


「根拠の薄い楽観論ですね。

 でもポジティブ思考はいいことです。

 少なくとも精神疾患の予防につながります」


「……そりゃ、どうも」


 なんだか馬鹿にされてる気がするが気のせいだろう。


 こういう時こそポジティブ思考だ。


 ※※※※※


 薬棚を漁っていると、不意に薬剤師の求人が目に留まった。


『パート・アルバイト募集 時給二〇〇〇円』


 時給二〇〇〇円。


 薬剤師ってもっととんでもない額をもらっているのかと思っていた。


 もちろん普通のアルバイトよりはずっと高い。


 だが資格職として考えると意外と現実的な数字にも見えた。


 そういやAIにとってかわられる職業なんて話もあったな。


 ん、待てよ。


 AIにとってかわられる職業ってことは逆に言えばアイでも代わりが勤まるのでは?


「アイ、お前って薬のこと分かる?」


「一般的な薬学の知識はあります。

 服薬管理も可能です。

 山田さんの場合、これまでの生活で体質チェックも済んでいますので、

 適した市販薬を提案することは可能です」


 なるほど。


 薬剤師の代わりくらいはできそうだな。

 少なくとも俺が適当に薬を飲むよりは良さそうだ。


 しかし、薬はやがてなくなる。


 そうなれば薬剤師の代わりがいても薬そのものがない。


 結論。


 自分で作るしかない。


 過去にタイムスリップした漫画では原始的な手法で抗生物質を作っていた。


 AIがいて、その気になれば製薬会社の資料にもアクセスできる。

 俺に作れないはずはない。


 十年もあればたぶんできるだろう。


 十年で無理なら二十年かければいい。


 幸い時間だけは腐るほどある。


 だが、問題は時間ではない。


 材料でもない。


 俺のモチベーションだ。


 俺はそこまでして薬を作る必要があるのかと思っている。


 今すぐにどうこうというなら必死にもなるかもしれないが、幸い今のところ健康だ。


 運動すればあちこち痛くなるがその程度だ。


 大体、手術が必要な病気になったら薬だけあってもどうにもならない。


 輸血が必要になるような大けがをしてもアウトだ。


 そうやって考えると、残りの人生を薬づくりに捧げるのも何か違う気がした。


 自ら死にたいわけではないが、何が何でも長生きしたいわけでもない。


「俺はどうしたいんだろうな」


「山田さんは普通に生きたいだけでは?

 起きて、動いて、食べて、眠る。

 シェルターで三年間やっていたことです」


 独り言だったのにまたしてもアイに突っ込まれた。


 起きて、動いて、食べて、眠る。


 まあ、突き詰めればそれしかしてない。


 というかできなかった。


 その反動で今はそれ以外の何かを探しているような状態だ。


 マチュピチュに行きたいなんてのもその一つだろう。


 本気で行けるとは思っていない。


 だが、行きたいと思った。


 薬の一件もそうだ。


 人生の終わりを意識すると、今しかできないことをやりたくなる。


 何かもっと有意義な時間の使い方があるのではないか。

 そんなことを考えてしまうのだ。


「……帰るか」


「はい」


 俺は答えを出せないまま自転車をこぐ。


 シェルターに着くころには何か思いつくだろうか。


 ※※※※※


「……それで、どうしてこうなったんですか?」


「ん、いや、そういや俺、釣りしたことなかったなと思って」


 シェルターに戻る前に突如閃いた俺は、湘南に行き先を変更し、充電拠点で釣りをしていた。


「シェルターに閉じ込められてた時にやりたいことリストってのを作ったんだよ。

 結局、その後は放置してたんだけど急にやりたくなってさ。

 それで、まあ、こうしてるってわけだ」


「……理解不能です」


 呆れられてしまった。


 だが、構わない。


 俺は釣りをしたいと思った。


 だから釣りをする。


 そこには不安も不満も何もない。


 釣れたらうれしいし、釣れなかったら悲しい。


 それだけだ。


 それでいい。


 魚を捕るだけならもっと効率的な方法はある。


 だが俺がしたいのは釣りなのだ。


 近くの釣具店から持ち出した、月給に届きそうな値段のバカ高い釣竿を握りしめてひたすら待つ。


 こんな無駄の極みともいえるような時間が今は楽しかった。


「釣れませんね」


「そうだな」


「もう一時間たちましたよ」


「そうだな」


「風も出てきました。身体が冷えるのではないですか?」


「大丈夫だ。ちゃんと防寒してる。

 むしろ少し暑いくらいだよ」


「……そうですか」


「ああ、水面の浮きをぼーっと眺めるのもいいもんだな。

 なんだか頭がぼーっとしてくる」


「それはのぼせです。

 少し厚着しすぎなのではないですか。

 頭を冷やしたほうがいいです」


 俺はリュックサックからドラッグストアで手に入れた冷感シートを取り出し、頭に張った。


「冷たくて気持ちいいな。

 どうだ、ぬかりないだろう」


「……無駄遣いです」


「どうせ俺だけじゃ消費期限までに使い切れないんだからいいんだよ。

 お前にも張ってやろうか?」


「故障の原因になりますよ」


「そうか、残念だがやめておこう」


 別にやけになったわけではない。


 ただ、先のことを気にしすぎて思い悩んでばかりいるのもどうかと思ったのだ。


 それならいっそやりたいことをやったほうがいい。


 そんなわけで俺は釣りをすることにした。


 釣りをしながらこうしてアイととりとめもない話をする。


 そのほうがいくらかましな過ごし方だと思えた。


「そろそろ日が沈みます。泊まる場所を探しましょう」


「……そうだな。さすがに夜の海は怖い。

 ひきあげるとしよう」


「賢明な判断です」


 結局、一匹もつれなかった。


 そういえば夏と冬ならどちらが釣れるんだろう?


 寒いと魚も活動しなくなりそうだな。


 夏のうちにやっておけばよかったかもしれない。


「まあいい、次は大量に撒き餌をまくかな」


「網漁でもやったほうが良いのでは?」


「……そういうんじゃないんだよ。

 お前はロマンがないな」


「理解不能です」


 撒き餌をまくのはロマンの範疇だろうか。


 ……ちょっとグレーかもしれない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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