9話 断罪の余波と生きる力
* * *
追放されると決まってからは早かった。
私に残されたのは――、身の回りを整理するための幾ばくかの猶予。しかし、教会の宿舎に置いていたわずかな身の回りの荷物はことごく撤去、そのまま廃棄された。恐らく、教会の仕業なのだろう。
私は辟易として、大きな溜め息をついた。これでは追放されるにしても、売る物が何もなく無一文同然だ。
(罪人に権利なし、とでも言われているみたいだわ)
しかし、自由を手に入れた私は、その程度で心が折れるか弱き乙女ではない。私は身辺整理に口実をつけて隙を見計らい、宿舎を抜け出したのだ。
私は教会倉庫へ足を運んでいた。スコップを手に、土を掘る作業に勤しむ。そうして――カツン、とスコップが何かに触れた。
私は心の中で歓喜した。
(これぞ、生きる力……!)
地面から掘り返したのは木箱。それを開ければ、金品を入れた巾着袋が顔を出す。手にすれば、ずっしりとした重みが私の疲れた心を癒やした。
そう、これは密かに隠し持っていたものだ。――教会入りが決まった直後に埋めておいて正解だった、と今更ながらに思う。
(そもそも、没落しかけた商家の娘に癒やしの力が宿った、なんて……酷い話よね)
心の中で呟きながら、巾着袋に入った金貨を取り出した。金貨は夕陽に反射して、きらりと光る。だが、その輝きと価値は決して同列ではないだろう。
(悪い意味で商魂たくましい父は、すぐさま私を教会に売った訳で)
思い出すのは最後に見た父の顔。どこか安心したように、教会入りする私を見送っていた。その手に大きく膨らんだ巾着袋を携えて――。
それは私が手にしている巾着袋と同じ中身だったのだろう。大きく膨らんだ巾着袋は私の価値。
思い出す記憶はさらに遡り――。没落寸前の商家。毎日、朝から晩まで帳簿と睨み合う父の姿。母はとうの昔に死別していて、家族と呼べる者はいなかった。
暗い過去の記憶を追い出そうと、慌てて首を横に振る。
(起こったことを嘆いても仕方ないのよ。これからは、私のしたいように生きるだけ)
そう決意を固めて、ゆっくり立ち上がる。
ここは教会倉庫が佇む場所。倉庫にはありがたい聖遺物が保管されているらしい。けれど、今となっては忘れ去られた、ただの物置。もちろん、人通りが少なく人目につかない。
でも、私にとってはガルヴィン様と談笑した思い出の場所。疲労が酷いときには、彼の肩を借りたこともあった。だが、今の彼は魔物討伐遠征の英雄だ。
叙勲を受け、爵位を得たガルヴィン様と話すことは許されないだろう。その事実が少し寂しい。それでも、彼の未来が明るいものでありますように、と願うのは許して欲しい。
「彼の新しい門出に祝福を――」
抱いていた淡い恋心に別れを告げるため、そっと祈りを捧げた。
◇
私は抜け出していた教会宿舎へ戻った。
閑散とした私の部屋に、唯一残されたベッド。そこに腰掛けて、追放のときを待つ。しかし、いくら待てども閉ざされた扉が開くことはなかった。
そうして――夕陽はすっかり落ち、外は暗闇に包まれていた。
(まさか、闇夜に紛れて……なんてことはないわよね?)
もしもの可能性に一抹の不安を覚える。戒律違反ならまだしも、大聖女様の立場を脅かしたのだ。闇夜に紛れて、さらには事故に見せかけて――なんてこともあるかもしれない。
これは私の追放計画の中で予想外のことだった。
(私の中の聖女としての力はまだ残っているし、そう易々と処分されることもないと――高を括っていたのかもしれない)
それは誤算。私はぎゅっと、両手を握った。しかし、その次には心の中で燃える意思があった。
(いいえ。例え、そうだとしても生き残ってやるわ……!)
決意を新たに、勢いよく顔を上げた時――。
ドンドン、と扉を乱暴に叩く音。私は思わず、びくりと体を震わせる。すると、閉ざされた扉の向こうから声が掛けられた。
「今日はここで待機していろ。明日の朝には追放だ」
感情の起伏を感じさせない声音で告げられた言葉。扉の向こうにいる人物はそれだけを告げた。そうして、去って行く足音だけが廊下に響いたのだった。
(どういうこと……?)
困惑した私に残されたのは、ひっそりと眠りにつくことだけだった。
* * *
そうして――翌朝。
見知らぬ騎士の監視のもと、連れて行かれたのは市民が利用している馬車の乗り合い場。
(追放って馬車に乗せられて、何もない場所でポイ、じゃないの……? まさかの乗り合い馬車?)
私は想像と違う光景に困惑する。人々に気付かれないよう、フードを深く被り直した。
すると、騎士は素っ気なく言い放つ。
「ガルヴィン様の言いつけですので。それでは、私はこれで」
「え、えぇ……?」
呆れた声を上げた私を置いて、彼は早々と去っていった。
どうやらガルヴィン様は多大なる功績を残したようだ。こうして、他の騎士に指示を出せるほどまでの地位を手に入れたのだから。
そこでふと、思い当たることがあった。昨日、教会宿舎を訪れた人物だ。
(それじゃあ、昨日のことも……。ガルヴィン様が気遣って下さったのかしら……?)
言わずもがな、女一人が夜に旅路を行くのは危険が付きまとうだろう。それも追放となれば尚更。しかし、私は自嘲するように目を伏せた。
(いいえ、そんな都合のいいこと……)
甘い考えを払拭するように、首を横に振ったのだった。
そうして、人々が雑踏する中。私も馬車へ乗り込もうと順番を待つ。すると、聞こえてきた会話があった。
「今頃、国は慌れているだろう。どうにも大聖女が偽物だったらしいぞ」
「ああ、今はその話で持ち切りだ。昨日も王都付近に出現した瘴気をちっとも癒やせなかったようだ」
不穏な気配漂う会話の内容は、大聖女様についてだった。――そうやら、彼女が偽りの大聖女だと民衆に知れ渡る事件が起こったらしい。
人々の会話は弾む。
「はぁ……。なんというか、予想通りだよ。他の聖女様と違って身なりが、ほら……やたらと豪勢だったじゃないか」
「教会の独裁もまっぴらだ。隣国へ渡っていけば、まだいい生活ができるだろう」
それは私も感じていたこと。どうやら、教会の腐敗は民衆にも広く知られるようになったようだ。
「瘴気の影響もあって、こうして国を出る者が多い。今は瘴気で国を失った移住者を多く受け入れている国もあるからな」
「どうりで……、隣国行の馬車に行列ができている訳だ」
飛び交う不穏な会話。――そう言えばマーシャおばさんも、少年も国を渡ると話していた。
私は彼らの笑顔を思い出し、旅の無事を祈った。祈りを終えると前を見据える。
それはこれからの生き方を決意する眼差し。――聖女としての私は追放されたのだ。未だ見ぬ、新しい世界に心を躍らせる。
(少し離れた郊外に小屋を借りて、庭で薬草を育ててもいいわね。収穫が軌道に乗ったら、ひっそりとした診療所を開くのもいいかもしれない……!)
馬車を待つ列が少し進んだ。私の手荷物はない。あるのは巾着袋と纏ったフードだけ。それだけでも、私の旅立ちには十分だ。
すると、雑踏する人の流れを横切るようにして、こちらへ向かって来る人影があった。それは、人々の頭ひとつ分背が高いため凄く目立つ。――見知った顔。私の視線を釘付けにするには十分だった。
見慣れた黒髪、口数が少ないため人に誤解されやすい人。寡黙ながらも、私を気遣ってくれる――そんな人。
「えっ……? どうして、ここに……」
小さく呟いた私の声は、雑踏する人混みの中に消えてしまった。――忘れ去ろうとした淡い恋心が、再び息を吹き返す。




