8話 救済を拒む
「待っていただきたい!!」
大広間に響く、決意に満ちた声音。皆が驚き、扉の方を見やる。
そこにいたのは――。
(ガルヴィン様……?)
私はどうして彼がこの場にいるのだろう、と首を傾げた。さらに、その姿に目を奪われる。
ガルヴィン様は護衛騎士の格好ではなくなっていたのだ。まるで上流階級のような姿。大層立派な勲章が彼の胸元を飾り、腰に携えた剣は一層輝いて見える。
(私の知っているガルヴィン様じゃないみたい……。でも、どうしてここへ……)
私は瞬きを繰り返す。目の前の光景が現実なのかどうかさえ、分からなくなるほど困惑する。
すると、傍聴席からひそひそと声が聞こえて来た。私は聞き耳を立てる。
「あの方は……?」
「ガルヴィン・シュヴァリエ様よ。ほら、魔物討伐の遠征でとても大きな武勲を立てて、爵位と姓を賜った――」
「まあ……、素敵な方ね」
それは彼の近況を語るものだった。
ご婦人や令嬢たちは彼の勇ましい姿に目を奪われている。――無理もない。魔物討伐遠征に志願したばかりか、大きな負傷もなく、武勲を立てた騎士。
貴族のような世襲制ではなく、自らの力だけで名誉と地位を手に入れたのだ。憧れの眼差しを向けられるのは必然。むしろ、どうして今まで下級聖女の護衛騎士を務めていたのだろう、と思うほど。
どうやら私が囚われている間に、遠征隊は無事に帰還したようだ。そう思い至ると、私はほっと胸を撫で下ろす。
(ああ……、ご無事だったのね。よかった……。私、追放されたいと自分のことばかりで……。本当に酷い人間ね)
ガルヴィン様の帰還を嬉しく思いながらも、自嘲じみた笑みをこぼす。彼に、そんな私の醜い一面を知られずに済んで良かったと人知れず安堵する。
ようやくガルヴィン様の帰還が現実のものであると実感し始めた時。彼は予想だにしていない行動に出たのだった――。
ガルヴィン様は裁判が行われている広間まで足を進める。そして、声を張り上げた。
「聖女シャリアは、教会へ寄付できないほど貧しい民に癒やしを施したにすぎない」
それは紛れもない事実。それが戒律違反なのだから。
ガルヴィン様は言葉を続ける。
「これが平等であり、崇高な精神である。精神は高尚たれ、この教えに反したことにはならないだろう! 瘴気を癒やし、消し去ったことも、彼女こそが真の大聖女であるという証だ」
王子や傍聴人に語り掛けるようなガルヴィン様の言葉。なんと、彼は私の無実を証明するために、熱弁を振るい始めたのだ。
それに、彼の言葉。――私の聞き間違いではないか、と耳を疑った。
私が大聖女?
そんなこと、あるはずがない。それに私が瘴気を癒やしたことも、どうしてガルヴィン様は信じているのだろうか。私が下級聖女の力しか持たないのだと、一番近くで見ていたはずなのに――と疑問は尽きない。
彼は大きく手を伸ばし、丁寧な所作で私を指した。そのまま、ゆっくりと口を開く。
「真の聖女とは、彼女のことだ」
全ての視線が私に注がれる。
(ちょっと……待って、待って!! 違うの! ガルヴィン様! 私、言われる程の善行をしていないのよ! 困ります!)
もちろん、それに慌てたのは私。それに加えて、大聖女様と司教様だ。大聖女様は取り乱し、王子に何かを訴えている。さらに司教様は、怒りをあらわにして、声を張り上げた。
「これは戒律違反、並びに大聖女様の立場を脅かした者の裁判だ! 有罪であることに変わりはない!」
彼らは知られたくないことでもあるのだろう。奉仕を訴え、崇高な精神を教えとするにも関わらず、大聖女様のローブの装飾に宝石が散りばめられていることも。彼女が慌てたときに垣間見えた、赤毛の髪も――。
私は全てを察した。
(あぁ、全て偽りだったのね……)
しかし、この裁判。国外追放を勝ち取らなければならない。私は決意に満ちた表情を浮かべる。
すると、大聖女様は私をきつく睨みつけ、司教様は厳しい形相で何かを訴えている。きっとこれは私に「罪を自白しろ」と訴えているに違いない。
私は両手を握り締めながら、わっと声を上げる。
「そ、それは違います! 私は教会の戒律違反を犯しました!」
ガルヴィン様の熱弁を遮った私の叫びは大広間に木霊した。
武勲を立てた騎士の発言を遮るなど、不敬にも程があるだろう。傍聴席の視線は次第に冷めたものに変わっていき――ガルヴィン様による、私の無罪を主張した熱弁は効力をなくしてしまった。
すると、大広間の空気が変わった。――良くない方向に。ガルヴィン様は今や、魔物討伐遠征の英雄だ。そんな彼の発言を否定したのだ。私に対する視線は、攻撃的なものに変わった。
ガルヴィン様は勢いよく、私を振り返る。彼の鋭い視線が私を射抜く。
(そ、そんなに睨まないでっ! 流石に怖い!!)
肩を震わせて縮こまった私を見るガルヴィン様の表情は、次第に困惑したものに変わってゆき――。ついにはうなだれるように俯いてしまった。
教会の裁判。自白さえしてしまえば、無罪ではなくなる。それを彼は憂いたのだろう。
あとは、判決を王子の口から告げるだけ。王子は側近と思しき人物に耳打ちを受けている。それに頷き、こちらを向いたかと思えば、彼は威厳あるような口調で語り始めた。
「そ、そうか……罪人シャリア。有罪には変わりない! だが、シュヴァリエ卿の訴えに免じて、貴様には罰を選ばせてやる!」
「国外追放でお願いします! 追放されたいです!!」
すかさず、わっと声を上げた私。その勢いに、王子が目を丸くして言葉を失った。――騒然となる壇上。
周囲の静けさに、私がやらかしたと気付くまで時間を要した。
(しまった、つい食い気味に……。それに、思わず願望が出てしまったわ)
私は我に返り、しおらしく悲しんでいるように装う。ただ、大聖女様と司教様は、それがいいと言わんばかりに頷いていた。――ここで利害が一致するなんて、おかしな話だ。
すると、王子はわざとらしく咳払いをした後、声を張り上げた。
「よ、よいだろう……!! 罪人シャリアは国外追放である!」
声高らかに宣言された処罰内容。私は祈るように胸の前で手を組んだ。
(やったわ! やっと無休労働から解放される……!! 殿下、大聖女様! ありがとう!)
ただ、胸中は周囲が思っているようなものではない。解放感と、達成感が私の胸をいっぱいに満たしていた。
ふと、視線を上げればガルヴィン様の表情に目が留まった。
(ガルヴィン様、悲しそうな顔をしているわ……。ごめんなさい……せっかく、私を庇って下さったのに……)
心の中で、精一杯の謝罪をしておく。私の自分勝手な計画に巻き込んでしまった、優しい人。
そこで私の胸に残ったのは疑念。教会裁判に乱入したガルヴィン様の行動だった。
(でも、どうして……? ただの下級聖女と護衛騎士の関係だったはずなのに……)
ふと視界に入ったのは、静かに震える彼の拳。それは不甲斐なさを感じたからなのか、思惑を阻まれた悔しさからだったのか――私には分からなかった。




