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【連載版】過労聖女は追放をお望みです!~ 寡黙な護衛騎士がついて来る、なんて困ります! ~  作者: 出口もぐら
第一章

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5話 魔物討伐遠征

 そうして、ガルヴィン様と共に下町へ繰り出すようになってからというもの――。一向に進展の兆しをみせない追放計画にどうしたものかと、私は考えあぐねていた。


(規律違反を密告してもらうには……、ってガルヴィン様はすっかり協力者。むしろ、共犯って感じよね……)


 ちらり、と隣に佇む彼を見つめる。彼の眼差しは力強い。


(司教様に見つかっても庇って下さるし……)


 あの後、ガルヴィン様は私が町の人を癒やしている最中、まるで見張りのように周囲を警戒するようになったのだ。私は心の中で、そっと呟いた。


(何か、別の方法を考えないと……)


 その実、私の現状は教会から要請された貴族への奉仕と、癒やしの祈りを必要とする下町の人々への奉仕。要は、以前よりも活動量が増えている。しかし、これだけ癒やしの祈りを捧げても、聖なる力は一向に衰える気配がない。

 それどころか――。


 祈りを終えた私は、マーシャおばさんの顔色を(うかが)う。痛みにしかめていた表情は随分と柔らかくなったようだ。

 彼女は膝に触れて痛みを確かめると、嬉しそうに口を開く。


「シャリアちゃん、診てもらった膝はもうすっかり良くなったよ」

「それは良かったです」

「胸の病気の子も、シャリアちゃんが祈ってくれたから、床から出て歩けるようになったんだって? 教会に助けを求めても、門前払いされたってのに……」


 マーシャおばさんが語ったのは、私が癒やした子の予後と教会の対応。それは比べるような物言いだ。

 そう――それどころか、聖なる力は日に日に増していた。どういう理屈なのか、分からない。私の口から出たのは乾いた笑いだった。


「いやぁ……あはは……。そんな、私なんて大聖女様に比べたら――」


 そこまで言い掛けた言葉を遮ったのは、他でもないマーシャおばさんだ。彼女は少しだけ憤慨したように語り始めた。


「大聖女様は、私たちに何もしてくれやしないだろう?」

「うーん……ほら! 大聖女様には瘴気を癒やしの力で消す、という大事なお役目がありますから! それに王子様と大聖女様がご婚約されて……、この国は安泰だと神父様が言っていましたよ」

「そうかい? 最近はこの辺りでも瘴気が出たっていう噂もあったよ……?」


 聖女の頂点、大聖女様。彼女は他の聖女と違って、重要なお役目がある。王族への癒やしの祈りや、瘴気を消し去ること。

 瘴気は魔物の他に、人々を脅かす存在。瘴気から魔物が生まれ、病を広めるという。発生原因やいつ、どこで発生するのか分からない。


 そんな私の思考と言葉を遮ったのは、またしてもマーシャおばさんだった。


「私のような下町の者には、シャリアちゃんのように親しみやすい聖女様が一番だよ」


 その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。すると、彼女は悪戯に微笑んで、見張りをしていたガルヴィン様に声を掛けた。


「護衛騎士様もそう思うだろう?」

「あぁ」


 彼のその、たった一言。力強く頷いた仕草が、私の胸を打つ。それから、その日は胸の高鳴りを誤魔化すので精一杯だった。


 * * *


 ガルヴィン様との()()にも慣れて来た頃。――それは唐突に訪れる。

 彼は神妙な面持ちで口を開いた。

 

「突然のことだが、遠征に志願した」

「えっ……」


 あまりの突然のことに、私は驚きの声を上げることしか出来なかった。

 

 遠征――その言葉が示すのは「魔物討伐」遠征。

 原因不明の瘴気から生まれてくる魔物。それらは群れをなして人を襲う。そのため、一定周期で討伐遠征隊が組まれるのだ。もちろん、遠征に参加するのは命懸け。負傷し、騎士を退役する者もいると聞く。それも志願となると――、余程のことだろう。


 私は掛ける言葉が見つからず、沈黙したまま。茫然と佇む私に対して、ガルヴィン様はゆっくり頭を下げた。


「勝手な真似をして、すまない」

「い、え……。ご無事をお祈りしています」


 ようやく紡いだ言葉は掠れていた。

 彼は何も語らず、決意に満ちた眼差しを私に注いでいた――。


 ◇


 ガルヴィン様と別れた後。教会宿舎へ戻る私は、自分の気持ちに戸惑いを覚えていた。


(どうして、突然……遠征に志願だなんて。それに私……、ガルヴィン様と離れることが嫌だなんて……思ってしまった)


 震える手を胸元できつく握りしめる。

 追放計画が上手く進むまで、ガルヴィン様と下町で過ごす日々が続くことを疑っていなかった。追放されれば自由になれるはずなのに、彼と離れることを考えていなかった自分自身にも驚く。

 

 それに――。


(遠征となると、戦線を征く騎士の癒やし手として数名の聖女が選ばれるはず……。それも下級聖女であれば、替えが利くもの。でも、私は声が掛かっていない……。どうして……?)


 次々と浮かんでくる疑問に、思考は堂々巡りとなり――、遂には答えが出ないままだった。


(そうだ、遠征の出立式……。その日までに、できることをしよう)


 私はそう決意し、マーシャおばさんから教えてもらった薬草学の本の写しを開くのだった。



  * * *


 瞬く間に、遠征出立の日が訪れる。


 教会の大広間には遠征隊と、それを見送る聖女や家族の姿。騎士たちは誇らしげな表情を浮かべ、聖女や家族も名誉あることだと口々に告げる。それはざわめきとなって、大広間に木霊するほど。

 さらには、まるで騎士たちの健闘を祈るかのように、ステンドグラスが日の光を運んでいた。色彩豊かに大広間を包み込む。


 そんな中、出立式が始まる直前。私はガルヴィン様と最後の言葉を交わしていた。――と、いっても寡黙な彼のこと。いつものように口数は少なく、相槌を打つことがほとんどだ。それでも時折見せる、ガルヴィン様の優しい眼差しが私の心を満たした。

 私は彼を見上げて、心の中で呟く。


(この期に及んで、ガルヴィン様と離れるのが嫌だなんて――。私、どうしちゃったの……)


 矛盾。私は規律違反を犯し、追放され、自由を手に入れる目的があったはず。それなのに、規律違反を密告する気配すらなかったガルヴィン様。計画を狂わせているのは、彼だというのに私が抱く感情は――。


(……恋だなんて、今更よ)


 心の中で呟いた言葉はそっと消えて行く。――それでいい。


 そうして、言葉を交わす時間は無情にも過ぎてゆく――。それがとても惜しいと感じてしまうほど、私は彼と一緒にいたい。そんな気持ちを自覚するには遅すぎたようだ。


 私はおずおずと口を開く。


「あの、こんなものでお恥ずかしいのですが……」

「これは――」

「香り袋です。少しでも、お守りの代わりになればいいなと……」


 彼に手渡したのは手製の香り袋。これはマーシャおばさんに教えてもらった、魔物避けの薬草を使っている。

 ガルヴィン様を守ってくれるようにとの願いを込めて、夜な夜な作業に勤しんだことを思い出す。もちろん、香り袋には神聖な祈りを捧げているのだから、多少なりとも効果は期待できるはずだ。


 そこでふと、目にしたのは隣の護衛騎士様。魔物討伐遠征に赴くのはガルヴィン様だけではない。ただ、違うのは彼らが掲げている煌めくチャームだ。それと比べれば、私が作った香り袋は見劣りするだろう。


 チャームが光に反射して、きらりと光る。私が手にする香り袋は、可愛らしい布で作られている。健闘を祈る煌めく光も、綿密で繊細な装飾も、何もない。

 私は目を伏せて、謝罪の言葉を口にした。


「……ごめんなさい。他の聖女は綺麗なチャームをお渡ししているのに……」


 しかし、そこでふと手に温もりを感じた。はっと、顔を上げればガルヴィン様は見たこともない、朗らかな笑みを浮かべていた。その表情は、私の視線を釘付けにする。

 ガルヴィン様はそっと口を開く。


「そんなことはない。有り難く、頂戴する」


 力強く答えた彼に、申し訳なさで胸が詰まる思いだった。ただ、香り袋を受け取った彼の嬉しそうな表情が、私の心を癒やした。


 私は祈る。――どうか、ガルヴィン様が無事に帰還しますように。


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