4話 護衛騎士様の表情の違い
下町の出来事から翌日。
私はいつものように食堂へ足を運んでいた。そこはいつにも増して賑やかだ。真新しいローブに身を包んだ、見慣れない面々。ローブの色や刺繍で、彼女たちが「見習い聖女」だと分かる。
私は食事を摂りながら、その様子を窺っていた。頭の片隅で、耳にした話を思い出す。
(見習い聖女が数人、教会入りしたと神父様がコソコソと話していたけれど……。本当だったのね)
私は視線を横にずらした。彼女たちを案内しているのは神父様だ。これからの教会宿舎での暮らしや、規律を教えているのだろう。それは癒やしの役目を担う同僚が増えた、と言っても過言ではない。
そこでふと、気になることがあった。
(教会は大役を担っている大聖女様の負担を減らすために、神様が数多の聖女を遣わせているって言うけれど……)
それは教会の方便なのか、定かではない。しかし、その一方で「見習い聖女」が「聖女」として教会に残ることは少ないようだ。聖なる力が発現しても一時を境に、傷を癒やせなくなり、ぱったりと力が消えてしまうことが多いから。それはまるで、力の源が枯渇してしまったようだという。
その現状を補うかのように、また次の「見習い聖女」が教会に入る。――恐らく、彼女たちもその類だろう。
神父様は彼女たちに微笑みかけると、ゆっくりと口を開く。
「君たちには期待しているよ」
「はい、神父様」
「昨日、一人の聖女が力を失い、教会を去って行ったからね」
神父様の言葉を聞いた彼女たちは青ざめていた。神父様は穏やかな口調とは裏腹に、まるで彼女たちを試すかのように厳しい現状を告げたのだ。
その光景に、私は呆れたと言わんばかりの溜め息をつく。
(あの神父様、おどかすような事を言うのよね……。聖なる力が発現したことを名誉だと、考える人が多いのに……)
貴族や王族以外で、それなりの生活が保障されるのは教会に身を置く者だけだ。――あと商人。それと爵位を買った商人。嫌な記憶が蘇るところだった。私は考えるのを止めようと、首を横に振る。
聖なる力が発現すれば、どんなに貧しくても最低限生活が保障される。それで救われる人がいるのは事実。ただ、その先で待つのは私のような無休労働の奉仕。
「分からないわよね、そんなこと。聖なる力なんて……まさに神のみぞ知る」
私は誰にも聞こえないように、ぽつりと呟いた。
(まぁ、私はいつも通りよ。少しずつ、追放計画を進めて行くだけ。もし、力を失ったとしても、都合がいいだけだもの)
自分の中でそう結論付け、目の前の食事に集中しようと意気込んだ。
すると、その時――背後から掛けられた声があった。
「聖女シャリア。隣よろしいか」
「むぐぅ、……どうぞ」
固いパンを無理やり食道に流し込み、どうにか声を発した。――それはどこかで見た光景だろう。隣を見やれば、食事を乗せたトレーを手に佇むガルヴィン様がいた。
(ガルヴィン様、また席を探して――)
困っている彼を目にして、ふっと口元が緩むのを感じた。
「今日はいつもより賑やかですね」
「そう、か」
(……いつも口数が少ないけれど、不思議と嫌な感じではないのよね)
ちらり、と彼を見やる。黙々と食事を摂る姿はいつもと変わらない。そんなガルヴィン様の姿に、私は心のどこかで安心した。――それが、追放計画とは真逆の感情であると気付かずに。
私はパンを片手に一瞬止まり、窓の外へ視線を投げた。
(うーん、何か世間話を……世間話)
何か、話題を考える。ようやく頭に浮かんだのは、ありきたりな話題だった。
私は視線を戻し、沈黙を破る。
「そう言えば、ガルヴィン様はどうして教会へ?」
「どうして、とは?」
「いや、あの……別に深い意味はないんですけれど」
口に運んでいたスプーンを止め、私を見やったガルヴィン様。反対に、彼から尋ねられた問いかけに、私は上手く言葉が出て来なかった。それを誤魔化すように、聞かれてもいない身の上話を口にしてしまう。
「私は聖女の力が発現したから、教会入りしたので……。って、当然ですね」
聖女であれば、それは誰でも想像できることだろう。私は困った笑みを浮かべ、肩をすくめた。そのまま、言葉を続ける。
「ガルヴィン様は何か理由がおありなのかと……。その、護衛騎士になった理由……、とか」
すると、ガルヴィン様は食事を中断したまま、真剣な表情を浮かべた。私の問い掛けに、彼は間髪いれずに――。
「理由なら、ある」
しっかりとした口調で紡がれた言葉。じっと、私を見つめる彼の瞳。それはどこか意味深にも思えた。しかし、私の思考はガルヴィン様の表情に気を取られていたのだ。
(あれ……、今……笑ったような?)
いつもガルヴィン様は寡黙で、表情があまり変わらない方だと思っていた。でも、本当の彼は私が思っているよりも――。そう思った瞬間、心の中がむずがゆい感覚に襲われる。
すると、ガルヴィン様はふっと目元を緩ませて、口を開いた。
「あなたは、よく食べるな。とても良いと思う」
「……こ、れはっ! お恥ずかしいところを……」
彼の視線が私の食事に注がれていると分かり、慌てて声を上げた。恥ずかしさのあまり、赤面する私。
それは聖女が食べるには多すぎるくらいの量が盛られた皿だ。――心機一転、しっかり食事を摂ろうとした結果。癒やしの祈りを捧げるための体力をつけようと、ここまで食事量が増えたのだ。
しかし、ガルヴィン様はそんな私を目にして――。
「いや、そんな意味で言ったんじゃない」
少し残念そうに、そう語った。それから、彼は話すことなく――。
(あ、黙ってしまった……せっかく楽しくお話できたのに。少し、しょげてる……。ガルヴィン様って、意外と分かりやすいのね)
私はくすり、と笑って食事を再開する。ガルヴィン様は私が食べ終わるまで、待っていてくれた。
◇
そうして、食事を終えた私とガルヴィン様は教会の通路を行く。
すると――、唐突に掛けられた声があった。
「なんだ、その目付きは。なんと態度の悪い護衛騎士だ。どうりで……、脅された司祭がいたと聞いたぞ」
聞き捨てならない言葉だ。振り返ると、そこに佇んでいたのは司祭様。声音と態度から、ガルヴィン様に敵対心を抱いていると分かる。――教会ではよくあることだ。出世できない鬱憤や、派閥のストレスを聖女や護衛騎士に当たり散らす者もいる。
私は咄嗟に、とぼけた様子で司祭様に声を掛けた。
「えっ……? 私にはそう見えません。寧ろ、彼は護衛という任を立派に務めています。真剣な眼差しです」
すぐさま、そう答えた私に司祭様は驚いたようだ。まさか、聖女が言い返すとは思ってもみなかったのだろう。
「そ、そうなのか……? まぁ、聖女がそう言うのであれば――」
口ごもりながら、そそくさとその場を離れて行った。
完全な言いがかりだ。「脅された司祭」というのは恐らく、昨日の下町の一件。ガルヴィン様に睨まれたことが気に食わなかった、あの司祭様のことだ。彼が司祭様たちの間で情報共有でもしたのだろう。――ガルヴィン様のような聖女に堅実な護衛騎士は、司祭様たちにとって目障りな存在らしい。
私は不服と言わんばかりに、大きく鼻を鳴らした。すると、その様子を目にしたガルヴィン様は申し訳なさそうに眉を下げる。
「聖女シャリア。気を遣わせてしまった。俺のせいで、すまない」
「えっ!? いいえ、私は本当のことをお伝えしたまでです……!」
見るからに気落ちした彼を、私は慌てて励ました。
(彼の表情の違い、他の人には分からないのかしら……? こんなにも表情豊かなのに)
そう思った矢先、ひそひそと囁き声が聞こえてきた。
「ねえ、また……あの護衛騎士様」
「ええ……。いつも無言で睨んでるみたいで……。何だか怖いわね」
他の聖女たちだ。彼女たちの視線がガルヴィン様に注がれているため、「怖い」というのは彼のことで間違いないだろう。
(あら……? 前言撤回した方がいいのかしら……?)
どうやら彼の微妙な表情の違いは、私にしか分からないようだ。




