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【完結】過労聖女は追放をお望みです!~寡黙な護衛騎士がついて来る、なんて困ります!~【連載版】  作者: 出口もぐら
第三章

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29話 聖女と英雄の姿

 * * *


 いよいよ、第三波が予見される日だ。どんよりとしていた空がさらに黒紫色へと変貌する。――予測されていた時刻よりも数刻早い。

 その証拠に、ざわざわとした胸騒ぎがする。神経を逆撫でするような不快感。これは私の聖女としての力が瘴気を察しているのだろう。


 私はガルヴィンと共に、町の門の近辺まで出向いていた。周囲の騎士たちも同様で、しきりに西の方角の様子を窺っている。


 町の集会場に避難した人々や、住民は屋外へ出ないよう通達されている。エリオット様も、安全な場所で指揮をとっている――はず。私はこれから起こることに覚悟を決めた。

 すると、頭上から降り注いだ声があった。


「瘴気、第三波を目視で確認! 及び、魔物が到達しました! 前衛、これより戦闘に入ります!」


 高見台の騎士から伝令だ。

 途端、私の隣に佇んでいたガルヴィンの気配が変わる。ピリピリとした緊張感。


(魔物……やっぱり出たわね……!)


 町の門には魔物が侵入しないよう、バリケードが張り巡らされている。けれど、そのバリケードのすぐ近くで魔物の唸る声がする。もし、瘴気の浄化が遅れたり、騎士たちが魔物の討伐を仕損じれば町の中に被害が及ぶだろう。


 私は視界に入る魔物の影をきつく睨んだ。まだ遠い。けれど、バリケードを突破されてもおかしくない状況だ。

 途端、視界を遮る影があった。目の前に立ちはだかるのは頼もしい背中。私は彼の名を口にした。


「ガルヴィン……!」

「露払いは任せろ」


 彼は力強く告げると剣を抜いた。きらりと鈍色(にびいろ)の刃が反射する。ガルヴィンは一気に駆け出した。背中はみるみる小さくなり、バリケードを優に超えて行く。

 魔物が次々に吠える。けれど、ガルヴィンは剣を振るのを止めないだろう。先に戦場と化していたバリケードの向こう側から、騎士たちが士気を上げるための声援が聞こえて来る。


 しかし、それを嘲笑うかのように瘴気の波が迫っているのだと、私の直感が告げる。


(今までとは規模も瘴気の濃さも段違いだわ……! でも――私にできることを考えるのよ……! )


 私の脳裏をよぎったのは大先生からの課題。あの薬草の生育方法だ。嵐が自然作用で水と土を浄化したように、私も聖女の力を嵐のように振るうことができれば――。


(って、そんなことできる訳ないじゃない!)


 できることとすれば、瘴気の波に対抗すべく、癒やしの力を波のように放つこと。けれど、第二波で癒やしの波は多少なりとも押し戻されてしまった。それが第三波で通用するとは思えない。

 嵐がもたらす風や雨の浄化作用――それらを最も効率よく再現できるものを思考する。そして――、辿り着いた答え。


(壁よ……! 壁をイメージすればいいんだわ! お願い、うまくいって……!)


 周囲一帯を取り囲むような壁をイメージする。その壁に瘴気の波が触れれば、浄化できるだろう。でも――、それは一時しのぎだ。

 浄化の壁が瘴気に耐えられる時間も、強度も未知数。――それならば、こちらが力尽きるよりも前に瘴気を浄化してしまえばいい。


 私は力強く叫んだ。


「瘴気なんかに、私の大好きな日常を奪わせないんだからっ……!」


 両手を強く握り締めて祈りを捧げ、癒やしの力を集中させる。

 そのとき――浄化の壁に瘴気の波が押し寄せた。思惑通り、瘴気は壁に触れたそばから白い霧となって空気中に消えていく。しかし、波と表現されただけのことはある。一向に押し寄せる波の威力が衰える気配はない。


 私は顔を上げて、大きく叫んだ。


「そうよ、だから――こうするのよ!」


 浄化の壁は高くそびえ立つ。私はイメージする。嵐のときの豪雨を。イメージ通り、浄化の壁は形状を変化させ、雨のように光の粒子となって降り注いだ。降り注いだ光は波を打ち消し、次々と瘴気を浄化していく。


 眩い光で霞む視界。どうにか目を凝らして瘴気の動きを確認する。どうやら、浄化の雨は瘴気から生まれた魔物にも有効なようだ。降り注いだそばから、魔物が溶けるように姿を消していく。


 魔物と対峙していた騎士たちは、その光景をただ呆然と眺めていた。しばらく、すると――静寂が訪れる。瘴気の波を完全に消し去ったのだ。

 途端、私は地べたに座り込んだ。安堵で腰を抜かしたようだ。それに加え、聖女の力を振り絞った結果、疲労で震える手足は思うように動かせない。


(良かった……これ、で……)


 心の中で呟いた言葉も途切れてしまった。地べたに座り込んでも、ふらつく上半身。最後の力を振り絞って、地面に両手をつく。けれど、視界が揺れた。


 ――もう、駄目だ。次に目を覚ましたときには私の中の聖女の力も、大先生のように枯れてしまうかもしれない。でも、それでも構わない。ただ変わらぬ日常に戻るだけだ。その日常を、私は守ったのだから。


 体が傾き、地面が近くなる。それに抵抗する術はない。そう思い、瞼を閉じた。けれど、私の体に触れたのは冷たい地面ではなく――温かな体温だった。


 ゆっくり瞼を開くと、視界いっぱいに映るのはガルヴィン。魔物が消え去ったことで、私のもとまで駆けつけてくれたのだろうか。

 彼は悲痛な表情で、私の名を呼ぶ。


「シャリア……!」


 ガルヴィンに大丈夫だと伝えないと、ただ疲れただけだと。何か言葉を発しないと――。そう頭では考えるものの、疲れ果てた私の口は思うように動いてくれない。私はしばらくガルヴィンの腕の中で抱かれていた。

 震える唇がようやく発した言葉は――。


「おなか、空いた……」


 消え入るように呟いた。後に続いたのは、空腹を知らせる腹の虫。

 ガルヴィンは一瞬、目を丸くする。それから、肩を小刻みに震わせて――。


「ふ、はははっ……! 君は本当に――」


 私が初めて目にした、ガルヴィンが感情を爆発させて笑う姿。これまで見たことのない、少年のような無邪気な笑顔を浮かべていた。

 突き抜けるような晴天の下。愛しさに満ち溢れるような、彼の笑い声が響き渡ったのだった――。


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