27話 決めた心に正直に
集会場へ人が徐々に集まってきた。それは他の診療所の増援だったり、物資を運んだり。炊き出しの手伝いに訪れた町の人たち。
そんな人の流れに混じっていたのは、目を引く体格に恵まれた青年。黒髪をなびかせて、急いでこちらに駆け寄ってくる。
「シャリア! やはり、ここに――」
「ガルヴィン……」
私は慌てた様子の彼の名を静かに呼んだ。
今朝、私が家を飛び出してから、ガルヴィンはずっと私を探していたのだろう。そう思うと、申し訳なさで眉が下がる。私は木箱を抱えたまま、彼と向かい合う。その拍子に箱の中の薬品瓶が、かちゃりと音を立てた。
ガルヴィンは私をじっと見つめる。彼の瞳は様々な思いを宿しているように見えた。
――いつものように、たしなめられるのだろうか。また心配をかけてしまったと、私は目を伏せた。
けれど、ガルヴィンはすぐさま周囲の状況を把握すると、私が抱えていた木箱を代わりに受け取った。彼の突然の行動に、私は目を丸くする。その間にも、彼は軽々と木箱を持ち上げていく。
そうして――、ガルヴィンは力強く告げる。
「他に、俺にできることは?」
「あるわ……! お願い!」
心強い言葉だ。私は胸が熱くなるのを抑え、勢いよく返事をしたのだった。
◇
集会場の準備が整った折、私はガルヴィンを連れ、集会場の裏路地で顔を合わせていた。
こうなってしまった以上、私の意思を告げるのならば、今しかないと考えたのだ。
「いい? ガルヴィン。前回、私があの国で瘴気を癒やせたのは偶然かもしれないけど……。でもこうなった以上、私は自分の意思で瘴気を癒やすわ。『できるかもしれない』じゃなくて、やらなくちゃ――」
王子であるエリオット様に言われたから、ではない。私が、私の生活を守りたいから瘴気を癒やすのだ、とガルヴィンに告げる。
ガルヴィンは黙って聞いていた。ただ、きつく結ばれた唇が彼の心情を表しているかのようだった。
私は言葉を続ける。
「きっと瘴気に呑まれた西の国というのは、私たちがもといた国だと思うの……。大聖女様が瘴気を癒やせなかったことも国を発つ前、噂に聞いていたのに……」
ぴくり、と彼の眉が動いた。きっと初めて耳にする情報だったのだろう。私の憶測も含まれているにしても、今回の瘴気の件は心当たりが多すぎる。
私は目を伏せた。――これまで私が抱えていた心情を吐露する。
「私は逃げたのよ、あの国から。ううん、逃げたかったのは本当。もっと言えば、聖女の責任から……。だから!」
「それは違う」
そこで初めてガルヴィンが声を上げた。はっきりとした口調で、私に言い聞かせるような抑揚で告げたのだ。
ガルヴィンは私の手を取ると、目を細める。けれど、その眼の奥は冷たいものを宿していた。
「俺は――シャリアを危険な目に合わせるのならば、この国を見捨ててもいいと考えている」
彼の口から告げられたのは、衝撃的な言葉だった。――見捨てる? 女将さんや大先生。それに、国を渡った私たちを受け入れてくれたこの町の人を?
私は思い出す。――あの国を出たのは、交流のあった人々も同じく国を出たから。権力という貴族の醜い欲望を満たすために、聖女の力を使うことが当たり前だったから。教会もそれに同調し、嫌気がさしていたから。
でも、この場所は違う。
私は震える唇をどうにか動かして、ガルヴィンの提案を否定した。
「そんなこと……っ! 絶対、駄目よ!」
「シャリア」
「な、に……?」
悲鳴にも似た私の言葉を遮ったガルヴィンは、声音柔らかに告げる。
「言い方を変えよう。俺は君が嬉しそうに食事をしている光景が好きだ。パンを頬張って食べる君が好きだ。それに、診療の手伝いに疲れてソファーで眠ってしまっている光景も好きだ。そんな……平穏な日常が好きなんだ」
ガルヴィンはその光景を思い出したのだろう、くすりと笑って見せた。対する私は、じっとりと彼を睨みつける。「私のそんな恥ずかしいとこを見てた訳!?」という怒りの心の声は黙っておこう。
それから彼は、鋭い眼差しで私を射抜く。一呼吸置くと、言葉を続けた。
「平穏を壊してまで、わざわざ危険な道を歩む必要はない」
「それは……」
言い返す言葉もなかった。彼の想いは理解できる。私だって、彼が大義名分のため魔物が巣食う死地に挑むというのなら、必死に止めただろう。
けれど、私が瘴気を浄化しなくても、他の聖女がどうにかしてくれる。そんな淡い期待はとうの昔に捨てたのだ。私の生活を守るためだから、私がやる。理由なんて、これで十分だ。
私はその意思を伝えようと、口を開こうとした。けれど、それはガルヴィンの発した言葉によって遮られてしまった。
「だが――君のいる場所が、俺のいる場所だ。そのためならば、俺はもう一度、魔物を殲滅しよう」
力強く紡がれた言葉。最後の物騒な言葉は、ガルヴィンがあの国で、どうやって英雄となったのかを示したものだった。流石は英雄というに相応しい。
さらに、ガルヴィンは「そもそも魔物討伐遠征に志願して武勲を挙げたのも、爵位を得て君を楽させるためだった」と笑って肩をすくませたのだった。
――初耳なんですけど、と悲鳴を上げたくなった。思わず、ガルヴィンの手を強く握り返してしまった。
思いもよらない暴露話に、私はしばらく言葉を失っていた。
――ようやく頭が追い付いてきた。彼の愛情に報いるのなら、私にしかできないことをすべきだ。
私は長い溜め息をつく。それから、ガルヴィンの手を絡めとり、彼の拳に唇を落とした。これは聖女が護衛騎士に贈る、最大級の信頼だ。「私の命をその手が振るう剣に預ける」そんな意味があったと記憶している。
私は目を伏せて、ガルヴィンに告げる。
「それなら、あなたが怪我をしたとき。私があなたを癒やす聖女になるわ。この際だもの。できることは、とことん――」
そこで、ぴたりと言葉を止めた。ガルヴィンの様子がおかしいことに気付く。彼は驚いた様子で目を見開いていた。それに耳まで真っ赤だ。微動だにせず、私を凝視している。
ガルヴィンの感情が伝染するかのように、私も顔が熱くなってきた。沈黙が拷問に思えてくる。そこで、先に声を上げたのは私の方だった。
「え、何……? 今更、照れないでよ……!? こっちまで恥ずかしくなるから……!」
「いや、その、意味的に――。俺のために……」
ガルヴィンは感銘を受けたかのように同じ言葉を繰り返している。――どうやら彼は愛情を返されると、とことん弱いようだ。そんな彼が可愛く思える。
私は小さく笑うと、ガルヴィンの手を引いた。
「もう……いいわ。早く行きましょう。エリオット様のところに――」
問題解決の第一歩だ。私とガルヴィンは頷き合うと、互いに足を踏み出したのだった。




