25話 第二王子、エリオット
翌日。今日も大先生の手伝いをするため、私は診療所を訪ねていた。
既に患者が複数人。回復傾向の人と、新たに流行り病が発症した人を隔てて――と、考えていると。そこで目にしたのは、見覚えのある金髪と胡散臭い笑顔。
彼は私に気付くと、にこやかに告げた。
「やぁ、また会いましたね」
「うげっ――」
思わず、蛙が踏み潰されたような声を上げてしまった。はっと口元を押さえたが、口から出たものはもとに戻せない。――診療所に、どうして王子であるエリオット様がいるのだろうか。一見、患者という訳でもなさそうだ。
それに昨日と打って変わって、彼の身なりは高貴な身分を示すようなものではなく、下町の青年らしい格好そのものだった。
確かに、私の身元を調べていれば、診療所で働いていることはすぐにわかるだろう。だからといって、この場にいる理由が思いつかない。私はしばらく首をひねっていた。
大先生は私の大げさな反応に怪訝な顔をしたが、すぐさま興味を失ったようだった。いつものように呆れた顔で「なんだい、顔見知りかい」とだけ告げたのだった。
笑みを絶やさないエリオット様を尻目に、私は大先生を問いただす。
「あの、大先生! これは一体、どういう……」
「さぁね。今朝から診療所を手伝いたいという物好きが増えたんだ。今は流行り病の猛威で人手不足だ、ちょうどいい」
彼女はそう告げると、早々に診療へ戻ってしまった。その場に残された私は、ぽかんと口を開けたまま――。
(大先生はエリオット様に気付いているのか、いないのか……。いいえ、気付いていたとしても、あの大先生だもの。好都合とばかりにただ働きさせそうね……)
そんな私の胸中を知ってか知らずか、エリオット様は機嫌よさげに声を掛けてきた。
「そんなに驚かなくても」
「――どうして、こんなことを?」
「興味本位です。それに、先々代の聖女のもとで薬草師として修行している聖女、なんて珍しいじゃないですか」
この王子は本当にいけ好かない、と私は表情筋を引き攣らせた。
エリオット様はさらに――。
「よろしくお願いしますね、先輩」
「は、はぁ……。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
互いに挨拶を交わし、私は一礼してみせた。余計な心労が増えた瞬間だった――。
◇
それから――意外なことにエリオット様は覚えが早く、大先生の手伝いをそつなくこなした。彼のおかげか、午前の診察は流れるように終わった。
そして現在、私は診療所の裏庭で休憩をとっている。一国の王子と同じ空間で働くという重圧からの解放感で胸がいっぱいだ。それに、今日はガルヴィンが用意してくれたパンを持参している。これを楽しみに、午前中の診察を頑張ったのだ。
私は座るのにちょうどいい段差に腰掛ける。意気揚々と昼食を食べようとした、そのとき――耳が足音を拾う。足音がした方を見やれば、そこに佇んでいたのはエリオット様だ。
エリオット様は私の目の前まで足を運ぶと、にこやかに声を掛ける。
「休憩、ご一緒しても?」
「……どうぞ」
「シャリアさん、僕に冷たくないですか?」
決して、そんなことはないですよ。喉元まで出かけた言葉は告げられることなく、無言の肯定となってしまった。
さらにエリオット様はそう言いつつも、問答無用で私の隣に腰を下ろした。――逃がすつもりはないようだ。
彼は立てた膝に頬杖をつくと、そっと口を開いた。
「少し、話を聞いてくれませんか?」
「どうぞ」
私はそう言いつつも、手にしたパンを口いっぱいに頬張った。
(ガルヴィンが焼いてくれたパン、今日も美味しい……。色んな具材がサンドしてあって、私の好きなチキンも入ってる)
なんて思いながら、エリオット様の話を片手間に聞く。
エリオット様の出自。第一王子との確執。偽聖女との愛に溺れた第一王子は、教会と第一王子派の傀儡となった。そこで、奇しくもエリオット様の本領発揮となった。持ち前の頭脳と洞察力で中立派をも味方につけ、偽聖女の悪事を暴き、追放とした。
そこから、国を立て直すために政策を打ち出して騎士団と連携、国中の診療所とも連携して色々頑張ったのだと。それが今度は瘴気という未知のものに侵されようとしている。国民を守るためにも、聖女の力が必要だと――私が聞きかじったことはこのくらいだろう。
エリオット様の語りを聞き終えた私は、おずおずと声を上げた。
「あの……その話、私に関係ありますか……?」
正直な話、この言葉に尽きるだろう。彼の話を聞いている間に、ガルヴィンお手製のパンを食べ終えてしまった。至福の時間が過ぎ去った喪失感と、エリオット様の話を聞き終え、何も得られなかった虚無感。――その両者によって、私の機嫌はすこぶる悪い。
すると、エリオット様は突然、声を上げて笑い始めたのだ。
「ふっ、……あはは! あなたくらいですよ、王子の話をそう言って聞き流すのは。それに、あなたは目の前のパンに夢中だった」
「そう、ですね……?」
彼の真意が分からず、私は首を傾げるほかなかった。――パンに関しては、パンが美味しいのがいけない。
エリオット様はその碧い瞳に強い意志を宿したかのように見えた。それから一呼吸置いて、力強く告げる。
「どうでしょう、互いの利益の為にパートナーとして僕と契約結婚しませんか?」
「結構です。私、しつこい人は嫌いなので」
「あははっ――! ビジネスパートナーとして契約、でしたらどうでしょうか」
「そうだとしても、婚約も結婚もナシです」
私は王子のお誘いをことごとく断った。ここまで来ると最早、からかわれているようにも感じられる。それに、王族や貴族の基準で話をされても困ることこの上ない。
私はエリオット様の碧い瞳を見据えて、言い放つ。
「身の上話をして少しでも同情を買えば、私が聖女として協力するとでも?」
すると、彼は考える素振りをした後――少しだけ、悲しそうに肩をすくめたのだった。
「それは少し違いますね。僕はシャリアさんに知っておいて欲しかっただけです」
「そうですか」
端的に答えた私はここで話を終えようと、すっくと立ちあがる。しかし、エリオット様は何かおもしろい物を見つけたように声を弾ませたのだ。
「ほら、こんな話をしていたら、あなたの騎士がすごい形相でやってきましたよ?」
「え……?」
彼の言葉通り、私が目にしたのは凄まじい気迫を纏ったガルヴィンが、こちらに向かって来る姿だった。一体、どうして彼が診療所近辺にいるのだろう、と疑問を口にするよりも前に――。
エリオット様がその答えをにこやかに告げたのだった。
「彼にはその腕を見込んで、魔物討伐のために騎士団を鍛え直してもらう。ということで、指南役をお願いするつもりだったのです」
「そ、れは――」
「もちろん、彼が出した報酬条件は全て吞むと返答しましたが、シャリアさん同様、返事を保留にされまして」
「い、いつの間に……そんな交渉を」
予想だにしていないことに、私は言葉を詰まらせる。私だけでなく、ガルヴィンまで丸め込もうとしていたのかと不信感が募る。
けれど、エリオット様の思惑は違うところにあったようだ。私の反応を目にして、彼は興味深いとでも言うように頷いた。
「ふむ、シャリアさんは自分のことよりも、彼のことで動揺するようですね」
――この腹黒王子、と言いたいところをぐっと堪えた。
そうしているうちに、ついにガルヴィンが私たちの目の前までやって来た。無表情だが、目の奥に怒りと嫉妬をたたえている。
ガルヴィンは私を背に庇うように、エリオット様の前に立ちはだかる。
「何を話していた」
「ガルヴィン、あなたのこと」
「俺の……?」
彼は思わぬところからの返答に、意表を突かれたようだ。私の言葉に理解が追い付いていない様子。そして次第に、そわそわと落ち着きがなくなっていった。
そんなガルヴィンを目にした私が思うこと。
(ほんと、ガルヴィンって可愛いところがあるのよね……。彼に私の気持ちを伝えないと――)
私がどうしたいのか、ガルヴィンに伝える時間が必要だ。けれど、惜しいことにそろそろ休憩時間は終わりを迎える。
エリオット様は小さく頷き、立ち上がった。
「さて、休憩は終わりですね。シャリアさん、戻りましょうか」
「ええ」
私は頷いて、診療所へ戻るため足を踏み出したのだった。
――ちなみに、途中から合流したガルヴィンも、大先生の手伝いに駆り出されたのは言うまでもない。




