24話 聖女ではない、ただのシャリア
「シャリアさん、僕と婚約しませんか? 聖女と王子が夫婦となって共に歩む、これで国は安泰です」
エリオット様の言葉に場の空気が一気に冷え込んだ。私は冷たい視線を彼に注ぎ、ガルヴィンは怒気をまとう。
私は小さく溜め息をつき、口を開いた。
「お断りします。権力とか勢力争いとか、関わりたくありませんので」
きっぱりと断った。自分でも驚くほど、すんなりと拒否の言葉を口にしたのだ。ただの町娘なら、一国の王子からのお誘いに舞い上がっていることだろう。
エリオット様は私の返答に、度肝を抜かれたような表情をしていた。少しの時間を置いて、彼はおずおずと口を開いたのだった。
「もう少し悩んでもらっても……? これでも僕、優良条件は揃っていると思うのですが……」
「いいえ」
またもや、きっぱりと否定した。私は彼の碧眼を見据えながら言い放つ。
「それに『前回のこと』で貴族たちも、民も懲りているでしょうから」
「……あなたは意外と聡明な人のようですね」
この王子は一言多い。その言動も、私たちを混乱させるためのような気がするけれど。
(意外とって何よ。いや、それを分かっていて話を持ち掛けたんでしょうよ……)
心の中で悪態をついた。私だって無知じゃない。
――真の聖女を見つけ出した第二王子。貴族と民の求心力を得るには十分なシナリオ。それに乗るのか、否かは私の判断次第という訳だ。まだ、主導権は握らせない。
私はガルヴィンを一瞥して、平然と答える。
「私には彼がいますので」
「なるほど……。お二人はそういう……失礼しました」
それだけで、エリオット様は都合よく解釈してくれたようだ。婚約話を持ち出したことに謝罪をしてくれた。――いや、実際にガルヴィンとは想い合っているのだから、そうなのだけれど。
ガルヴィンがまたも、ぴしりと固まったような気配がした。ここは気にしないでおこう。
エリオット様は一呼吸置くと、ゆっくり立ち上がる。にこやかな笑みを浮かべながら、別れの言葉を口にした。
「では、いいお返事をお待ちしていますね。我々はしばらく、この町に滞在していますので気が向いたら、いつでも」
私は無言のまま一礼した。――ひとまず、答えは保留だ。考える猶予を得た。
それから、エリオット様と護衛騎士の背中を見送った。重圧から解放された安堵で大きな溜め息をひとつ。
ぱたり、と扉を閉めるとガルヴィンと目が合った。じっと、こちらを窺うような視線。心なしか期待に満ちたような目をしている。そんな彼の様子に、私はどうしたのだろう、と首を軽く傾げる。
しばらく見つめ合った後。ガルヴィンはおずおずと、口を開いた。
「……シャリア、先程の言葉の意味は――」
「あーーーーっ! 蒸し返さないで! 深い意味はないから……!」
私はとびきり大きな声を上げた。ガルヴィンの表情と仕草から、どの言葉を指しているのか想像できてしまった。
そっぽを向いて視線を逸らす。場違いな恥ずかしさを誤魔化すだけで精一杯だった。
* * *
翌日。久しぶりに疲弊した頭と体で、私は診療所へ足を運んでいた。
大先生は私の顔を見るなり安堵の表情を浮かべ、大きな溜め息をついたのだった。
「お前さん、無事だったかい――?」
「はい、なんとか」
彼女の問い掛けに、私は肩をすくませた。それから、昨日の出来事をかいつまんで話をした。
大先生は私の話を静かに聞いてくれた。王子が直々に訪ねて来たなんて話をしても、驚かないところを見ると流石、年の功ということだろう。
私は出されたお菓子を頬張りながら、ぼやいていた。
「王子様。予言がどうとか、こうとかで。私、これからどうしようかと……」
悩みの種は尽きない。私は頬杖をつきながら大きな溜め息をひとつ。そこでふと、先程から大先生が一言も発していないことに気付く。私は彼女を見やった。
大先生は私と視線を合わせようとしない。それどころか、ばつが悪いとでも言うように呟いている。
「あー……予言、予言ねぇ」
「大先生?」
「まぁ、そんなものもあったね」
「えっ……? まさか、大先生?」
――そう言えば、大先生はガルヴィンが気絶させた騎士たちを目にしたとき「王国騎士団」と口にしていた。彼女はどうして、すぐさま王国騎士団と分かったのだろうか。
大先生は役目を終えた聖女だった。エリオット様が生まれる前の予言。――答えに気付いたとき、私はわなわなと震える唇をどうにか動かして、大きな声を上げたのだった。
「予言を残した先々代の聖女って、大先生じゃないですかっ!!」
私の指摘は図星だったようだ。大先生は肩を大きく跳ねさせると、開き直ったかのように声を張り上げた。
「わ、若い頃の話なんか覚えちゃいないよ! 大体、何十年前の話だと思って――」
「あーーーーーっ!」
「やかましい!」
エリオット様との会話で溜まった鬱憤を晴らすために大声を上げた私。ぴしゃりと言い放った大先生。これは師弟喧嘩だ。
大先生は開き直った様子のまま、さらに声を上げた。
「そんな適当に言ったことなんか覚えちゃいないよ!」
「もうっ! 私とガルヴィンがどれだけ困っていると――」
売り言葉に買い言葉のような状況。鼻息荒く告げた私の言葉に、大先生は再び大きな溜め息をついたのだった。
「大体、バレちまったもんは仕方がないだろう? その腹黒王子様に交渉してみればいい。もらえる物はもらっておきな。権力だろうが、金品だろうが」
「そういう話じゃなくてですね……う~ん……」
彼女の言葉に、私はまたもや頭を悩ませる。
(そもそも私には『国の為に瘴気を癒す』だなんて大義名分……。と、いうよりも瘴気を癒せたのだって偶然かも――)
思い返せば、教会の偽りの教えに嫌気がさしていた。心も、体も過労で悲鳴を上げていた。だから、追放されて自由を得たかった。
なら、今はどうだろうか。聖女の力を使いこなしているとは思えないけれど、自分の意思で選び取った生活がある。――結論はこうだ。
(でも、この流行り病の猛威を収束させるには、瘴気を癒すしかないのよね……。正直、あの腹黒王子様と利害は一致している)
ただ、それだと私は再び聖女の力を利用されることに他ならない。どうしたものかと、考えあぐねる。
すると、そんな私を眺めていた大先生は鼻を鳴らして告げた。
「まぁ、結局はお前さんの人生だ。好きな方を選ぶといいさ」
「大先生……」
聖女の力が宿ったからと言って、その力に私の生き方を決められるのではない。私が目指す生き方のために、聖女の力を使う。これが、私の辿り着くべき答えだろう。
そこで、浮かんだ疑問があった。私はそれを口にする。
「大先生は自分に聖女の力があって……後悔したことありますか?」
「ないね。それに力が枯れた後の人生も楽しいさ。診療所はあたしが楽しいからやってるようなもんだ」
私の問いかけに、すぐさま答えた大先生。さらに彼女は「流行り病は勘弁して欲しいけどね」と辟易とした表情で語ったのだった。
彼女らしい言葉に、私はくすりと笑みをこぼしたのだった。
「ふふっ、大先生らしいですね」
「ったく、小娘が一丁前に」
呆れたように鼻を鳴らしながらも、彼女の目元は柔らかかった。
私なりの答えを見つけ出せた気がした――。




