23話 王子と聖女、英雄の談話
そうして、エリオット様と護衛騎士を招き入れたはいいものの。椅子に腰掛けたエリオット様と、彼を護るように背後で佇む護衛騎士。いつもガルヴィンと二人で使っている居間が狭く感じられる。
私は慣れない手つきで、ティーカップを差し出した。ことり、と机に置いた瞬間の緊張感。
そんな私と相反するかのように、エリオット様は笑みを絶やさない。彼は出されたティーカップを一瞥すると、にこやかに告げた。
「お気遣いなく」
「そういうわけにも――」
「そうですね。では」
私がそう言うや否や、エリオット様は何の躊躇いもなくティーカップに口をつけた。それには私も、彼の護衛騎士も驚いた。
護衛騎士は慌てた様子で声を上げる。
「エリオット様!」
「いいんだ。聖女が淹れてくれたお茶を飲む機会なんてないだろう?」
「ですが――」
飄々と護衛騎士を言いくるめたエリオット様。今のやり取りだけでも、彼の強かさを垣間見た気がした。
(この腹黒王子……毒見も交えず出されたお茶を飲むなんて――。それに、ガルヴィンも隠さず態度に出している……)
私の隣に並び立つガルヴィンは、視線だけで人を気絶させそうな勢いだ。王族とその護衛騎士相手に、ここまで強気でいられる彼の胆力が羨ましいとまで思えてくる。
「はぁ……」
「お互い、気苦労が絶えませんね」
私がついた小さな溜め息を、エリオット様は見逃さなかった。
――誰のせいだと思っているのだろう。喉元まで出かけた言葉を寸前のところで呑み込んだ。
「先日は我が騎士団の一部が失礼を働いたこと、お詫びします。ですが、もう一度、僕からのお願いを伝えます」
「聖女よ、この国の近隣に発生した瘴気を癒やして欲しいのです」
「ですから――」
「大丈夫です。あなたが何かしらの理由によって、聖女であることを隠している事情は察せましたから」
ここまで言われてしまえば折れるしかない。どれだけ私の言葉で否定しようが、私が聖女であると知られてしまった結果は変わらない。
エリオット様は、私が言葉の先を告げない意味を察したのだろう。一呼吸おくと、口を開いた。
「猛威を振るう流行り病、最近になって出現し始めた魔物。そのどれもが、我々では完全に消し去ることはできない」
そこで私の脳裏に思い浮かんだこと。聖女をお望みならば、教会に属している彼女たちに協力を仰げばいいのではないだろうか。
私は咄嗟に声を上げた。
「あの、教会は――?」
「我が国では細々と活動していますが、聖女信仰を広めるだけです」
エリオット様は私の提案を拒否するように首を横に振った。さらに、言葉の先を続ける。
「兄上と偽聖女のおかげで、瘴気と魔物対策への国庫を散財。これでは、それが目的だったと思えるほどです」
口外するのも恐ろしい国家の一大事だというのに、エリオット様はまるで世間話をするように涼しい顔で話している。それに相反するかのように、彼の護衛騎士とガルヴィン、そして私は苦い顔をした。
(うぐっ……! また国の機密情報をさらっと喋った……!)
内心、心労が増すばかりだ。この王子に振り回されている、そう自覚するには十分だ。
エリオット様は皆の反応が面白いと言わんばかりに、にこやかに口を開いた。
「だからこそ、教会に属さない予言されていた聖女が必要で――」
「あの、予言とは? 先程から、ずっと予言と……」
私の疑問に、エリオット様は答えてくれた。
「我が国では一代の聖女がその役目を終えるとき、予言を告げるのです」
「はぁ……」
「あはは、信じていませんね?」
間の抜けた返事をした私に対して、笑い声を上げたエリオット様は「ですが」と言葉を続けた。
「不思議なことに、これまでの予言は全て当たっているのです。僕が生まれる以前のものなのですが――」
彼はこれまでの予言を語り始めた。
王族が善行に努めれば、民もそれに倣い、国に平穏が訪れる。その予言通り、この国は泰平となった。治安がいいこと、それに薬草学や診療所が発展しているのは国の方針によるものらしい。
(だから、これまで流行り病に対処できていたのね……)
私は密かに納得した。以前の国は聖女の力に頼り切り、薬草学の衰退、診療所の廃業が相次いでいた。私と下町の皆との憩いの場も、廃れた診療所跡地だった。
さらに、エリオット様は言葉を続ける。――再び国が瘴気の混乱に陥るとき、魔物を討った英雄と真の聖女が現れる。
なんとも、おとぎ話のような締めくくりだ。一体、こんな適当な予言を残した先々代の聖女はどんな人物なのだろう。私は少しだけ憤る。
予言を語り終えたエリオット様は困ったように肩をすくめた。
「それにこれまで、我が国では瘴気の発生は確認できていませんでした。もちろん、魔物も」
「なるほど。だから、魔物への対抗措置が何もできていないのか」
棘のある言葉を言い放ったガルヴィン。私は咄嗟に、彼を諫めた。
「ちょっ、ちょっと! ガルヴィン」
「いいのです。本当のことですから」
それを止めたのは他でもないエリオット様だった。さらに彼は「発言を許します」と、一言添えた。
ガルヴィンはエリオット様を見据えて言葉を続けた。
「たかが魔物一匹で、国を背負うはずの騎士がうろたえていた」
その次には鋭い視線を護衛騎士に向けた。その視線が意味することは理解できる。――国を魔物から守るには騎士たちが軟弱だ、と言いたいのだろう。
けれど同時に、それは仕方のないことだと思う。ガルヴィンのように常時、魔物と戦う訓練を積んだ者。そして実際、長期にも及ぶ遠征で魔物を討伐し、あの国で英雄となったガルヴィン。片や、人々の生活を守る警備としての騎士団。経験の差は歴然だ。
置かれた環境の差異を、ガルヴィンだけの基準で語るのは良くない。私は視線だけでガルヴィンを諫める。彼はばつが悪そうに頬を掻いたのだった。
すると、エリオット様はにこやかな表情から一変。真剣な眼差しを私に注いだ。
「この国に聖女はひとりもいないのです」
彼の言葉に、私は疑問を抱く。
この国では偽聖女の事件を受けて、教会に排他的になったのだと予測できる。けれど、人々の病に直結するような聖女まで排斥するのは――。そこまで考えたとき、脳裏をよぎったのは大先生。他にも、薬草の供給に協力してくれた診療所を思い出す。
いや、この国はこれまで聖女の力を必要としていなかったのだ。受け継がれていく知識、人々の助け合い、協力。それだけで、ひとつの国が保たれていたのだ。
ガルヴィンは冷静に告げる。
「彼女がもといた国の話だ。微々たる力をもつ聖女が生まれては、力が消えていた。まるで使い捨てのように」
「そう、ですか……。我が国とは正反対な事象だ」
ガルヴィンの話に、エリオット様は考え込むような仕草をした。
確かに、おかしな話だ。いくつか国を越えただけで、こうも対照的なことが起こっているとは思いもよらなかった。
エリオット様は考えがまとまったのか顔を上げ、語り始めた。
「おそらく……神々からすれば、その国は最も癒すべき土地、ということではないでしょうか……?」
「さぁ、知らないな。あの国がどうなろうが興味ない」
すぐさま言い放ったガルヴィン。私と護衛騎士は苦い顔をした。――けれど、エリオット様のいうことは一理あるような気がする。
あの国で貴族を癒やしても、埒が明かなかった。ただの擦り傷であったとしても、疲労が凄まじかったことを思い出す。人々の醜悪さが瘴気と関係あるのだとしたら――?
そこまで考えて、私はエリオット様の笑い声によって意識を現実に引き戻された。
「ははっ、あなたは英雄というより孤高の狼ですね」
言い得て妙だ。ガルヴィンの嫌味も、エリオット様には通用しないようだ。
さらに、ガルヴィンは続けざまに言い放つ。
「教会に協力を仰げばいい話だ。聖女を派遣してくれと。それでも、シャリアを必要とする理由は?」
「けれど、彼女たちは瘴気までは癒やせない。僕たちの真の願いは民の安寧です」
「それにシャリアを利用するつもりか」
エリオット様の答えを受けて、ガルヴィンの低い声が静かな居間に響いた。声音から、怒りを抑えているのだと分かる。
――私は、ぎゅっと手を握った。彼はどこまでも、私のことを考えてくれているのだと理解した。胸が熱くなると同時に、このままではいけない、そんな思いが溢れて来る。
エリオット様はガルヴィンの問い掛けに、少し悩んだ素振りを見せると――。
「利用ではないですね。強いて言うなら……」
そこで言葉を切り、私へ視線をやった。ばちり、とかち合う視線。
「シャリアさん、僕と婚約しませんか? 聖女と王子が夫婦となって共に歩む、これで国は安泰です」
王子の爆弾発言に、ガルヴィンはぴしりと固まったのだった。
――対する私は、冷ややかな視線を投げつけていた。




