2話 追放計画、始動!
翌朝。
私は教会宿舎の食堂にいた。厳密に言えば、宿舎から少し離れた食堂。
普段であれば、足が向かない場所でもある。疲れ果てた体では、ほんの少しの距離でも遠く感じられるから。しかし、私の追放計画には欠かせない。
(追放計画。そうと決まれば、まずは体力を回復させる……! そのためには食べる!)
目の前には配給された食事。力が発現したばかりの見習い聖女や下級聖女が共同生活を送る宿舎というだけあって、こうして食事が出るだけ有り難いことには変わりない。
癒やしの祈りを捧げ続けると、体力を消耗する。そのため、一日の終わりには疲れ果ててしまう。教会宿舎に帰り着くとそのまま眠ってしまうまでが日常茶飯事だ。当然ながら、朝食も食べる気力が起きずに欠食。
(我ながら、あまりにも不健康……。心を入れ替えて、ちゃんと食べます)
食事への感謝の気持ちを胸に、祈りを捧げる。久しぶりの朝食、一口飲んだスープはぬるかった。
(それでも美味しい……)
寧ろ、疲れきった胃には丁度いいかもしれないと思いにふける。次はパンに手を伸ばした。
すると突然、背後から掛けられた低い声。
「聖女シャリア。隣よろしいか」
「うぅっぷ!?」
私は驚いて、変な声を上げてしまった。同時に肩が大きく跳ねる。それに加えて、固いパンを危うく喉に詰まらせるところだった。バンバン!と強めに胸を叩いたお陰で、窒息は免れた。危ない危ない。
そこでようやく、私は声を掛けてきた人物を見上げる。隣に佇んでいたのは、護衛騎士のガルヴィン様だ。彼は抑揚のない声で、一言告げた。
「すまない。驚かせた」
彼のかき上げられている前髪が、窓から差し込む光に反射して黒々と艶やかに映る。髪型のお陰か、顔全体があらわになっているために、ほんの少しだけ彼の眉が下がっていることに気付く。
そして、ガルヴィン様の手には食事が乗ったトレー。どうやら、空いている席を探していたようだ。そう思い至ると、私は了承の意味を込めて大きく頷いた。
「も、問題ありませんよ……! あ……。お隣、どうぞ」
私の言葉に、ガルヴィン様は小さく頷くと、隣の席に腰を下ろす。
これが見習い聖女や下級聖女たちの宿舎と、食堂が離れている理由のひとつ。ガルヴィン様のような護衛騎士たちも、この食堂を利用するからだ。寧ろ、聖女の身の安全と監視をするのであれば色々と効率がいいのだろう。
教会の合理主義に辟易としていると、ふと視界に入ったのは食堂にいる聖女と護衛騎士。彼らは楽しそうに食事を摂っていた。日常的に、一緒に行動していると、自然と会話が多くなり距離も縮まるのだろう。
ふと、隣に座るガルヴィン様が気になって視線を向けた。
(黙々と食べている……)
そこに会話はない。護衛騎士のガルヴィン様は寡黙な方、私の中の印象はそのままだ。
* * *
そうした日々が続いたのち。追放計画のための情報収集と、前準備をようやく終えた。
下級聖女にも、食事の時間に合わせて自由な時間も与えられている。その時間を利用するのだ。ガルヴィン様と食事を共にすることが日課となった今ならば、私が食堂に来ないと彼は不審に思うはず。
私は足早に下町へ向かっていた。
(こっそり抜け出して来たつもりで、怪しい動きをすれば……。ガルヴィン様は追いかけて来るはず……!)
そっと振り返れば、私の目算通り。そこに佇むのはガルヴィン様。――ここまでは計画通り。
しかし、彼は相変わらず寡黙なようで、教会を抜け出した私を追及する素振りを見せない。それどころか、まるで「どこへ行こうか?」と尋ねるように首を傾げて見せた。
(……よく分からない方だわ)
私は心の内にそう呟くと、目的地へ向かうために足を踏み出した。
それはそうと、下町を選んだのは巡回のとき、目にした光景が忘れられなかったから。
私は裏路地を行く。ガルヴィン様は何も言わず、私の後に続いた。
辿り着いたのは、とうの昔に閉鎖され、廃れた診療所跡地。外壁は剥がれ落ち、ツタが建物の一部を覆っている。
このとおり診療所自体は使い物にならない。そのため、私は屋内へ繋がっていたであろう階段に腰を下ろす。ガルヴィン様は何も言わず、近くに佇むだけ。それはまるで、私を見守るような――。
(なんて、自分に都合のいい解釈)
自嘲するように鼻を鳴らして、頬杖をついた。
すると、すぐに待ち人がやってくる。路地の曲がり角から、ひょっこりと顔を覗かせたのは、下町の子供たちだ。彼らはとにかくやんちゃで、すぐに怪我をする。小さな体で一生懸命に仕事をして、怪我をすることもある。――中には、胸に重い病気を抱えている子もいる。
わずかな時間ではあるものの。そうした子供たちに癒やしの祈りを捧げるのが、私の日課となりつつあった。
「シャリアお姉ちゃん!」
私の名を呼んだ少年は屈託なく笑う。彼の隣には近所の少女が一緒だ。
「何、また怪我したの?」
少年は私の問いかけに、おずおずと頷く。そんな少年に、私が掛ける言葉はいつも決まっていた。
「大丈夫。お姉ちゃんに任せなさい」
自信満々に私が告げると、二人は満面の笑みを浮かべる。それは煤けた頬の汚れ、つぎはぎの目立つズボンに不釣り合いな、眩しい笑顔だ。
そうして、癒やしの祈りを終えた私は少年の膝に視線を落とし、擦りむいた傷が綺麗に治っていることを確かめる。よし、と力強く頷くと、彼に声を掛けた。
「痛いの、我慢しちゃ駄目だよ」
「うん。分かったよ、お姉ちゃん」
このやんちゃな少年は意外と素直に私の助言を聞くもので。私の胸の中で、憎たらしさと子供らしい可愛さがせめぎ合う。
少年の真っ直ぐな視線を向けられたとき、そこでふと抱いた既視感。
(あれ……? 昔も、こんなことなかったっけ……?)
しばらく微動だにせず、記憶を辿っていた。すると、背後から唐突に声が掛けられる。
「どうかしたのか?」
「えっ……、いいえ。何でもないです……」
慌てて振り返れば、そこに佇むのはガルヴィン様だ。彼の真っ直ぐな視線と、記憶の中の何かが重なる。
しかし、今は既視感の理由を考えている場合ではない。私は首を横に振って、思考を取り戻す。
(違う違う! 今はそれどころじゃないわ)
彼は私が少年の傷を癒やすところを目にしたはずだ。しかし、ガルヴィン様の表情は戒律違反を咎めるような厳しいものではなく――。
(心配、してくれたの……?)
ガルヴィン様は眉を下げて、そっと私の様子を窺うような素振りをして見せたのだ。困惑する私をよそに、彼は何事もないと分かるとすぐさま姿勢を正した。それは護衛騎士としての振る舞い。
すると、癒やしの祈りを眺めていた少女が、嬉しそうに声を上げた。
「お姉ちゃん、大聖女様みたいだね!」
少女の言葉に、意外にもガルヴィン様は微笑ましそうに目を細めて、私を見つめたのだ。そんな彼の反応に、私は目を丸くする。だが、すぐさま少女の目線に合わせてしゃがみ、訂正を入れておく。
「そんなことないわ。大聖女様はもっと大変なお役目があるもの」
そう告げて、私は困ったように微笑んだ。
聖女の頂点である、大聖女様。聖女の鏡と言わしめる彼女とは比べものにならないほど、私は自分のことで精一杯な人間なのだ。
(違うわ、全ては追放のため! 戒律を破れば、処罰されるはずだもの。これでガルヴィン様は司祭様に戒律違反を密告してくれるはず――!)
しかし、私の期待とは裏腹に。いくら経っても、戒律違反を糾弾する通達は訪れなかった。
考えられるのは、ガルヴィン様が私の戒律違反を黙認していること。ただ、その理由はいくら考えても分からなかった。




