1話 過労寸前です!
聖女と聞けば皆が皆、抱くイメージ像があるだろう。癒やしの力でどんな傷でも治す聖職者。純粋無垢、純真な心を持つ。それとも、どんな人にも優しい聖女様?
いいえ、現実は違う。聖女として大した力を持たない私。そのような下級聖女は搾取される側の人間だ。
私は人気のない廊下をゆったりと歩く。疲労した体を引きずるようにして、一歩足を踏み出すので精一杯。
そっと呟くのは、口癖になっている言葉。
「今日も疲れた……。早く帰って、眠りたい……」
私の声は掠れていた。廊下の暗がりが続く。それはまるで、私の心を表しているかのようだ。
奉仕の精神は尊く、聖女は奉仕たれ。癒やしの力を授かった聖女たる者、その精神は高尚たれ。
教会の教えは尊いのだと、信じて疑わなかった。しかし、その結果。疲弊した心と体を抱える羽目になってしまったのだ。
* * *
そうして、翌日。荘厳な教会の一角。私は今日も、そこで癒やしの祈りを捧げる。
神父様に案内されたのは、癒やしの祈りを必要とする人々のもと。神父様は大胆な笑みを浮かべながら、口を開く。
「聖女シャリア、こちらの貴族の方に癒やしの祈りを。彼らは教会へ過大な寄付をして下さった。その恩義に報いるべきだ」
「はい、神父様」
彼は私の名を呼びつけ、癒やしの祈りを施すよう促した。私はただ従うだけ。床に膝をつき、祈りを捧げる。すると、聖なる光が周囲を包み込む。これが癒やしの祈り。
祈りを終えた私は、そっと目を開けた。祈りを必要としていたのは恰幅のいい貴族の男。彼はさも満足そうに口を開く。
「近くに教会があって丁度よかった。少し、歩き疲れてしまってな」
悪びれる様子もなく、そう言い放った。
私はちらり、と教会の入り口の方を見やる。そこには、癒やしの祈りを受けようと順番を待つ人々の姿。もちろん、身なりから貴族でないのはすぐに分かる。
(あぁ……。また)
教会と貴族の癒着。私のような下級聖女でも、貴族たちからすれば「いつでも癒やしの力で治療を受けられる」というのは、十分なステータスになるのだろう。こうして、教会へ寄付をした貴族への癒やしはもう何度目だか、忘れてしまった。
癒やしの役目を終えた後には、神父様や司教様から口々に放たれる言葉がある。
「こうした街での奉仕活動は大聖女様の代行だ。光栄に思いなさい。これが終わったら、大聖女様の言いつけを優先させなさい」
だったり――。
「殿下がお呼びだ。なんでも、ご学友が剣の稽古で怪我をされたそうで――。大聖女様? 彼女にそのようなことをさせる訳にもいかないだろう!」
こうして、あちらこちらに連れ回されては、癒やしの力を酷使される。それは私の日常。
もちろん、癒やしの力といっても無尽蔵ではない。疲労するし、体力も消耗する。力を使い過ぎれば、意識を失うこともある。
また別の日。
貴族の別邸に呼ばれていた私は、ようやく帰路についていた。こうして貴族の軽傷を優先し、民の重病は後回しにされる理不尽さに、胸が締め付けられる毎日。――そうかと言って、私がその重病を癒やせる訳がないのに。癒やせても擦り傷や切り傷、症状の緩和といった自分の実力と心に抱く理想の溝は大きく、滑稽にも思えてくる。
(どうして、私に聖女の力なんて発現したの……?)
心の内に抱えた疑問に対する答えは出て来なかった。
そうして、通りがかったのは廊下に飾られた大きな鏡。私はおもむろに、被っていたベールを取る。鏡に映る私の顔は疲労が浮かび、目元には隈ができてくぼんでいる。唇はひび割れて、血色が悪い。
聖女の証である白銀の髪は、艶めきを失っている。それを隠すためのベールというのは皮肉なものだ。
(酷い顔ね……。髪がぼさぼさ……元々は粟色だったのに)
疲れを隠すこともせず、重い溜め息をついた――。
◇
ようやく教会の宿舎に辿り着いたのは、すっかり夜更けの頃。暗がりにロウソクの灯りがぼんやりと浮かぶ。すると、教会の廊下で神父様たちの囁きが耳に届いた。
私は疲労で重たい体を引きずっていた足をぴたりと止める。廊下の隅で耳を澄ませていると、聞こえて来る会話。
「一国の聖女が悪事を働き、国外追放の処罰を受けたらしい……」
「なんと! 嘆かわしい……」
「なんでも、教会の教えに反したようで――。あちらの教会はそれを今の今まで黙っていたそうだ」
徐々に遠ざかっていく声。
私は茫然とその場に佇む。先ほど耳にした言葉が脳内を巡っていた。
(追放……? それって、自由ってこと……?)
その言葉は私にもたらされた希望のようだった。震える唇が決意を口にする。
「もう耐えられない……。 追放されて自由になるわ! 追放されれば、この無休の労働から解放される……!」
誰もいない廊下に私の声が響いた。慌てて誰もいないことを確認し、そっと胸を撫で下ろす。
(追放されるには、処罰されるような「悪事」を行わなければならない……ってことよね? そうだ、戒律を破るのよ……!)
教会の教え。そう――それは率直に言うと、貴族を最優先に癒やしを行うこと。それも多額の寄付をした貴族はどんな軽症でも、聖女から癒やしの祈りを受けられる、というもの。
もちろん、私のような下級聖女はひっきりなしに祈りを捧げる羽目になり、その結果――休息もままならないほど疲弊する。
(貴族を癒やさなければいいのよ……! でも、それをすれば……)
そこまで想像して、恐ろしい末路に震えた。
(それはできないわ……。でも、他に思いつく戒律違反と言えば――そうだわ!)
戒律を破るとなれば、身分に関係なく怪我や病気で苦しむ人々に癒やしを施すということ。そもそも、聖女の在り方と言えばこれだろう。聖女のあるべき姿を教会が歪曲してしまったのだから。
(大丈夫、私ならできる……!)
根拠のない自信が湧いてくる。疲労と過労によって、私の思考は正常でなかったようだ。
頭の中で順序立てて計画を練っていくと、そこで登場したのは護衛騎士のガルヴィン様。彼は寡黙な上、滅多に表情を変えることがない。私の第一印象は、規律を守ることに厳しい方。
(街での奉仕は、護衛騎士様と一緒でなければいけないのよね……)
私のような下級聖女には護衛騎士が一名、配属される。護衛騎士という名の監視役だ。教会の教えを遵守するように、お役目を担っているという。
(私の追放計画。準備段階は、護衛騎士のガルヴィン様に気付かれないようにしないと。準備が終われば、彼に戒律違反を密告してもらって――)
戒律違反をすれば、きっと教会から追放される。そうしないと教会の面子が立たない。万が一、逃げたとしても連れ戻されるのは簡単に想像できるだろう。
新たな決意を胸に、私の追放計画は幕を開けた――。
始まりました。【連載版】過労聖女。
短編にはなかったエピソードが沢山ありますので、お楽しみ頂ければ幸いです。




