15話 襲い来る、流行り病
ガルヴィンと共に嵐を乗り切った。それから私は相変わらず、大先生のもとを訪ねていた。
時には女将さんと一緒に来訪し、世間話をする仲に――なったはずだ。
今日は閑散としている診療所。女将さんは常備薬をもらおうと、大先生と話をしている。私はその付き添いだ。幸いにも、事情を話せば女将さんは私の夢を応援してくれた。
こうして、何かに理由を付けて私を大先生のもとまで連れて来てくれるのだ。
女将さんと話をしていた大先生。彼女は思い出したかのように、私に向かって言葉を投げかけた。
「で、課題の方はどうだい? 枯らしてやしないだろうね? あの薬草、今季はあれっぽっちなんだ」
「うぐっ――」
私の口から、くぐもった声が漏れた。
あの薬草は増やしてから、大先生にお披露目すると心に決めている。けれど、彼女からしてみれば、弟子入りを懇願しておいて何ら成果をあげていないただの小娘だ。疑われても仕方ないだろう。――それにしても、大先生からのプレッシャーは凄まじい。
大先生は乾燥させた枝を指示棒のように振っていた。――わざとだ。絶対、解って言っている。私の胃がキリキリ痛む原因。
すると、反応を示したのは意外にも女将さんだった。
「まぁ、シャリアちゃん! マザーの課題に挑戦しているの?」
「ま、まざー?」
大先生の意外な呼び名に、私が目を丸くした。大先生をマザーと呼ぶには、到底似つかわしくない口調に態度だろう。私は混乱して、目を回しそうになる。
女将さんはくすりと笑って、言葉の先を続けた。
「ここら辺の皆はそう呼んでいるよ。なんせ、子供の頃から世話になってる連中も多い。だから、マザー」
大先生が守ってきた診療所。それには相当な苦労があったのだろう、と想像できる言葉だった。
そこで引っ掛かったこと。私は様子を窺うように、女将さんに尋ねた。
「大先生じゃなくて……?」
「まぁ! マザーがそう呼ばせるなんて――シャリアちゃん、頑張ってね」
嬉しそうに告げた女将さんの真意に気付くよりも前に、大先生が横やりを入れてきた。
「お黙りよ」
「余計なお節介だったわね~」
二人のやり取りを眺めていた私は、そこでようやく気付く。――初めから期待されていたのだと。それは私がこれまで選択してきた道が間違っていなかったのだと思えるには十分だった。
私は感極まって、勢いよく声を上げた。
「だ、大先生……!」
「ああ、うるさい! ただ、お前さんが薬草学の本をたまたま持っていたからだ! それに、まだ課題をクリアしていないじゃないか」
大先生の言葉に、出会って間もない頃を思い出す。
そういえば、大先生は『私らみたいな薬草師が知恵と知識を受け継いでいく』と話していた。託された本とわずかな知恵が、私を導いてくれたのだ。
私は自信満々に告げる。
「驚かせますので、待っていて下さい!」
「ふん、期待しないでおくよ」
そう言って、鼻を鳴らした大先生はどこか嬉しそうだった。
◇
それから数日後。
私は薬草畑の前で、腰に両手を当ててふんぞり返っていた。――ついに私の計画を実行するときが来たのだ。
「ふっふっふ……! 薬草の栽培は順調よ」
太陽の光に照らされながら、青々と茂る薬草。それは大先生から譲り受けた一株ではなくなっていた。薬草は畑の半分ほどに達するまで増えている。
それを目にした私は思考にふける。
(まさか嵐がトリガーになっていたなんて、不思議な薬草……。でも、これでちゃんと弟子入りができる……!)
そうすれば、もっと薬草を学べる。ゆくゆくは聖女を頼ることのできない人々を手助けできるかもしれない。そんな夢が現実味を帯びてくる。
いつか消えてしまうかもしれない力に頼るよりも、堅実な方法を選び取るのだ。――そう思えば、心はとても晴れやかだった。
私はひと思いに伸びをして、薬草を背に歩き出す。
「ガルヴィン、今日は早めに帰るって言ってたっけ――」
弾む声で、そんな独り言を呟いたのだった。
それから――いつものように診療所を訪れた。すると、扉越しからでも分かる、診療所の喧騒。
私は心臓が跳ねるのが分かった。ただごとではない、そう理解したのは早かった。
恐る恐る扉を開くと――、そこは患者で溢れかえっていた。気怠そうに座り込む人や、大きく咳き込む人。さらには手足に発疹が出ている人――その症状は様々なようにも見受けられる。
私は慌てて大先生に駆け寄る。
「大先生!! これは――?」
「いいかい小娘。これが流行り病だよ」
彼女は冷静に告げた。
大先生の口元を覆うように着けられた布巾、服装もいつもの格好ではない。窓が大きく開け放たれた診療所。目の前の光景が異常事態だと告げていた。
大先生は鋭い眼光を患者たちに向け、語り始める。
「毎年、嵐が来る時期になると、瘴気に起因した病が爆発的に流行る」
「瘴気……」
私は彼女の言葉を反芻した。
大先生曰く、流行り病の症状は何日も続く高熱、激しい咳。体中の発疹に加えて、後遺症ともなれば重い胸の病気。それが瘴気によって引き起こされていると言うのだ。
(まさか、流行り病の原因が瘴気だったなんて――。あの国ではここまで知られていなかった)
現状を理解しようとした矢先、目の前に差し出された布巾。そして、次には大先生の鋭い声が響いた。
「手が空いているなら、さっさと手伝いな!」
「は、はい!」
私は手渡された布巾を口元に着け、彼女の指示に従った。今の私にできること――患者たちの誘導、薬の配布。
大先生は症状に合わせて、薬草の調合を変えていた。その間に、なるべく円滑に処置が進むよう、私が症状の聞き取りを担った。
すると――見慣れた顔が診療所に飛び込んできた。彼女は腕の中に幼い子供を抱えている。
私は弾かれたように、彼女のもとへ駆け寄った。
「女将さん……!?」
「あぁ、シャリアちゃん! 移ったらいけないから、近付かない方が……!」
女将さんは血相を変えて、私を制止した。患者であろう子供の容態を確認しようにも叶わず。私は動揺して、たじろいでしまった。
彼女はこちらに足を進める大先生を目にするや、涙ながらに声を上げる。
「マザー! うちの子が……」
「しっかりおし! 処置はここで済ませる。あとは薬と、この子の体力次第だ」
その光景だけで、幼い子供が流行り病に罹ると最悪の場合、命も危ういのだと理解した。
大先生は診療所内でも安静にできる場所へ、女将さんと子供を案内するよう告げた。私はしかと頷き、二人に付き添う。
それから――、子供の処置を終えた大先生は、束の間の休息を取っていた。
処置に使用した布巾の回収をしていた私は、大先生から「休めるときに休め」と促されて、ようやく手と足を止めたのだった。
大先生は疲労感に満ちた息を大きく吐き出した。それからぽつり、ぽつりと語り始める。
「丸腰で魔物や瘴気に近付き、病に感染すれば……そこから一気に街へ広がる。魔物が出たと噂になっていたから、そろそろかと思っていたが――今年は随分と早い」
丸腰、それは何を意味しているのだろう。瘴気に耐性を持たない人のことだろうか――? そもそも、瘴気に耐えうる人なんているのだろうか。
疲労した頭では、大先生が口にした言葉の意味を理解できなかった。それどころか、診療所の惨劇を目にした私の頭の中を巡っていたのは――。
(わ、私が癒やしの祈りを捧げれば……ここにいる人たちを治せるの……? あの国にいた頃は、症状を軽くするだけだった私が……。でも――)
聖女の癒やしの祈り。その力で、流行り病に感染した人たちを治すことだった。
そう思い至ると、私は密かに大先生のもとを離れる。未だ苦しそうに呼吸を繰り返している患者の側で膝を着いた。両手を組み、祈りを捧げようとした。
(どうにか、バレずに――)
ぐっと、唇を噛み締めた時。
「患者はまだまだ来るだろう。今のうちに布巾と薬草を用意しておきな!」
離れた場所からでも、大先生の怒号が飛んできた。
私はびくり、と肩を大きく跳ねさせる。癒やしの祈りを捧げることは叶わず、大先生の言葉に大きく返事をしたのだった。
それから――診療所の喧騒が落ち着いたのは、外が暗くなってからだった。
大先生は口元の布巾を乱暴に取り払うと、疲れを誤魔化しもせず言い放った。
「はぁ……、今日はもう帰んな。これから、今日みたいなことが続くだろう」
「……分かりました」
私は頷くことしかできなかった。――大先生はこれから、明日に備えて薬草や処置の準備に取り掛かるのだろう。
言い放たれた言葉に隠された、ほんの少しの優しさ。帰路に着いた私の目頭が熱くなるのだった。
* * *
自宅に帰ると、灯りは着いていなかった。今日、ガルヴィンは早く帰ると言ってたのに。
私は不審に思い、扉を開く。すると――灯りも着けず、ソファーに横たわっているガルヴィンを目にした。
「ガルヴィン……?」
私の問い掛けに答えない。――おかしい。彼は意外と几帳面なところがあって、ソファーで眠ることはない。何か、異常があったと考えるのが妥当だ。
近くにあったランプを灯し、急いで彼のもとへ駆け寄る。すると、私の帰宅に気付いたのか――ガルヴィンは重たそうに瞼を開くと、小さく呟いた。
「何でも……ない」
「ちょっと! 大丈夫――」
その言葉を言い切るよりも前に、私は悲痛な声を上げた。
「そんな……!」
目に飛び込んできたのは――ガルヴィンの首筋から覗く、流行り病の発疹だった。




