14話 嵐、到来!?
* * *
それから早速、課題に取り掛かった。
大先生から渡された薬草。それは奇しくも、マーシャおばさんから譲り受けた薬草学の本には載っていない薬草だった。
(私も知らない……。未知の薬草だわ)
私はじっと苗を観察する。
至って、そこら辺に群生している薬草と遜色ないように見える。しかし、目を凝らして見れば、葉脈がわずかに光っていた。
(不思議……)
私は、まだまだ知らないことが多い。それを知るには十分だった。
家屋の近くに放置されていた畑。そこを耕し、土壌を改善する。それに肥料も用意した。それなのに――半月が経過しようとしている今でも、薬草は枯れもしなければ、育ちもしなかったのだ。
私は畑の前で腰を屈め、一束だけ植わっている薬草の苗を見つめていた。
「全く、変化がない……」
ぽつりと呟くと、薬草は風にそよいで揺れた。それはまるで、私の育て方が悪いのだと文句を言っているようにも感じられて――。
「う~ん……」
私は頭を悩ませる。すると、こちらに近付いてくる足音が聞こえてた。振り返ると、そこには身支度を終えたガルヴィンが佇んでいた。
ガルヴィンは私と同じ目線で屈むと、一緒になって薬草を眺める。彼は私の悩みを理解しているのだろう。困った顔をしながら、ひとつ提案をした。
「薬草に、癒やしの祈りを捧げてみるのはどうだ?」
「まさか。あの力は人にだけ有効なのだと思うわ……多分」
そう返事をして、二人同時に溜め息をついた。
それから、私は思考にふける。
(と、いうより癒やしの祈り自体が不思議な力なのよ……)
癒やしの力がその人に宿れば、髪色は銀髪に変わり、病や傷を治すことができる。それもおとぎ話に登場するような聖女は唯一無二ではない。あの国では力に個人差はあれど、何人もの聖女が存在した。
それに――まるで力の泉が枯渇するかのように、ある日から癒やしの力が全く使えなくなる聖女だっていたのだ。それはまるで使い捨てのように。
聖女の説話。――大聖女は瘴気を癒やすことができる。身をもって体験したこと、その話は本当だった。
(ただ、それが本当に私なのか――今もよく分からない。それに、この国に聖女がいるのかも知らないわね)
そこでふと浮かんだこと。ガルヴィンの護衛の仕事だ。
最近では魔物を見かけたと話す人々が多くなったと聞いた。彼に贈った魔物除けの香り袋が効果を発揮しているのだろうか。ガルヴィンが直接、魔物と対峙したという話は聞いていない。
(このまま何事もなく、平穏に生活できたらいいいのに――)
今はまだ聖女としての力を隠しつつ、薬草師として弟子入りして。ゆくゆくは自分の診療所を開院して――。そんな夢を、胸の中で確かめる。
けれど、私はそこで首を横に振った。
(今はこの薬草を育てることに集中しないと)
思考を止め、私はガルヴィンと見向かう。決意に満ちた目で彼に告げる。
「ただ育ててるだけじゃ、駄目よ」
「……?」
「育てて、この薬草を増やさないと」
ガルヴィンは理解が追い付いていない様子だ。そんな彼に、私は指を立てて説明する。
「大先生は患者から偏屈って言われるだけの人よ。きっと育てるだけじゃ、課題をクリアしたとはならない」
きっとそう。私の直感がそう告げていたのだ。
ガルヴィンは私の力説に納得したようで、こくこくと小さく何度も頷いた。
「そうか」
「きっとそうよ」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らした私。
ガルヴィンはふっと微笑んで、立ち上がった。どうやら、平穏でなんてこのない時間は終わりを迎えるようだ。
「それじゃ――、仕事に行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
挨拶を交わして、彼の背を見送った。
◇
その日の夜。雨と風の吹きすさぶ音が響き渡る。森近辺の場所に建つ、この家でさえも吹きすさぶ強風の餌食だ。窓に打ち付けられる雨の強さは、まさに嵐だ。
私は窓から見えるその光景を、やきもきしながら眺めていた。
「どうして、こんな時に嵐なんて来るのよ! 本当の嵐が来るなんて……!」
もっぱら心配の種は薬草畑。灯りがない外の景色は、家屋の中からでは窺い知ることができない。
畑に植えてある薬草は無事なのか。風で吹き飛んでいないだろうか。水に流されていないだろうか――そんな不安が駆け巡る。
「植木鉢に移した方がいいのかしら――でも、そんな時間……。いいや、考えてる場合じゃない……!」
思い至ると、急いで外套を手にした。それと一緒に、薬草を覆いかぶせるシートも。
玄関先まで駆けて、扉を少しだけ開ける。途端、勢いよく風に吹かれ、大きく扉が開け放たれた。風に吹かれた雨が、家の中にまで降り注ぐ。
(頼れるガルヴィンも今日はいない……! 私がやるしかない!)
ぐっと唇をきつく結ぶ。風に負けじと、深く外套を被った。風が弱まった瞬間を見計らい、乱暴に扉を締めた。
私はどうにか足を進める。外套に打ち付ける雨の強さで、視界が悪い。
ようやく薬草畑まで辿り着いた。――幸いにも、薬草は無事だった。強風に負けじと葉をなびかせている。
ほっと、一安心したのも束の間。私は手にしたシートを広げ始める。
(これを被せて、どうにか雨風をしのがないと――!)
シートを広げた途端、強風が襲う。予期せぬ出来事に、私は体のバランスを崩す。けれど、手はしっかりとシートを持ったまま。
(あ、ぶない……!)
このまま風に煽られ転倒する――そう予測したときには既に遅かった。目前に近付く、地面と花壇のレンガ。
襲い来る痛みを想像して、ぎゅっと、目を瞑るので精一杯だった。
「う、わっ――」
「無事か?」
聞き慣れた声。ぴたりと止まる私の体。――私ははっとして、目を開いた。
そこに佇んでいたのは――。
「ガルヴィン……。どうして……護衛で街の外へ行ってたんじゃ……」
「話は後だ」
疑問の答えを口にするよりも前に、彼はそう言い放った。
ガルヴィンは風に舞うシートを力強く掴んでいる。そして――私は彼の腕の中にいた。風に煽られ、バランスを崩した私をガルヴィンは地面寸前の所で抱き留めたのだ。
彼は依然として、雨に打たれることも気にせず、私を支えている。
「そ、そうね――」
答えた私の声は上ずっていた。
それから――、ガルヴィンと共に薬草をシートで保護した後。
ずぶ濡れになった私たちは、いそいそと身支度をしていた。雨に濡れた服は力いっぱい絞らなくても、水が滴るほどだ。そんな可笑しな光景に、二人して笑い声を上げた。
着替えた後。冷えた体を温めるため、暖炉の前でくつろぐ。すると、ガルヴィンが飲み物を手にして、暖炉の前までやって来た。無言で差し出されたカップは湯気が立ち上っていた。
私はカップを受け取り、お礼を告げる。そのまま言葉を続けた。
「それで? 護衛の仕事はどうしたの?」
「ん。こんな嵐だ、依頼人も今日は足止めを食らって宿屋で一泊」
平然と答えたガルヴィン。私が聞きたいのはそこではない。改めて、問い掛ける。
「いや、そういう話じゃなくて――あなたはどうして、ここまで帰ってきたの?」
「走って」
「…………」
「そう怒るな。俺は君に弱い」
冗談めかして告げたガルヴィンを、睨みつけたのは言うまでもない。――彼は、あの酷い雨と風の中を駆けて来たのだ。私を心配して。
ガルヴィンは目を細めて、口を開く。
「薬草、無事だといいな」
「もう! そういうことじゃないの!」
「今日の所は寝てしまおう」
怒り出した私をなだめるように、彼は告げる。
「おやすみ」
「…………ええ、おやすみなさい。ガルヴィンも、ちゃんと温まってね」
就寝の挨拶を交わして、二人とも寝床についたのだった。――気付いたときには、雨風の音は止んでいた。
◇
翌朝。昨日の嵐が噓のような快晴だった。
飛び起きた私は慌てて、薬草畑へ向かった。そこで目にしたのは、シートが覆い被さったままの畑。ガルヴィンが強固に杭を打っていたようで、シートは無事だったようだ。
私は恐る恐るシートを捲って、その隙間を覗き込んだ。
「嘘でしょ……。あれだけの雨と風だったのに」
ぽつりとこぼした言葉は歓喜に満ちていた。
畝が流されることもなく、薬草の葉も折れていない。心なしか、わずかに光っていた葉脈の輝きが増しているように見える。
後ろからガルヴィンの足音がする。私が慌ただしく家を出たせいで、起こしてしまったようだ。
申し訳なく思っていると、彼は肩をすくめながら告げた。
「よかったな、無事で」
「ええ。あなたのお陰よ」
にこりと微笑んだ私と、照れくさそうに首の後ろを掻いたガルヴィン。雨上がり特有の澄んだ香りが鼻を掠めたのだった。
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