13話 大先生に弟子入りです!
後日、私は女将さんに教えてもらった薬草師のもとを訪ねた。――マーシャおばさんから譲り受けた、薬草学の本がお守り代わりだ。
「ごめんください」
返事はない。そこは診療所と呼ぶには簡素な造りをしていて、薬草の独特な香りが充満していた。そこで聞こえる物音。そちらに視線を向けると、老齢の女性がいた。
彼女は私を見る否や、面倒くさそうに溜め息をついた。
「誰だい? こんな忙しい時に――見た所、患者でもなさそうだ」
そう告げると、彼女は私に目もくれず、薬草を煎じ始めた。――聞き及んでいた通り、一筋縄ではいかない人のようだ。
私は足を進めると、意を決して訪ねた目的を告げる。
「あ、あの! 私、薬草を学びたくて弟子に――」
「生憎、弟子は間に合ってる。助手もいらない」
すぐさま弟子入りを拒否されてしまった。けれど、私もここで折れる訳にはいかない。
私は周囲を見渡して、首を傾げてみせた。
「……誰もいないようですが」
「そういうのは黙っとくもんだよ。流行り病がこの街へ来る前に、準備をしておかないといけない」
呆れたように言葉をこぼした彼女。それに流行り病。女将さんが話していた通りだ。
彼女はまるで動物を追い払うかのように手を振りながら、口を開く。
「小娘はさっさと帰んな」
「嫌です。よろしければ、そのお手伝いをさせてください! 師匠!」
こういうのは勢いだ。私はわっと、声を上げた。
しかし――彼女は「師匠」という言葉を耳にした瞬間。ぴたり、と手を止めたのだ。その次にはカッ、と目を見開き、大きく口を開いた。
「大先生と呼びな!」
「だ、大先生……!」
ぴしゃり、と言い放たれた彼女の鋭い声に、私の背筋が伸びる。思わず彼女の言葉を繰り返して、薬草学の本をぎゅっと抱き締めた。
すると、彼女――いいや。大先生は、私の腕の中にある本を目にして、怪訝な表情を浮かべた。
「お前さん、その汚らしい本は――」
「し、失礼ですね! これは譲っていただいた大切な本なんです!」
打って変わって今度は、私が大きな声を上げた。――薬草への興味を取り戻すきっかけをくれたマーシャおばさん。彼女のことを思い出すと、胸に宿るのは感謝と温かさだ。
すると、大先生は一転して、にやりと笑った。
「まぁいい。座んな。話だけでも聞こうじゃないか」
それから――私は追って事情を話した。もちろん、聖女や癒やしの力の話はしない。
私の話を聞きえ終えた大先生は、興味なさげに溜め息をついたのだった。
「ふぅん……。独学でねぇ……」
「何ですか?」
彼女の反応に、むすっとした返事をしたのは私だ。けれど、大先生は気にすることなく、言葉の先を続けた。
「他所の国へ行けば、聖女が病気や傷を癒やしてくれる。それなのに、わざわざ手間のかかる薬草を煎じたいとは――とんだ物好きがいたもんだ」
その言葉に、私はびくりと肩を震わせた。――大先生の言うことは正論だ。けれど、それだけでは救えない人たちがいることも、私は知っている。
私は拗ねたように少しだけ口を尖らせた。大先生の言葉に反論するには少し勇気がいること。それでも本心を吐露した。
「……聖女だって、善意で癒やしているとは限らないと思います。教会の意向に沿った人しか、癒やさないかもしれない」
「あっはっは! 言うね」
豪快な笑い声。意外にも大先生は寛容なのかもしれない。すると、大先生は何かを思い出すような仕草をする。少し首を傾げて語り始めた。
「どこだったか……。教会への信仰がない民は、聖女を一目見ることすら叶わないような国もあったねぇ」
「うっ――」
グサグサと刺さる言葉だ。思い当たることが多過ぎる。短いうめき声を漏らした私。それを見た大先生は「変な子だね」と、くすりと笑った。
大先生はさらに言葉を続ける。
「だからこそ、私らみたいな薬草師が知恵と知識を受け継いでいくんだよ。……全く面倒だ」
それはどこか哀愁を漂わせ、それでも使命感に溢れた言葉だった。そんな彼女の姿に、私は尊敬と憧れを抱く。
すると、大先生は立ち上がり、何かを手にして戻って来た。
「物好きなお前さんには、これをやろう」
そう告げられた後に、私の手元に置かれた物。葉が特徴的なそれは――。
「薬草の苗?」
「ああ、そうだ。これは種がなく育ちにくい、めんどう――ええと、貴重な薬草だ。気候、天候、土。いろんな要素に左右される」
面倒くさいと言おうとしたに違いない。大先生が言い直した言葉に違和感を覚えつつ。それでも私は了承の意味を込めて何度も小さく頷いた。
彼女は、にやりと口角を上げると、腕を組んだ。
「この苗を枯らさず、立派に育ててみな。弟子入りはそれから考える」
「……分かりました!」
大きく返事をした。――私に残されたのは、この課題に合格することだけだ。夢の一歩を踏み出す機会をもらったことに、大きな意味がある。そう思わせてくれた。
大先生は悪戯な笑みを浮かべて、私をじっと見つめる。
「ふははっ、嵐が来そうだねぇ」
「……それは冗談ですか?」
「はっはっは、どうだろうか」
私の問いに返事はなく、大先生の豪快な笑い声が診療所に響いたのだった。
◇
帰宅後。ガルヴィンと食事を共にして、一息ついた頃。
ガルヴィンに今日あった出来事を話すと――。向かいに座る彼はとてつもなく渋い顔をした。心なしか、不機嫌そうにも見える。
私は慌てて事情を説明する。すると、ガルヴィンは低い声でこう尋ねた。
「そいつは信用できるのか……?」
「何を言っているの。あれだけ偏屈なら、この国の貴族や教会と下手な関りはないでしょ」
私は大先生の顔を思い出し、大きな溜め息をついた。
大先生は患者ではないと分かると、私を門前払いするつもり満々だった。それに、女将さんの話を聞くに、たとえ患者であっても態度を変えないそうだ。
(患者を泣かしたって、何があったのよ……)
そう突っこまずにはいられない。すると、ガルヴィンは表情を変えずに、こう告げた。
「薬草を煎じる老婆……。魔女か?」
私は思わず、大きな溜め息をついた。――彼は、おとぎ話に登場するような悪い魔女を指しているのだろう。
「あのねガルヴィン、魔女なんていないのよ?」
「聖女はいる」
諭すような私の言葉に、彼はじっと真剣な眼差しを送ってくる。その瞳の奥には憧憬や愛念の感情が読み取れて――。
私はさっと視線を逸らした。気恥ずかしさを誤魔化すように、耳に髪を掛ける仕草をする。
「そ、れはそうだけど……。もう! そうじゃなくて」
上手く言葉を見つけられず、勢いだけで会話を進める。
「とにかく、やってやろうじゃないの……! 薬草を育て上げて、弟子として認めてもらうのよ!」
演説さながら、意気込みを熱く語った私。両手を握り締めて、勢いそのままに立ち上がった。――そんな私を、ガルヴィンは見守るだけ。
「そうか」
彼はどこか安心したような笑みをこぼしたのだった。




