12話 新居と風の噂
そうして――立ち話を早々に切り上げ、宿屋を後にした。
私は怪訝な顔をしながら、ガルヴィンの後をついて行く。承諾したとは言え、にわかに信じがたい話だ。
彼に案内されたのは、街から外れた場所だった。
活気と喧騒に包まれている街中と違い、昔ながらの落ち着きある雰囲気漂う家屋が立ち並ぶ。それを抜けた、更にその先。自然豊かな景色の中に、ポツンと佇む一軒の家屋。小さいながらも二階建てのようだ。
ガルヴィンはそこで唐突に足を止めた。
「ここだ」
私は頷いて、辺りを見回した。彼が話していた通り、家屋のすぐ傍には畑と思しき場所。家屋自体は長年手入れがされていないと一目で分かるものだった。
私たちは家屋の前まで足を進める。ガルヴィンは懐から、古びた鍵を取り出した。
鍵穴に差し込むと――ガチャン、と大きく音が鳴った。
(この話、本当だったのね……)
そこで初めて、私の中でガルヴィンの話が現実味を帯びたのだった。
扉を開けるとギィ、と古びた音がやけに大きく響く。開け放った扉の先で目にしたのは、想像通りの光景だった。
「これは、掃除のしがいがありそうね……」
私の呟いた声は、埃が分厚く積もった部屋に響いたのだった。
◇
それからというもの、数日掛けて家屋に通った。
私とガルヴィンで、人が住めるように掃除をしていったのだ。もちろん、壊れているところは修繕して――。ガルヴィンは意外と器用なもので、扱う物が剣ではなくトンカチでも得意な様子だった。
そうして――私は両手を天高く伸ばし、晴れやかな気持ちを声に出して叫んだ。
「この達成感……! やった、やりきったわ!」
ようやく人が住めるように整ったのだ。分厚い埃は姿を消し、今は清潔感に溢れている。
私は最早、戦友とも呼べる彼へ感謝を伝えた。
「ガルヴィンもありがとう、手伝ってくれて」
彼は無表情のまま、なんてことのないように頷いた。そうかと思えば、いそいそと準備をし始めた。
一体、何をしているのだろうと首を傾げていると――。
ガルヴィンは荷物を小脇に抱え、外へ出ようとしていたのだ。
「俺は外で天幕でも張って――」
「ちょ、ちょ……! ちょっと!?」
彼の口から意外な言葉が飛び出した。小脇に抱えた荷物は、野営をするための道具だったのだ。
慌てて止める私をよそに、ガルヴィンは怪訝な表情を浮かべている。
「何だ」
「いや、おかしいでしょ!? 仮にも、魔物討伐遠征の英雄に野宿させるなんて、不敬にも程がある!」
わっ、と声を上げた私。――ここで、裁判のときに彼が庇ってくれたにもかかわらず、追放を望んだ不敬は不問とさせてもらおう。
しかし、ガルヴィンは表情を変えず、淡々と言ってのけた。
「……いや。爵位を返上して、あの国を出た。俺はただの平民で、今は君の用心棒だ」
「こんな一般人がいてたまるものですか!?」
更に声を上げた私。呆れやら怒りやらで、わなわなと震える唇をどうにか動かした。
「もう! 私が二階、ガルヴィンが一階で過ごせばいいでしょ!? 幸い、部屋は余ってるから」
そう告げると、ガルヴィンは一瞬、驚いたように目を見開く。しかし、すぐさまいつもの無表情に戻ってしまった。
彼は深く頷くと、口を開いた。
「了解した」
「泥棒が来たら、よろしく頼むわよ。……盗る物は何もないけれど」
「任せておけ」
ガルヴィンは自信満々にそう告げると野営の荷物ではなく、剣を手に取ったのだった。
私は頼もしいと思う反面、これでは泥棒の方が可哀そうだと笑い声を上げた。
「そこまでは……しなくていいから」
こうして、ガルヴィンとの共同生活が幕を開けたのだった――。
* * *
宿屋から一変。新居を得た私たちは、少しずつ生活基盤を整えていった。
ガルヴィンは腕を買われ、護衛として仕事を得たと話していた。ただ、貴族や要人の護衛など目立つような仕事ではなく、商人や旅人を隣町まで護衛するようだ。――魔物の姿が度々目撃されたという話も聞いた。
(けれど「いつでも俺を呼べ」だなんて――)
彼に告げられた言葉を思い出す。私は首から提げている呼子笛を服の上から握った。
――ガルヴィンなら、私がどこにいても駆けつけそうな勢いではある。嬉しさ半面、彼の行動力には驚かされる。
(いや、彼は用心棒だし。きっと、いろんな人に出会えば彼も気持ちが変わるかもしれない)
ここは遠く離れた土地。聖女と護衛騎士だった関係ではない。きっと、彼も素敵な女性に巡り合えば――。
そこまで考えて、私は思考を放棄した。どこか悲しい気持ちになったことには目を背け、真顔になる。黙って、手を動かす。
(やることと言えば――これよね)
今、私の手元には染料がある。結わえていた銀髪を解いて梳かす。
すると、そこへ不意に掛けられた声があった。
「シャリア」
「わっ……!? 驚いた……」
「すまない」
驚きの声を上げた私に、ガルヴィンは謝罪の言葉を口にした。――仕事を終え、帰宅したのだろう。私は「おかえり」と口にした。
それから彼は、私の手元へ視線を落とすと、首を傾げる。
「これは?」
「染めるのよ。銀髪は目立つから。バレたら面倒くさいでしょ? それに、私も街に出たいのよ」
いつまでもこの家に引きこもっている訳にもいかない。それに、銀髪というのも悪目立ちするだろう。銀髪は聖女の証、という説がこの国にも伝わっていたらと思うと――身の毛もよだつ。
よくある髪色にさえ染めてしまえば、誰も私に癒やしの力があるとは思わないだろう。この家に住み始めてから、森に入って少しずつ天然の染料を集めていたのだ。
手際よく髪を染めていると、それを眺めていたガルヴィンがそっと口を開いた。
「君は、色々なことを知っているな」
「いいえ、教えてもらっただけなの」
「母君にか?」
「…………」
無言の肯定だ。――ガルヴィンはきっと子供の頃に出会った、あの少年だ。薬草が自生する森で剣を振っていた、あの寡黙な少年。それならば、私のことも知っていて当然だ。それに確信を持ったのはあの国を出てから。
(それにしては重すぎるけど……)
私はそっと溜め息をついた。未だガルヴィンの告白に返事をしていない。――今はこうして一緒に生活しているけれど、私には私の。彼には彼のやりたいこと、歩む人生を見つけるのものだと思っている。
それが、返事に踏み切れない理由でもあった。
私は少しだけ手を止めて、ぽつりと言葉をこぼした。
「別に、聖女のお役目が嫌だったんじゃないの。もっと違う、何かが嫌だったの」
「そうか」
ガルヴィンはそれ以上、何も話すことはなかった。
* * *
それから――私は宣言通り街へ出て、商店で手伝いを始めた。女将さんはとてもいい人で、よくしてくれている。
「シャリアちゃん、今日もありがとうね」
「いいえ! いつも、もらってばかりですから!」
私は笑顔でそう告げた。売れ残った品を譲ってもらったり、パンを焼いたからと分けてもらったり。その代わりに、私は分かりやすい帳簿の付け方や、天候による物流の先読みをしているのだ。
まさかここで、商家の娘としてやってきたことが生きるとは思ってもみなかった。
女将さんは、ふと思い出したかのように話し始めた。
「そうそう。隣町で、今年も流行り病が出たと聞いたよ」
「流行り病……?」
「あ、そうね。シャリアちゃんは越して来たばかりだから――」
聞くと、この国には季節性の流行り病があるそうな。それが何なのか、詳しく聞いてみたい欲に駆られた。けれど、女将さんは言葉の先を早々に口にし始めた。
「腕のいい薬草師がいてね。うちも、そこでお世話になっているの」
「へぇ……!」
「ただ――、その人はえらく偏屈でね。患者を泣かしてしまうこともあって……。でも、根はいい人なんだよねぇ。おっと、井戸端会議はここまでにしましょう」
「はい」
彼女の言葉に、頷くことしかできなかった。ただ、私の興味は「偏屈な薬草師」に強くひかれていた。
(薬草師、か……。独学だけじゃ、限界があるものね)
それは私が追放の先に望んだことの第一歩となるだろう。幸いにも、薬草学の本を譲り受けている。
一度、その薬草師に会いに行ってみよう。そう考えるのは必然だった。




