11話 始まる。新しい場所での生活
乗り合い馬車の揺れが止まると同時に、私は目を覚ました。差し込む太陽の光で、今が朝だと知った。
身を乗り出して、外の景色を目にする。そこは見知らぬ土地。
(夢……じゃなかった! 私は追放されたんだ! 自由になれたんだ……!)
解放感と嬉しさで胸がいっぱいになる。吸い込んだ空気と浴びた太陽の光が、これは現実なのだと知らせていた。
ひとり感極まっている最中、背中に掛けられた声があった。
「シャリア」
「おっふ……」
私は思わず、胸焼けを起こしたような声を発してしまった。私の名を優しく呼んだのは、護衛騎士だった彼。
どうにか弁明しようと振り返り、言葉を発した。
「あ、いや……深い意味はないの。ガルヴィン」
長い移動と夢心地だったために、彼と共にあの国を脱したことをすっかり記憶の隅に追いやっていたようだ。それに加えて――淡い恋心を取り戻す羽目になった、気恥ずかしさもあったから。
私はガルヴィンから視線をそっと外したのだった。
◇
馬車は休憩と歩みを繰り返し、国をいくつか渡った。
ようやく目的地。あの国から遠く離れた地だ。私たちは馬車から降り、滞りなく入国手続きを済ませた。
幸いにも、この国は移民や国を渡る人を歓迎している。瘴気によって、住処を離れることを余儀なくされる人々は少なからずいる。遠く離れた国に住む、家族のもとへ身を寄せることだってあるだろう。
(この国の治政なら――って思っていたけど、その通りだったようね)
皮肉にも、商家の娘としての知識が功を奏したのだ。
それから、私たちは整備された街並みを行く。治安は良いようで、人の流れで賑わっている。
私は意気揚々と、新たな生活への意気込みを語った。
「ひとまず、しばらくの間はこの国に滞在ね」
「分かった」
「え」
すぐさま返事をしたガルヴィンに、率直な心の声が漏れてしまった。私は足を止める。それから、少し後ろを歩いていた彼を振り返り、じっと見つめる。
ガルヴィンは軽く首を傾げると、口を開いた。
「何だ」
そう尋ねられ、私はおずおずと答えを口にする。
「どこまで一緒に来るものかと――」
「ひとまず、用心棒として雇ってくれたんだろう? 俺は君に従うだけだ」
ガルヴィンは真っ直ぐな視線を私に送った。――心なしか、悪戯な笑みを浮かべているように見える。
私は彼の言葉に、はたと思い至ることがあった。
(そ、そうだった……。私の方から言い出したんだった)
ガルヴィンから「着いて行きたい」と告白を受けた後。私が咄嗟に出した妥協案だ。「一人旅には不安がある。用心棒としてなら一緒に来てもいい」というものだった。
私はそのときのことを思い出し、何度も小さく頷いた。我ながら、上手く嘘をついたものだと思う。
(――私の気持ちを彼に知られる訳にはいかないもの。それよりも先に住むところを……)
恋にうつつを抜かすより、まずは生活だ。
思考を止めて視線を上げると、ガルヴィンは考え込む仕草をしていた。彼は胡散臭い笑みを浮かべながら、こう告げた。
「報酬は――そうだな。また今度、考えておく」
「……言うじゃない。金品の方が楽なんだけど?」
「それでは意味がない」
彼はそう言って、軽く首を横に振ったのだった。
(ふぅん……、なんだか楽しそうね)
あの国を出てからというもの。意外にも、ガルヴィンは表情豊かなのだと知った。
ガルヴィンの護衛騎士時代。寡黙な彼の表情の違いが分かったように、旅路の中で距離が近付いたとでも言うのだろうか。
(まぁ……悪い気はしないわ)
そう結論付けて、思考を終えた。
* * *
ガルヴィンと共に、足を運んだのは宿屋だった。扉を開けるとカラン、と呼び鈴が音を奏でた。それから少しして、奥から女将と思しき人物が顔を見せる。
私はガルヴィンにそこで少し待つよう伝えた後、彼女に声をかけた。
「ごめんください」
「あいよ」
「二人、部屋は別々で。部屋は空いていますか?」
「おや?」
女将の疑問に満ちた表情と声音。
私は首を傾げた。伝えた内容に何か不備でもあったのだろうか。
「何か?」
「ってきり、新婚さんかと思って。すまないねぇ」
「は、はぁ!?」
思いがけない女将の台詞に、私は驚きを隠せなかった。
(女将さん、どんな冗談よ……。そして、ガルヴィン。あなたのその顔はどんな感情なのよ……)
半ば呆れた表情を浮かべ、大きな溜め息をついた。全く、おもしろくない冗談だ。
ふと、背後の空気が揺らいだと感じ、後ろを振り返った。そこに佇むガルヴィンは、なんとも言えない表情を浮かべていたのだった。――これは流石の私でも、何を考えているのか分からない。触れないでおこう。
案内された部屋は隣同士、個室だった。適当な挨拶を交わし、部屋に入ろうとした時――。
「シャリア」
不意に、名前を呼ばれた。私は慌てて振り返る。
「な、何?」
「何かあったら、俺を呼べ」
「べ、別にひとりで大丈夫よ!」
「これ」
そう言って目の前に差し出されたのは――。
(……笛?)
ガルヴィンの手にあったのは小さな呼子笛だった。
私はそれをまじまじと見つめる。その呼子笛は首から提げられるように、紐が付けられている。先程、ガルヴィンから告げられた言葉を思い出して――。
「俺を呼べ」というのは、この呼子笛を吹いて、ガルヴィンを呼びつけるという意味だろう。そう思い至り、私は首を横に振った。
「やだわ。こんな、犬笛みたいな。あなたをそんな風に扱うなんて」
「……? 何故だ? 当然のことだろう」
「うわぁ……」
ガルヴィンの返答に、思わず率直な声が漏れてしまった。けれど、彼には不服と言わんばかりに、じっと見つめられた。
「……」
「今のは私、悪くないでしょ」
そう反論すると、ガルヴィンは無表情のまま呼子笛の紐を手にした。そこから、彼の力説に負け、私は仕方なく――笛を首から提げる羽目になってしまった。
* * *
翌日。私は意気込み新たに、大きく伸びをする。
こうして無事に国を渡った。次にすることと言えば――。
「よし、まずは住むところを見つけないと……!」
いつまでも宿屋生活という訳にはいかない。持ち金のあるうちにどこか部屋を借りて――この国なら、働き口を探せば人並の生活はできるだろう、と意気込んでいた。
宿屋から外出しようとした時。ガルヴィンが扉から、ひょこりと顔を覗かせた。いつのまに外出していたのだろう、と驚く間もないまま――。
ガルヴィンは平然と告げた。
「もう、見つけて来たぞ」
「えぇ!? ど、どういうこと!? 私、まだ何も言って――」
「君の声が外まで聞こえていた」
彼の指摘に、私は口をつぐむ。
ガルヴィンはそんな私を見て、目元を下げた。それから、先程告げた言葉の意味を語り始める。
「道端で助けたご老人から、彼の所有する家屋があると聞いた。今は誰も住んでいないから管理が大変なのだと。そこを借り受けたいと申し出たら、快諾してくれた」
混乱する私。とんとん拍子に話が進み過ぎている。咄嗟に出た言葉は悲鳴にも似たものだった。
「話が急展開すぎて、意味が分からないわ……!?」
「都合がいいだろう」
したり顔をしたガルヴィン。それに対して、私は怪しいと言わんばかりの視線を送った。
しかし――、彼は奥の手とでも言うような言葉を発する。
「家屋のすぐ傍に小さな田畑があるらしい。耕せば、薬草も栽培できるだろう」
ぴくり、私の耳が反応する。私が告げるべき答えは――決まった。
「その話、のった」
「ふっ……、そう言うと思った」
笑みをこぼしたガルヴィンに、ほんの少しときめいたのは秘密だ。
始まりました、第二章。今後もお楽しみいただければ幸いです^^




