103 不死
イフリートの強烈な横薙ぎは、ロックジョーが創り出した泥の壁を、いとも簡単に砕いた。
そしてその余波を受けた一行は、血を吹き、その場に倒れた。
「はぁはぁ。マズイな。みんな無事か!」
ゼンジは立ち上がり、全員を見渡した。
皆、傷を負ってはいるものの、泥の壁のお陰で直撃を逃れたため、傷口は浅かった。
ロックジョーを除いては。
「ロックジョーさん!」
皆の前で壁を創ったロックジョーは、近距離で斬撃を受けていた。うつ伏せで倒れるロックジョーの地面には、おびただしい血が流れ出している。
「イフリートォォォ!」
仲間の負傷により、胸にドス黒い感情が芽生えた。
「メロン!ロックジョーさんにヒールだ!!」
『任せて!』
幸運にも無傷のメロンは、ポーラから飛び降りて、ピッピッと足音を鳴らして駆け出した。
シリアスな場面にも関わらず、間の抜けたメロンにゼンジは、ほっこりしてしまった。
しかしそれが良かった。
ドクンと大きく胸が鳴り、ゼンジは落ち着きを取り戻した。
(危ない。また我を忘れる所だった)
「メロン助かった!」
メロンは必死に走り、先程よりも大きな足音を鳴らしている。
『はっはっ、まだ、はっはっ、何もしてないよ!』
「それが良いんだよ!ロックジョーさんを頼む!」
ロックジョーの元に辿り着いたメロンは、両手を突き出し回復魔法をかけ始めた。
『ウルトラヒール!』
それを見たイフリートは、大きく腕を振り上げた。
「やめろぉぉぉ!バレットタイム!」
時がゆっくり進む中、衣のうから無反動砲を取り出し、イフリートに照準を定め、有無を言わさず発射した。
空になった無反動砲は投げ捨て、衣のうから次を取り出し発射する。
着弾する前に、次の無反動砲を取り出し引き金を引いた。
無反動砲を3発発射した所で、時が加速し始めた。
「バレットタイム」
ゼンジは間髪入れず、時を操る。
衣のうから無反動砲を取り出し発射。
決められた作業を繰り返すように、次々と3発発射する。
HEAT弾が列を作り、徐々にイフリートへと向かって行く。そして手榴弾を3個投げた所で時が元に戻った。
「バレットタイム」
再び減速した時の中、衣のうから手榴弾を取り出しては投げ、取り出しては投げた。
9個の手榴弾が空中で停止している。そして10個目の手榴弾を投げた所で、バレットタイムが終わりを告げた。
一番最初に発射したHEAT弾が、腕を振り上げたままのイフリートに着弾した。
『グオオォォォ!』
それを引き金に、次々と着弾し爆発が起こり、遅れて飛んで行く手榴弾も全て爆発した。轟音と爆煙の中、イフリートが倒れる音が響いた。
「ハァハァ」
「はぁ。貴方、一体何者なの?」
リズベスの声は、ゼンジには聞こえていなかった。
「凄まじい……」
長老たちは腰を抜かして座り込んでいる。
黒煙が引くと、身体中がボコボコにへこみ、足や腕が在らぬ方向に曲がったイフリートが、静かに横たわっていた。
イフリートの鱗の色は、赤に戻っていた。
「やったのじゃ!ゼンジが倒したのじゃ!」
『イフリート……』
「いや。倒してない。倒れただけだ。レベルが上がらなかった」
「はぁ。そうですね。まだ生きています」
イフリートが目を開けて、ゆっくりと話し始めた。
『こ、小僧。俺に止めを刺せ……アビスに飲まれる前に……頼む』
『イフリート……』
「分かった」
ゼンジは無反動砲を構えた。
『それではダメだ。俺の首にある、他とは違う逆になった……鱗を貫け』
「逆鱗か!銃剣!」
ゼンジは銃剣を呼び出し、イフリートへと駆け寄った。そして首元にある逆鱗を探した。
「あった!これだな!」
イフリートの首元にある、逆になっている1枚の鱗は、ハートの形をしていた。
ゼンジは銃剣を逆手に持ち直した。
イフリートは静かに目を閉じた。
『待ってゼンジ!イフリートは我の側近だ!いや、友達なんだよぉ!』
メロンは、ロックジョーに両手を向けたまま、回復魔法を続けている。
「メロン……」
『マスタードラゴン様。有り難き御言葉……だがすまん。誇りと共に死なせてくれ』
『イヤだ!ゼンジやめて!お願いだからイフリートを殺さないで!』
『マスタードラゴン様……その優しさが、そんな体にした事をまだ分からないのか!』
『分からん!友達を信じて何がいけないんだよ!』
『ほざけ!このクソガキが!……王に友達などいない!いい加減理解しろ!』
『イフリート……』
「メロン!自分はメロンの友達だ。友達の言う事は聞くもんだよな」
ゼンジは銃剣を下ろした。
『ありがとうゼンジ……』
『馬鹿な……小僧、頼む!マスタードラゴン様を手に掛ける前に、俺を殺してくれ!もう抑え込めない』
「何か他に手があるはずだ!」
『ある訳ないだろ!俺が死ぬ以外……グヴヴヴ』
苦悶に耐えるイフリートの全身から、黒い炎が噴き上がる。
『グオオオオオオ』
『ダメだ!イフリート!』
黒い炎が傷口に集まり、傷付いた体が次々と回復して行く。
「ゼンジ!下がるのじゃ!」
しかしゼンジは、イフリートの咆哮を至近距離で聞いた為、全身が麻痺してしまった。
『ゼンジ!逃げてゼンジ!』
黒い炎が消えると、イフリートの全身は漆黒に変わっていた。
『アビス……そんな』
イフリートは翼を羽ばたかせ、上空に浮かぶと、紫に輝く瞳でゼンジたちを睨みつけた。そして大声で吠えると、口を大きく開けて炎を集め始めた。
「ブレスじゃ!炎のブレスが来るのじゃ!リズベス、アイスウォールじゃ!」
「はぁ。無理でしょうね。助かる術はありません」
「それなら、お主だけでも逃げるのじゃ」
「え?」
「神速で逃げるのじゃ。助かる道は他に無いのじゃ。せめてお主だけでも生きるのじゃ」
リズベスは言葉を失った。
「惚けとる場合か!早く行くのじゃ!」
「はぁ。貴女には驚かされました。この状況でそのような言葉が出るなんて」
「ガッハッハ。俺は寝ていたのか?ガッハッハ。ぬいぐるみに助けられたか。すまなんだ……しかしあれは無理だな」
ロックジョーはメロンに頭を下げた。
『いいんだ。我の方こそごめんね。貴様の呪いは解けないし、勝てるチャンスを、みすみす捨てさせちゃった』
ロックジョーとメロンは、イフリートを見上げた。
イフリートの口内に炎が集束し、漆黒に色を変え凝縮されて行く。
『止めるんだイフリート!』
メロンの叫びも虚しく、イフリートはそれを解き放った。
口内から出たそれは、巨大な黒い太陽となりゼンジたちの真上に落ちてきた。
「リズベス!行くのじゃ!」
しかしリズベスは首を横に振った。
「はぁ。貴女をみくびっていました」
「諦めてたまるか!バレットタイム!」
ゆっくりと進む時の中で、麻痺した体に力を入れた。
「動いてくれ!」
しかし、エンシェントドラゴンから受けた麻痺は最上位。格下のゼンジではどうする事もできなかった。
そして再び時が加速する。
「バレットタイム!」
ゼンジは諦めない。
「頼む!動けぇぇぇ!」
強引に腕を、衣のうに伸ばし続けたその時、ガラスが割れたような音が響き、突然体が動き始めた。
「良しっ!動いた!」
麻痺から回復したゼンジは、衣のうから無反動砲を取り出しイフリートが吐き出した、黒い太陽に向けて発射した。
そして、バレットタイムが終わりを告げた。
「バレットタ……」
ゼンジがスキルを唱えようとした時、先に発射していたHEAT弾が爆発して、黒い太陽に吸収された。
「そんな……」
ゼンジは、持っていた無反動砲をその場に落とした。
「これも定めか……」
「長老!」
ダンバールが振り向くが、長老は静かに目を閉じた。
誰もが死を覚悟した。
しかしその時、ゼンジの目の前に突如として、風が起こり灰が集まり始めた。
「これは砂?灰か?」
イフリートが放った黒い太陽が灰に触れると、吸い込まれるように黒い太陽が消えた。
黒い太陽を吸収した灰は、美しい一羽の鳥に姿を変えた。
「赤鳥?」
『ピュルルルル』
オレンジ色の体に、その3倍はあろう美しい尾をなびかせて、ゼンシの前に降り立った。
「フェニックス……」
ゼンジの脳裏にある地球の記憶では、その容姿は、まさしくフェニックスのそれであった。
体長はイフリートの半分も無いのだが、長い尾と燃え盛る翼を広げる事で、イフリートよりも大きいのだと錯覚してしまう。
「復活された……」
長老を含めた4人のドワーフは、その神々しさに涙した。
「赤鳥じゃ!巨大化して助けてくれたのじゃ!」
「はぁ。違います。あれは別の個体です」
赤鳥は地に降り立ち、ゼンジたちに向けて、燃え盛る翼を羽ばたいた。すると暖かいオレンジの風に包まれ、ゼンジたちの傷が癒えて行く。
「おお。なんと慈悲深い……」
傷の癒えた長老は、跪き手を合わせた。
「ガッハッハ。呪いが消え失せた」
まだらになっていたロックジョーの肌も、みるみる元に戻っていく。
『グオオオォォォ!』
イフリートは、放った炎をあっさりと消され、与えた傷を癒す、突然現れた鳥に怒りを覚え、猛スピードで飛びかかった。
対する赤鳥は、翼を閉じてその場に座り込み、首を畳んで丸くなった。
「どうしたんだ!赤鳥は何かする気か!」
ゼンジは赤鳥と目が合った。吸い込まれそうなほど美しいその目に、時を忘れて見惚れていた。
しかし赤鳥はゆっくりと瞼を閉じた。
次の瞬間、イフリートは赤鳥を丸呑みにした。
何が起きたのか分からず、全員が言葉を失った。しかし、イフリートの口から垂れる赤鳥の長い尾が、全てを物語っていた。
『グオオオオオオ』
天に向かって吠える口からは、千切れた尾が無常にも、はらはらと落ちて行くのだった。
(女神様、こちら自衛官、
フェニックスが現れました!姿を消した、もう一体の赤鳥ですね!颯爽と現れて、あっさり食べられましたが。どうぞ)




